07話.[おやすみなさい]

「よかったね、仲直りできて」

「そうだな、要には本当に世話になったよ」


 この前みたいに飲み物を飲んでからそう返事をした。

 ただ問題というのはどんどんと増えていくもの。

 俺は新たな問題に直面しているということになる。

 そしてその問題とは、


「なあ、なんで俺らふたりで来ているんだ?」


 これ。

 最低でも要を誘わなければ不味いだろと言ったのに聞いてもらえなかった。

 彼女は特別気にした様子もなく「こうしないと逃げられるからだよー」と。


「それに私にだけ教えてくれていなかったからね、疎外感がすごかったよ」

「悪い、巻き込むのは違うと思ってな」

「私達も結構長く一緒にいるんだよ? 普通に話してほしかったなー」


 言ってしまえば今回のこれは自爆みたいなものだからな。

 それに要だって花がいなければどうなっているのかなんて分からなかったわけだし、近いようで遠い西山にはもっと言う必要がなかったというか。


「あー、俺は西山のことを要の友達って捉えているだけだからな、つまり友達の友達ということで自分の友達とは考えていないんだ」

「えぇ、酷い」


 長く一緒にいるとは言っても、あくまで要がいなければ来ないわけだから変わらない。

 結局、俺と関わってくれている人間は要のおかげでいてくれているようなものだ。

 その考えがなくならない以上、俺に興味を持って近づいてきてくれていると思えない以上、西山や大橋のことを本当の意味で友達だとは思えない。


「じゃ、今日から友達になろうよ」

「ま、いいけどさ」

「別に要くんの友達だからとかじゃないからね? そもそもの話、要くんと付き合い始める前から私達は一緒にいたんだから」

「分かった分かった、要に疑われても嫌だからそういうことにして解散にしよう」


 こちらにそんなつもりはないのに彼女を取ろうとしているとか言われても嫌だった。

 彼女がなんと言おうと俺らは所詮友達の友達、こっちになんて微塵も興味を抱いていない。

 要と付き合い始める前からそうだった、要ばかりといようとしたくせになにを言っている。


「よし、帰るか」

「む、そうやって適当に対応されるのは嫌いだな」

「人の彼女と変に仲良くしていたって問題ばかりしかないだろ」


 単純に異性といるのが落ち着かないだけだ。

 どうせ利用されるだけだし、興味があるのは要にだけだし。

 これまで非モテをやってきているから拗れているのだ、責めるのはやめていただきたい。


「別に彼氏ができたからってその男の子とだけいるわけじゃないでしょ」

「関わらないというのは不可能でも、一応頑張ろうとするのが彼女なんじゃないのか?」

「でも、私の彼氏さんは花ちゃんや岬ちゃんとよくいるけどね」

「それは西山が遊びに行くからだ、もっと見ておいた方がいい」


 正直に言おう、要と西山が別れることになろうがどうでもよかった。

 ただ、今回だけに関わらず昔から世話になってきているので要に悲しいことがあってほしくないという考えはある。

 それを考えたら別れるようなことにはならないのが1番というわけだ。

 優先順位が彼女より花というのが面白いところではあるけどな。

 花と西山だったら少し迷ってから花を選びそう。

 あのなあ、本物のシスコンとは結局のところ要のような人間のことを言うんだよ。


「じゃあな」

「あんなことを言いながらも家まで送ってくれるんだ」

「うるさい、それじゃあな」


 適当に対応してもきちんと対応しても問題になるって面倒くさいな。

 人の彼女といるってこんなに大変なのか、今度からは誘われても行くのはやめよう。

 本当に無駄なことだが、中学校の近くで岬を待っておくことにした。

 そこまで離れているというわけでもないからやべえ奴なんだけど。


「お兄ちゃん? こんなところでなにをやってるの?」

「たまたま外に出ててな、なら岬の荷物でも持ってやろうかと思って」

「別にいらないよ、足だってもう治ってきているんだし」

「まあまあ、どうせなら持たせてくれ」


 どうやら今日は花がいないようだ。

 もしかしたらこの前の男子に誘われて話をしているのかもしれない。

 岬と花はふたりでいてワンセットだと考えているから違和感しかなかった。


「もしかして花のことを気にしているの?」

「そうだな、見ていないと不安になるからな」

「大丈夫だよ、この前の子に誘われて話をしているだけだから」

「でも、この前は演技をしていただけだとか言っていただろ? あんまりぐいぐいこられると拒めないんじゃないかってな」


 今回のことで迷惑をかけてしまったから余計にな。

 西山や大橋よりかは一緒にいて安心できるし、困っているようなら俺にできる範囲でなにかをしてやりたい。

 ただ、俺が動くと逆効果になるかもしれないということは最近のことでよく分かったため、花が頼んでこない限りは動かない方がよさそうだ。


「お兄ちゃんって花のことが好きなの?」

「落ち着いて接することができる存在ではあるな、基本的に女子といるのは落ち着かないけど」


 さて、特にどうにもならずに終わってくれればいいが。

 なんとなくだけど花なら上手くやるだろという考えも自分の中にはあった。




「眠い……」


 GWに突入しているがやることがない。

 細かく挙げればテスト勉強とか部屋の掃除とか色々とあるが、最近は色々なことが起きすぎて疲れているのか眠たかった。


「隆也、入っていい?」

「おーう」


 部活が休みなのをいいことに花がやって来ていたみたいだ。

 彼女はとてとてとベッドの側までくるとおはよと挨拶をしてくる。

 普通に挨拶を返してなんとなく天井を見上げていたら遊びに行こうと誘ってきた。


「家じゃ駄目か?」

「だらだらしすぎるのはよくないから」

「じゃ、腕を引っ張ってくれ、俺の力じゃ、うお!?」


 その身長のどこからこんなパワーが出ているのか。

 始めたばかりとはいえ流石運動部所属少女と褒めるべきだろうか。


「行こ、GWなんだから楽しみたい」

「岬や要は?」

「岬は隆也達のお母さんとお買い物に行ってる、要は瞳とデート」

「なんで大橋には先輩とつけているのに西山は呼び捨てなんだ?」

「単純に仲が長いから」


 まあいいか、とりあえず少量のお金を持って家を出ることにしよう。

 にしても、岬や母も起こしてくれればいいのにな。

 つか、普通お客だけを残して家を出るか? 不用心すぎだろ。


「どこに行きたいんだ?」

「隆也がいてくれればどこでもいい、あ」

「どうした? もう気になる店でもあったのか?」


 自宅からそう離れていない場所に店が充実しているのはいいことだと思う。

 最悪の場合は商業施設にでも突撃すれば大抵の物は揃えられるから。

 腹が減ったらそこで食べてもいいし、下のスーパーでなにかを買って帰るのもいい。

 コスパは最強とは言えないが、色々な店をはしごしなくていいのは楽でよかった。


「手を繋ぎたい」

「ま、人も多いからその方がいいかもな、ほら」

「うん」


 花の場合は身長差があるからそこそこ大変だ。

 ただなんだろう、思っていたよりも周りの視線とか気にならないな。

 花がある程度落ち着いて対応できる人間だからだろうか。

 落ち着いているのがいいのかもしれない。


「隆也は岬のことが好きなの?」

「はは、岬からは逆のことを聞かれたけどな、あ、大切な存在ではあるぞ」

「家族だから?」

「そうだな」


 この前のことを除けば自分のことを悪く言わないでくれる最高の存在だから。

 あ、花もこっちを悪く言ってくることはないか、じゃあ、ふたりともということで。

 岬と要がきっかけで関わるようになった小さな存在だが、存在感がある。


「クレープ食べたい」

「じゃ、買うか」


 こういう機会でもないとひとりでは中々に注文しづらい物だった。

 そういうのも関係して珍しく俺も頼んでみた。

 流石に恋人同士とは思われなかったみたいだ。


「むぅ、身長が高くならないといつまでも子ども扱いされる」

「高くなるだろ、これからだよ」


 少なくとも156センチの要ぐらいにはなるのではないだろうか。

 逆に163センチとかになったらそれはそれで面白いと思う。

 その際は童顔のままなのか、それとも綺麗になるのかは分からないが。


「高くなったら女の子として見てくれる?」

「そもそも花は女の子だろ」

「そうじゃなくて、隆也の彼女になりたいから」


 ……危うく漫画やアニメのキャラクターのように吹くところだった。

 とりあえず咀嚼していたものを飲み込んで、こっちを見てきていた花を見る。


「……本気か?」

「うん、岬に取られたくない」


 だらだらしている人間だと分かってもなお来てくれていたのはそういうことだったのか?

 好いてくれるのは嬉しい、自分がなにかをしてあげられたわけではなくとも。

 でも花は中学1年生だ、これからまだまだ違う異性と接することができる余裕がある。

 なのにその中から俺みたいな人間でいいのかという疑問……。


「少し考えさせてくれ」

「うん」

「よし、食べたらまた見て回るか」

「うん」


 大体はタイミングが悪く要を誘うことができないでいる。

 結局こうしてふたりきりになってその度に今度からはふたりきりにならないなどと考えるが、叶わないまま時間が経過している形になっていた。


「隆也?」

「行こう」


 とりあえずいまは休みなんだから満喫しよう。

 幸い、重い空気に包まれるということもなく花と色々なところを見て回ることができた。

 普通に楽しかった、人の多さには流石に辟易としたが。


「楽しかったな」

「うん、楽しかった」

「でも、そろそろ帰らないとな」


 俺にしては頑張った方だ。

 起床したのは午前10時だったが、現在の時間は16時だから。

 あの動かなくて済むなら動こうとしない俺がだぜ? すごい話だ。

 途中で帰りたくなったりもしなかったし、今日は出てきてよかったって心から言える。


「隆也の家に行く、泊まりたい」

「岬や母さんが許可すれば別に構わないぞ」

「うん、だから着替えを取りに行きたいから」

「分かった、付いていくよ」


 今日のことを岬に話さなければならないから正直に言えば微妙だな。

 着替えを取りに行っている間、どうすれば平和のまま終わらせられるかを考えていた。

 とはいえ、岬が俺のことをそういう意味で好きって可能性は……。


「お待たせ」

「おう、持つよ」

「ありがと」


 いいか、変に決めた通りに行動しようとするとまず間違いなく失敗するから俺らしくいることにしようと決めた。




「風呂上がりに食べるアイス美味しいな」


 いまは岬と花が一緒に風呂に入っているからここにはいない。


「ふたりを待ってあげなさいよ」

「確かに」

「はぁ、心配になるわ」


 俺には少し厳しい母の視線が突き刺さる。

 いいじゃないか、やっとゆっくりリビングで休めるようになったんだから。


「母さん、花に告白されたんだけどどうすればいいと思う?」

「はい? はぁ、ついには妄想をするぐらいには駄目になってしまったのね」

「いや、花に聞いてみればいい、そうすれば分かるから」


 こっちはアイスを食べつつのんびりと待った。

 逆に母は洗い物を終えたというのになんだかそわそわしている感じだ。


「お風呂気持ち良かった」

「花、もっと拭かなきゃ駄目だぞ、タオルを持ってこい」

「分かった」


 いつもこうして兄である要に甘えているんだろうなとは容易に想像できた。


「はい」

「じゃ、足の間に座ってくれ」

「うん」


 懐かしい、岬が小さい頃はよくこうして拭き残しを俺が拭いていたことを思い出す。


「は、花ちゃん、ちょっといい?」

「どうしたの?」

「えっと、ここにいる隆也に好きって言ったの?」

「うん、隆也は考えさせてくれって言ったけど」


 流石にされてもいないのに告白されたなんて言う哀れな人間ではない。

 俺はこれまでずっとモテてこなかった。

 それでずっとそんな虚言をぶつけてこなかったのだから信じてほしいんだがな。

 家族に疑われるって普通にきついぞ。


「岬には言ったの?」

「うん、さっきお風呂に入っているときに」


 髪が長くて乾かないというわけでもないのに出てこないのは何故か。


「ふぅ、時間かかっちゃった」

「おかえり」


 あくまで普通そうな妹の帰還。

 俺が花の髪を拭いているのを見て「ただいまっ、あっ、いいなそれっ」と言ってこっちにもっと近づいて来た。

 やはりいつも通りと言っても大丈夫な感じで。


「岬もしてもらったらいい」

「おぉ、でも今度でいいや、今日は花がしてもらう日だから」


 岬はさっさとリビングから出て階段を上がっていってしまう。

 花を置いて? 俺がもう逃げずにここにいるのに? これまではここで就寝時間の1時間前ぐらいまで話をするのが常のことだったのに?

 ……明らかにおかしいぞこれ。


「終わった、花、ちょっと岬のところに行ってきてもいいか?」

「うん、いいよ」

「ありがとな」

「ううん、こっちこそありがと」


 2階に移動して岬の部屋の扉をノックしても反応がなかった。

 勝手に入るわけにはいかないからと部屋に戻ったらそこにいて滅茶苦茶驚いたわけだが。


「どうした、今日はらしくないけど」

「……付き合うの?」

「いまは保留中だな」


 意味はないが電気はつけないままでいる。

 いきなり点けたら眩しいだろうからなんて内で言い訳をして。


「早く答えてあげなよ、花は待ってるよ」

「岬のことが気になったんだ、いつもならリビングに残って1番ハイテンションになるところだろ? 花がいるとなれば余計にそうなるはずって考えていたのにさっさと帰っちゃったからさ」

「そういえばそうだったね、ほら、お兄ちゃんの帰りも最近遅かったし、家事とかも休ませてもらっていたからそのままにしちゃっていたよ」


 真っ暗な部屋でなにをやっているのか。

 とりあえず突っ立っていても馬鹿らしいから扉を閉めてその前に座る。

 岬は俺のベッドに座っていることが廊下の照明で分かったからある程度の距離はあった。


「花はいいの?」

「母さんがいてくれているからな」

「こっち来て」

「おう」


 こう暗い状態でも少し時間が経過すれば見えるのはいいことだ。

 ベッドの横まで移動したら思いきり手を引っ張られたのは心臓がひゅんとなったが。


「やだ……」

「それって」

「花のことは好きだけど、お兄ちゃんが取られるのはやだよ」


 やっぱりそういうことだったのか。

 どうするべきだ。

 これから気まずい思いをするぐらいならと考える自分もいる。

 でもそうなったら花は? となるのが難しいところで。


「ごめん、やっぱり忘れて」

「……いいのか?」

「だって花が悲しそうな顔をしていたら嫌だもん」


 これ以上こそこそしているのもあれだから廊下に出た。

 そうしたら階段の1番上のところに座っている花を発見して微妙な気持ちに。


「聞いてたか?」

「うん、聞こえた」


 こういうことにならないように俺はあれをしたんだけどな。


「岬には悪いけど、私は譲るつもりはないよ」

「そうか」

「戻ろ、いまここにいてもなにも意味ないよ」


 待て、出てきたのはいいがもう22時前だぞ。

 そもそもあそこに岬が居座るのならどこで寝ればいいんだ?

 花はどうするんだ? 仮にリビングで寝るとしたらそこで寝るのか?

 岬の部屋でなんて言えるような状況じゃないしな。


「あと、隆也が寝るところで寝るから」

「ま、そう言うと思ったけどな」

「いまは岬といたくない、絶対に取られたくない」


 てか、それなら1階の客間を利用すればいいか。

 また喧嘩になっても嫌だから花のことは拒んだりしないでさっさと寝てしまえばいい。


「ここで寝るの?」

「おう、お客用の敷布団があるからな、それを利用しようと思う」

「準備するの手伝う」


 いまこうしてしまっている時点で岬からすれば俺が花を選んだと感じているのだろうか。

 防音が優れているわけではないから、いまさっき廊下で話をしていたのも聞こえていただろうしな。

 まあ別に聞かれても困るようなことは言ってはいないが。


「……いいのかな」

「悩むのは俺がするからいい」


 好意を向けてくれている対象がどっちも面識があるというのがこれ程大変とは思わなかった。

 いいところばかり見て羨ましいだなんて簡単に言った過去の自分を叩きたいぐらいだった。

 しかも両方とも妹属性というか妹というか、ポジションは似ている感じで。


「でも、私は岬がいてくれるから中学校でも楽しくやれてて……」

「俺のことが好きなんだろ、ただそれだけでいい」

「でも、もし私が隆也の彼女になったら……岬は悲しむ」

「いいからっ、明日は部活なんだからちゃんとかけて寝ろ」

「うん……、おやすみなさい」


 電気を消して俺も反対を向いて寝転んだ。

 翌日になにもないことをいいことに、寝られないことを利用して考え事に励んだのだった。

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