08話.[兄だからこその]
ふたりが部活でいないのをいいことにずっと寝転んでいた。
ちくりと言葉で刺してくる母も仕事でいないため、こうしていても文句は言われない。
「……もしもし?」
「家の外に着いたから開けて」
「いま行く」
扉を開けたら安心安全男子、要の姿があった。
とりあえず中に入ってもらって飲み物を渡す。
まあ相手が要でも最低限のことはしなければならない。
「それで?」
「花から告白された」
「そっか」
要は飲み物を少し飲んでからなんとも言えない表情でこちらを見てきた。
「僕的にはいますぐにでも花を止めたいぐらいだけどね」
「俺も考えたよ、なにも俺みたいな人間を選ばなくても他のいい奴といくらでも知り合える、付き合えるってな」
「うん、敢えて君にする理由が僕は分からない、だって花になにができたってわけじゃないんだからさ」
なるほど、これは納得のいかないときの顔なのか。
何気に初めて見たな。
それとも、人の表情というやつをこれまでちゃんと見てこなかっただけか?
「じゃ、止めてくれないか、岬から花に取られたくないって言われててな」
「はぁ、他人に駄目と言われたら諦めるの?」
「花と付き合うことで要が過激化して面倒くさくなるぐらいなら岬の方がいいからな」
あまりにも重なれば自分が折れればいいというだけで解決できなくなるんだ。
俺も人間だから悪く言われるのはできるだけ避けたいし、自分だけが悪く言われるような環境なんかには文句も言いたくなる。
いまなんとかなっているのはかっとなった場合に結果損することになるからというだけ。
もっと増えれば当然抱えきれなくなって爆発することだろう。
だったらなるべくそうならないように自衛するのが人間というものではないだろうか。
「岬ちゃんも花も納得しないよそんなの」
「しょうがないだろ、俺はわがままなんだよ」
「……最低なことを言っている自覚はあるの? 面倒くさいからって勇気を出して好きだと言ってくれた子の好意を無下にしようとしているんだよ?」
「どっちだよ、花のことを止めたいんだろ? 確かに要や西山、大橋に比べれば俺なんか駄目駄目な人間だよな、兄だったらそんな人間のことを好きになることをやめろって言いたくなるはずだ。なら言えばいいだろ、お前のことを花が好いてくれているなら届くはずだ」
ちなみに今日のこれ、俺が頼んで来てもらったわけじゃない。
話がしたいと言うからそれなら明日来ればいい、そう言った結果となる。
「元はと言えばお前が西山ばかりを優先して花を放置していたからだろ、岬と過ごすということはその延長線で俺とも過ごすことになっていたんだよ。小学生のときはほぼ家で遊んでいたからな、そのことを忘れているわけじゃないだろ?」
「……好きな子といたいと思うのは悪いことなの? いつだって妹の側にいられるわけじゃないのは隆也だって分かっているでしょ?」
好きな人間が岬であってくれたならもっとよかったのに。
そんなことを考えてもなにも意味はないが、どうしてもこういう話になる度に考えてしまう。
花もなんで俺なんだ、俺が常時側にいたってわけではないのによ。
「もういいよ、例え嫌われることになっても花にはやめた方がいいって言う。他の子の相手ならまだ納得できるけど、花の相手が隆也なのは絶対に嫌だから」
「そうかい、じゃあ頼んだわ」
花が俺に好きだと言ってきた時点でこうなることは避けられなかった。
と言うより、いつかこうして要が愛想を尽かして去っていくときがくると考えていた。
悪く言うのが得意だったからなあ、花が関わっていなければ岬にだって優しくしてねえよ。
「嫌いだ、そういう薄情なところがね」
「自由に言ってくれ」
出ていこうとしたから止めることはしなかった。
意地悪して速攻で鍵を閉めるなんてこともしないで30分ぐらい経過してから一応閉めて。
よく分からない奴だ、花のことを考えれば止めるのが1番なのにさ。
仮にこれで嫌われてももう仕方がないことだって割り切ればいい。
「ふぅ、まあなるようになるだろ」
いまはただ休むことだけに集中しよう。
GWが終わったらもうテストだからな。
ある程度できるからって適当にはできないからな。
テストが終わったうえに、更に1週間経過してもうほぼ5月の終わり頃まできていた。
岬とも花とも要とも西山とも全く話していない。
でも、俺のことを考えればそれが妥当な気がするから不満も感じていなかった。
「隆也先輩っ、テストも終わったのでパフェを食べに行きましょうっ」
「そうだな、たまには甘い物でも食べて落ち着くか」
こうして大橋とだけは関わりがあるのも大きい……のかもな。
別に俺はまだ受け入れたわけでもないから違う異性といようが問題はない。
というか、会えないからどうしようもないんだよな。
もしかしたら要が禁止にしているのかもしれない。
「俺はシンプルなやつを頼む」
「分かりましたっ」
岬も動かないのはもう諦めているからだろうか。
それとも要から色々聞いて考え直しているところなのだろうか。
仮にそうでも別にいいけどな、今度こそ妹離れをするときがきたってことなのだろう。
西山が来ないのもきっと要が関係している。
そう考えると要ありきの関係だったというか、結局のところはやっぱり友達の友達だったというわけだ。
「隆也先輩? もう運ばれてきましたけど」
「あ、やるよ、いつも世話になっているからな」
「え、そ、そうですか? 残すのはもったいないですからいただきますねっ」
「おう、ゆっくり食べろ」
俺のことが嫌いだったのならなんであいつは俺といたんだ?
それこそ無益な時間となるだろうに。
彼女じゃなくこっちを優先することもあったぐらいなのになあ。
「あ、花ちゃんですね」
「だな」
「あ、目が合った」
そして当たり前のように店内へと入ってきた。
俺の横ではなく大橋の横に座ってパフェを見つめ始める花。
「これ食べる? 隆也先輩が注文した物なんだけど」
「食べたいです」
「うん、それじゃあはい」
小さいのによく食べるな。
なんで今日は早いのかって考えていたら水曜日で部活がない日かと納得がいった。
彼女はすぐにグラスを空にして満足気な表情を浮かべていたわけだが。
「隆也、久しぶり」
「大体2週間ぶりぐらいだな」
その間はどうしていたんだと聞こうとしてやめた。
どうせ全て兄の元に情報がいくんだから余計なことはしなくていい。
「あ、お金はここに置いておきますね、今日はありがとうございました」
「帰るのか? それなら気をつけろよ」
「はい、花ちゃんちょっとどいてくれる?」
「分かりました」
いや、これ以上店に留まり続ける必要もないから俺らも帰ることにした。
贔屓みたいになっても嫌だから送って、そこからは家には帰らずにいた。
「家に帰らないの?」
「ああ、どうせ岬との会話もないしな」
流石に自分がいないところでのコントロールは不可能か。
「要に会いに行くなって言われてた、隆也を好きになるべきじゃないとも言われた」
「ああ、知ってる」
「隆也が要に止めてくれって頼んだって聞いた」
「花は知らないだろうけど俺はよく自由に言われることがあってな、そんなことになるぐらいならって頼んだんだ。だからまあ、俺を好きなのはただの勘違いだろ、忘れてやるから違う人間に集中するかバスケにでも集中しておけ」
ばれたら花も怒られるかもしれないから一緒にいるべきじゃないよな。
変に刺激するべきではないし、俺にできることはなるべく一緒にならないことだけだ。
「無理だよ、隆也が好きだから」
「やめろって言われたんだろ? 言うことを聞いておいた方がいい」
「……お兄ちゃんの人生じゃなくて私の人生なんだから私のしたいように生きるだけだよ」
こんなときに懐かしいお兄ちゃん呼び。
なんで要のことを呼び捨てにし始めたのかは分からないが、なんか意思の強さを感じる。
「いいのか? 要に嫌われるかもしれないんだぞ?」
「それでも隆也が好きだから、隆也はなにも悪いことはしてないもん」
「分かった、それならいまから要のところに行こう」
情けないところは見せられない。
言い訳をして逃げてばかりではいられない。
中学1年生である花がここまで真っ直ぐに生きているのに、多少言われた程度で引きずっているわけにはいられないのだ。
「あ、お兄ちゃん」
「花……」
丁度、梶原家の外に着いたタイミングでどこかから要も帰ってきたみたいだった。
もしかしたら西山と出かけていた可能性もあるし、以前までの俺みたいに適当に外で過ごしてきた可能性もある。
「お兄ちゃん、私はなんと言われようと隆也が好きだから。嫌いになってもいいよ、それでも私は隆也といたいから」
「そんな寂しいことを言わないでよ……」
「でも、反対するお兄ちゃんは好きじゃないから。隆也がなにかしたの? 悪口を言ったりとか、暴力を振るったりとかしたの? してないよね?」
「僕が反対していたのはそういうことでじゃないんだよ……」
「私のことを考えて言ってくれるのは嬉しいけど、余計なことはしないでほしい。お兄ちゃんは瞳さんと仲良くしておけばいいんだよ」
うーん、なんとも言えない感じだ。
俺がもし余計なことをしないでくれと岬から言われたら確実に引きずることになる。
兄だからこその感情かもしれない。
……いまはなんとも言えない気持ちなので口を挟むようなことはしないでおいた。
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