06話.[いまと後のこと]
「ちょっと待ちなさい」
「は、はい?」
食事と入浴を終え部屋に戻ろうとしたら母に止められた。
待て、捻挫の件に関しては俺は関係ないんだが……。
「明日からあなたが手伝いなさい」
「おう、それぐらいなら別にいいけど」
風呂掃除や掃き掃除、洗い物ぐらいだったら俺にもできる。
「あと、岬となにかあったのならきちんと話し合いをしなさい」
「残念ながらなにもないぞ、最近はあんまり一緒にいないしな」
「なんで?」
まさかなんでと聞かれるとは思わなかった。
妹は正に思春期って感じの時期なんだからそうだとは考えないのだろうか。
「テスト勉強をしているんだよ、あんまり人がいるところだと集中できないからさ」
「そう、変なことを考えているわけではないのならなにも言わないわ」
妹離れできていない兄に比べればこの作戦をしっかりできた方がいいに決まっている。
……ぼうっとしていた理由は自惚れでもなんでもなく俺だろうから微妙だが。
「お兄ちゃん」
「悪い、どくわ」
妹が入浴している間、珍しくリビングに留まってしまっていたのがよくなかった。
母に声をかけられたのも影響している、俺が部屋に行ってからでもいいと思うが。
「待ってよ」
「足、大丈夫か?」
「あ、うん、ちょっと痛いだけ」
「骨が折れてなくてよかったな」
「そうだね、何ヶ月も普通に歩けないのは面倒くさいから」
これ以上の会話は必要ないと思って戻ろうとした。
「私も行くよ、今日はちょっともう休みたいから」
「おう、そうか」
今回は珍しく止められることもなくそれぞれの部屋に――とはならなかった。
なるほどと思わず呟いたね、もうこうなったら手段を選んでいられないということなのかもしれない。
あ、もしかしたら要が言った可能性もあるな、まあ妹離れしなければならないのは確かだからそれでもいいけど。
「要さんから全部聞いたよ」
「そうか」
ま、どう考えても要が黙っているとは思えないからな。
今度からは吐くのはやめよう、信じているなんてあれは嘘だ。
多分、日常的に俺に対して不満を感じていて、岬と仲悪くなればいいと願って行動――なんて、そんな遠回しなことはしないか。
俺だけでは摩耗していくだけだから心配して代わりに言ってくれたのだろう。
「嘘だったんじゃん、やっぱり避けてたんじゃん」
「俺が原因で岬が花と言い争いをするところを見たくなかったんだ。あとはあれだな、岬に甘えすぎてしまっていたから妹離れしようとしたんだよ」
誰かのせいになんてしている場合じゃない。
そこまで屑になりたくはない、なんでもそうかと片付けておけばいいのだ。
「母さんに頼まれたから明日から俺が家事をやる、だから岬は休んでおけ」
「それは確かにちょっとお願いしたいけどさ、それとこれとは別だから」
「ま、最低限のコミュニケーション以外は必要ないだろ」
思っていてもいなくても、大嫌いだと言った相手といるのはストレスが溜まるだろ。
その点、俺が帰宅時間を遅らせておけば多少はマシな状態にさせてやることができる。
幸い、花、大橋、要、西山と、彼女のことを考えてくれる人間はいるのだから。
そこに俺はいらない、ただそれだけのこと。
「ほら、部屋に帰って寝ろよ」
もう21時を過ぎているし、のんびりしたいんだ。
勉強は学校でやっているだけで十分だから休みたい。
やることがないからそのまま朝まで寝てしまってもいいぐらいで。
「おやすみ」
「……うるさい、もう話しかけないで」
「そうかい」
違うな、帰宅時間を遅らせることになにも意味はない。
あくまで普通の生活というやつを心がけようと決めた。
それになにより家事をしなければならないんだからそれじゃ困るしな。
「小森くん小森くんっ」
引っかかっている俺とは違って彼女は至って普通という感じだった。
教室での彼女はほとんど女友達とばかりいるが大丈夫なのだろうか。
そっちまで仲が微妙になっていたとしてもなにもしてやれないが。
「今日の放課後ってお暇かな? もし時間があるのなら要くんと文音ちゃんも誘って甘い物でも食べに行こうよ」
「悪い、岬が怪我をして代わりに家事をやることになったんだ」
「え、そうなの? あ、岬ちゃんが怪我をしたのは要や文音ちゃんから聞いていたんだけどさ、って……小森くんって家事できるの?」
「ま、自分のできる範囲でやるつもりだよ、逆効果になる可能性も高いけどな」
もう1度あの悪い感じにならないよう拒んでおいた。
結局、その場にいない、そこに行かないが俺にできることだ、そうすれば最小限で済む。
「そっか、それなら仕方がないよね」
「要や大橋とだけ行った方が楽しいから気にするな」
人が来ることが段々と面倒くさくなってきたぞ。
その度に悪いとも思っていないのに悪いと言ったりすることになるから。
学校ではほとんどを教室外で過ごして、放課後になったら即帰ろうと決める。
「はぁ……」
大嫌いから話しかけないでとなって、次はどうなるのかね。
顔すら見せるなとか息を吸うなとか洗濯物を一緒にするなとかだろうか。
「ここにいたんだ――おっと、悪く思わないでよ? 岬ちゃんが暗いと花が心配して花にも影響が出るから言わせてもらったんだ」
「シスコン野郎が」
「で、どうしてこんなところにいるの?」
「なんか人といるのが面倒くさくなったんだよ」
ここまで来るのは要ぐらいなもの。
その要だって拒み続けていたら来なくなることだろう。
「隆也がそんなことを言ったのは初めてだね」
「そうだな」
「やっぱり岬ちゃんと上手くいっていないからじゃないの?」
「ははは」
事実、その通りなんだろう。
自分から起こしたことだから被害者面するつもりはないが、みんなと仲良くなんて自分勝手な感情でしかないことを最近よく分かったのだ。
「要に西山という彼女がいなければ岬のことをもっと任せるんだけどな」
「隆也がどうしてもと言うならそれでもいいけど?」
「馬鹿かよ、西山に怒られるぞ」
「でも、いまの岬ちゃんを放っておくと花まで悪影響を受けるからね、そういう点でもなにもしないままでいるのは無理かな」
余計に悪化させたことが分かったらどうなるのだろうか。
単純に岬のことが心配というのはあるだろうが、やはり花の方が大切なのは確かな状態で。
「要、実は昨日、最低限のコミュニケーションだけでいいだろって言ったら話しかけないでとまで言われちまったんだよな」
「逆にそれで吹っ切れてくれないかな、そうすれば花があんな不安そうな顔をしなくて済むし」
「ま、大嫌い&話しかけないでだからな、あるかもしれないな」
「冗談だよ、隆也と岬ちゃんが仲がいいのが1番だよ、なのにお兄ちゃんの方は馬鹿なことをして自分が傷ついているんだからアホだよね」
人といるのが急に面倒くさくなったのはそういうことなのだろうか。
これまでは悪く言われてもそうかで済ませられてきたが、大切な存在である岬から言われるのは堪えていると、そういうことなのか?
俺はあくまで普通に納得できていると思うんだけどな。
その証拠に言い返したりしていないし。
でも、要からすれば俺は傷ついているということらしいし、よかれと思ってやっていることが全く岬のためになっていないことも要の反応を見ればよく分かる。
「でもさ、前のままだったら不味かっただろ? あんなにいい妹が駄目な兄を好いてくれている時点でおかしかったんだよ」
「確かに岬ちゃんは隆也のことを気に入っていたよね、だらだらとしていても可愛いとか何度も言って」
「だから変える必要があると思ったんだ、要曰く自意識過剰で非モテ野郎が勘違いしないためにも必要なことなんだよ」
いまのこれは反動なんじゃないかと考えている。
これまでは無理をしてきたようなもので、やっと発散させられたというか。
「あれは悪かったよ、だからもう引っかからなくていいから」
「0か100でしか考えられない時点で変わらないからな」
「いいからとりあえず仲直りだけしよう、あくまで形だけでもいいからさ」
花が暗くなったとかで文句を言われても嫌だな。
ただ、話しかけることができない俺になにができるというのか。
それでもとりあえずは教室に戻って授業の準備をする。
まだ放課後じゃないからな、学生なんだから勉強をしなければならない。
「よし、行くよ」
「気が進まないが……行くか」
元々、家事をしなければならないのもあるから要がいてくれるのはいいかな。
要単体を利用するのはそう引っかかることはない、口が軽い奴だからな。
とはいえ、部活終了時間までそこそこあるから微妙な時間を過ごすことになるのは確かだ。
「あー、帰っていいか?」
「帰っていいかってここは君の家なんですけど」
「じゃ、本屋にでも行ってきていいか?」
「駄目」
風呂掃除も洗い物も朝にやってから出たから残っていない。
掃き掃除や拭き掃除をやろうにも、真面目で細かい母がやっているから逆効果。
……俺が手伝う必要なくね? 下手をしたら汚くなって返ってくるだけだぞ……。
「ただいま」
帰ってきてしまった。
一応、リビングからの方と台所の方から廊下に出られる扉があるが、いま慌ただしく動いたらそれこそ汚物を見るような目で突き刺されることだろうから動けない。
「え、靴があったから誰かが来てるとは思ったけど……」
「おかえり、ちょっと岬ちゃんに用があってね」
隠れようにも隠れられねえ……。
要は俺より身長が低いし、もう妹がここに来てしまった時点で詰みだ。
「隆也がさ、馬鹿なことをしたって反省しているようなんだよね。だから許してあげてくれないかなって言いにきたんだ、ひとりだと動けないみたいだからさ」
ふたりがいて動けないんだけどな。
なんで妹と友達程度にここまでの気持ちを抱えなければならないんだよ。
なんで妹と気まずくなるようなことをしたんだよって内では大暴れだった。
下手くそすぎる、もう少し上手くやれないのかってツッコみたくなるぐらいには。
「……嘘をつくからいいよ」
「大橋さんから知らない男の子といたって聞いたみたいだけどさ、岬ちゃんが1番分かっているでしょ? 隆也は進んで外に出るわけじゃないって」
「……最近は帰ってくる時間も遅かったし、文音さんとファミレスに行ったりしたことも聞いているんだからそうとは限らないもん」
証明不可能だから言わなかったことだ。
つか、当たり前のように疑われたことを本当なら悲しむべきなのだろうが。
なんか色々なことがありすぎてショックを受けるとかそういうことだけはないんだよな。
「なんで遊びに行ったら怒るの? 大嫌いな相手なんだからどうでもいいはずでしょ?」
「……要さんには関係ない」
岬はリビングから出ていってしまった。
要はこちらを向いて両手を合わせて、
「隆也ごめん、これは僕にも無理そうだ」
と、謝ってきた。
謝ってもらうようなことではないから気にするなと言っておく。
「余計なことに巻き込んで悪い、花にも謝らなければな」
「帰ったら花に聞いてみるよ、岬ちゃんが学校で普通にいてくれているなら問題もないから」
「そうだな、それなら俺が嫌われてようがどうでもいいと片付けられるし」
他人にまで悪影響が、となっていないのであれば気にならない。
「いや、花をここに呼ぼっか」
「帰ったばかりなのに来るか? 要と花がいいならいいけどよ」
こっちは区切りをつけるために風呂を溜めてくることにした。
で、戻ってきたら既に花がいたという神業を披露してくれたわけだが。
「隆也っ」
「待て待て、お兄ちゃんはそっちだぞ」
「……隆也のせいで岬が元気ない」
「それを言われると……なにも言えなくなるけど」
要より花から言われる方が結構くる。
妹はああ言って拒絶してくれているがなんでもして仲直りしてやる的なところまでは考えるのだが、やはり現実的ではないから諦めるまでがワンセット。
「行こ、私もいてあげるから」
「いや、それがさっき拒まれたんだよな」
「だめ、そうやって逃げててもお互いにとってよくないだけだから」
廊下に連れ出され、階段を上がる――必要はなかった。
何故なら1段目のところに岬が座っていたからだ。
抱えた膝に顔を埋めていて、いまどんな表情をしているのかは分からない。
「岬、素直になって」
「……なんで手を握っているの?」
「兄妹そろって素直じゃないから」
はは、これは言われたな。
岬はともかく、俺の方は確かにそうだ。
本当は一緒にいたい、いままで通り仲良くしていたい。
でも、まず間違いなく岬のためにならないからって頑張ってみたのだが……。
「離して」
「岬が素直になるなら離す」
「別に……喧嘩なんかしてないよ」
「ならいいよ、はい、離したから」
中学1年生の女の子がいなければ前に進めないって不味いだろ。
リビングから出てきた要も加わって、なんとも言えない雰囲気になった。
「帰ろうか」
「うん」
「ま、待ってくれ、まだいてくれればいい」
「そう? 隆也がそう言うならいさせてもらおうか」
「うん、私も気になるから」
導火線に火がついた状態のまま帰るのはやめていただきたい。
とりあえずはリビングにまた戻ることになった。
廊下が凄く狭いということはないが、こっちの方が落ち着くから。
ソファに梶原兄妹と岬、俺は食事のときに座る椅子を選択していた。
「まず、こうなった理由を話そう」
「俺が岬と花に言い争いをしてほしくなくて距離を作り始めたのが原因だ、ついでに距離感がおかしいから妹離れをしようとしたことになるな」
流石に俺が下手くそすぎたのかもしれない。
あとは単純に証拠となるものを用意しておけばよかったのかもしれない。
ま、悔やんだところでもう変わることではないが。
「でも、岬ちゃんはこの前の土曜日までは普通だったよね?」
「私も朝に隆也の部屋に来たから知ってる、岬は家から出ないでって頼んだ」
なんでそんなことを言ってきたのかは分からない。
これまで岬はそんなことを言ってこなかった。
仮に遊びに行く場合は「どこかに行くなら気をつけてね」って言うだけ。
なんからしくないんだよなあと俺も考えていた。
「で、大橋さんから違う男の子といるところを見たと言われて叩いたんだよね?」
「……だって嘘つきだったから」
「実際、そこで外に行ってもないのに誘われたから遊びに行ったとか嘘をついたから間違っているとは言えないな」
証拠がないんだから仕方がない。
相手が俺=遊びに行っていたという考えになってしまったら覆すのはもう不可能だ。
行っていないと言い訳をすればする程、相手からすれば怪しく見えてくるというわけで。
「俺はその際に大嫌いと言われたし、岬が足を怪我してからはもう話しかけるなとも言われた、正直に言えばなにも悲しくはなかったぞ」
「うん、まあ岬ちゃんの考えすぎなところもあるけどさ、結局悪いのは隆也だから」
「そうだな、俺が下手くそすぎたのが悪いな」
「いや、わざわざ妹離れをしようとしなくていいんだよ、そんなことをしなくてもいまの岬ちゃんのように相手が離れたいと思ったら勝手に離れていくんだから」
中々ズビシッって言葉で刺してくる人間だな。
でも、俺達のことを考えて言ってくれているのは分かっている。
もちろん花のことが1番だということは分かっているが、結局のところ俺らが仲直りしなければずっとそれが叶わないわけだからな。
だから深くまで考える必要はないだろう。
「というわけで、仲直りしよう」
「岬にその気がなければ無理だろ」
一方通行ほど虚しいことはない。
しかも俺がしておきながら俺が仲直りしたいだなんて言えるわけがないのだ。
「岬ちゃん」
「……お兄ちゃんとふたりきりで話したい」
「分かった、花を連れて帰るよ」
「明日聞かせてね」
「うん、ちゃんと言うから」
来てもらったり帰ってもらったり、この前から迷惑ばかりかけている。
これはもう奢るとかそういうことをしてなにかしてやらないといけない。
「お兄ちゃん、部屋に行こうよ」
「おう」
流石にこれで叩かれることはない……と思いたい。
部屋に移動したら岬はベッドの上に座って俺にもそうするように手で示してきた。
これは俺のだからな、変な遠慮をする必要はないだろう。
「ごめん……」
「叩かれたのは驚いたけどな」
「うん……」
一応、岬のためを考えてやったことなのに、本当に逆効果でしかなかったな。
それこそ要が言っていたように、そのときがくれば勝手に岬の方から離れたというのになにをやっていたのか。
「それよりそんな正座みたいな座り方をして足に負担がかかってないのか?」
「大丈夫だよ、そこまで酷いというわけでもないから」
「骨折したわけではなくてよかった」
「うん、最初に言われたときもそうだったけど、私もそう思っているよ」
あー……なんだこの雰囲気は。
ぴりぴりしていないのはいいのだが、なんか甘酸っぱい感じがする。
「お兄ちゃん……」
「今度、要と花に謝らないとな」
「うん、迷惑をかけちゃったから」
俺はそれ以上のことをしないといけない。
とはいえ、俺にできることなんて奢るとかその程度だ。
なんにも返さないよりはマシだと開き直ってもいいのだろうか。
「ねえ……お兄ちゃんといられないと嫌だ」
「逆効果にしかならないって分かったからもうしないよ」
「いーい?」
「ま、俺のせいで不安にさせてしまったからな、自由にすればいい」
妹の頭を撫でつつやはり逆効果だったなって考えていた。
寧ろ余計に酷くなっているというか、距離感を正すどころではない感じ。
傍から見たらもうそういうつもりでいる男女みたいに見えるだろう。
「悪かった」
「ううんっ、私なんかお兄ちゃんを叩いちゃったからっ」
「馬鹿なことをしたんだ、それぐらいの権利は岬や要、花にあるさ」
家に居づらくなったのも馬鹿らしいことだ。
これからはもうちょっといまと後のことを考えて行動することにしようと決めた。
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