05話.[気にせずに勉強]
1.5週ぐらいが経過したら少しずつ平気になってきた。
最低限会話しているのがいい影響を与えているのか、岬もなにも言ってくることはない。
俺はテスト勉強を言い訳にして遅くまで残るようにしているからなのかもしれないけどな。
「隆也先輩、ここって分かりますか」
「おう、こうしてこ――」
「あ、分かりましたっ、ありがとうございます!」
……何度も繰り返していると本当は分かっているのに分からないフリをしているんじゃないかと思えてくる。
だが、こうして付き合ってくれるのはやはりありがたい。
俺的には岬と花が仲悪くならなければそれでいいんだから。
「大橋、勉強をある程度やったらご飯でも食べに行くか」
「え」
「たまにはいいだろ? こうして付き合ってもらっていることだし払うぞ」
「いやそうじゃなくて、え、私でいいんですか?」
「おう、いまここには大橋しかいないんだからな」
シスターズのことをよく理解しているのは彼女もそう。
本当に自分から遠ざけておいて馬鹿な話だが、大橋経由で情報を知れるのは大きい。
とはいっても、中学生と高校生なんだからあまり会うこともないだろうが。
「よし、行くか」
「は、はい」
「あ、嫌なら嫌でいいぞ? その場合はまだ残って勉強をしていくからさ」
「いえ、い、行きましょうか」
流石に毎日は無理でも、たまにこうして飲食店で済ませてしまえば作戦はもっと上手くいく。
作ってくれているのは最近、ほとんど岬だから食べるとなると複雑だからな。
要や西山とももっと仲良くしないとな、苦手とか言っている場合じゃない。
仮に岬から嫌われた場合、そのことから目を背けられるような環境が必要なのだ。
「出すとか言っておいて悪いんだけどさ、1000円までに抑えてくれると助かる」
「あ、いいですよ、自分の分は自分で出しますから」
「いや、付き合ってもらえて本当に助かっているんだ、少しは出させてほしい」
「うーん……」
結局、彼女は400円の物を注文していた。
それなのに1000円近い物を食べるのはなんか違うので同じ物を選択して注文を済ませる。
「本当にドリンクバーを頼まなくてよかったのか?」
「はい、食べたらあまり飲めませんからね」
「そうか、ま、そうだよな」
俺も大食というわけではないから気持ちは分かる。
料理が運ばれてくるまでの間、俺は窓の外を見て時間をつぶしていた。
間違いなくこれも空気の読めない行動だが、だからって面白いことも言ってやれないからどうしようもない。
「あ、きましたよ」
「だな」
ふたりでちゃんと挨拶をしてから食べて。
ある程度の時間をつぶしたら退店し、彼女を送って行く。
この前は花だけを送ることになったから贔屓しているみたいで嫌だったしな。
「ありがとうございました」
「いや、こっちのセリフだよ。まだ5月じゃないし、テスト週間でもないのに大橋は付き合ってくれたからな。ありがとう、大橋がいてくれてよかった」
正直に言って、要や西山よりは頼みやすいのだ。
要や西山にだってしたいことはあるし、なにより恋人とふたりきりでいたいことだろう。
ほぼ自爆行為みたいなこれに付き合わせるわけにはいかない――と考えていても弱い心が求めてしまうのが難点か。
「隆也先輩っ」
「どうした?」
素か演技か、最近の彼女は比較的落ち着いている。
無理しているわけではないのならいいが、果たしてどうなのだろうか。
言えずに抱えてしまう人間もいるわけだからしっかり見ておいてやらないといけなさそうだ。
「なにがあったのかは分かりませんけどっ、仲良くした方がいいですよっ」
「それは大橋の言う通りだ、ありがとよ」
俺だって仲良くしたいよ。
でも、花との件を抜きにしても妹離れは必要だと思うんだ。
甘えるにしても他の気に入った男子にするとかな、いるのかは分からないが。
あの距離感はおかしいとしか言いようがない。
1歩踏み込んでいるという風な見方もできてしまうレベルだったから。
「ただいま」
「おかえり」
少し嫌な点は、帰宅時間が後になることでこうして玄関で待ち構えているときがあることだ。
適当に食事は済ませたからということと、風呂に入ってくると言って洗面所に行こうとしてできなかった。
「なんで最近は余所余所しい感じなの? 帰りは遅いし、家にいても部屋にずっといるし」
「テスト勉強を頑張っているだけだ、2年生になってから結構難しくなってきてな」
実際はそこまで不安でもない、けど、こういう風に言ってしまえば無敵だと判断した。
学生の本分はやはり勉強だ、運動などもやることはやるが根本的なところは変わらない。
だからこれを否定するということは自分を否定するということでもあるから岬はできないはず――だったのだが。
「お兄ちゃんの成績がいいことは要さんや瞳さんから聞いて知ってるよ、テスト週間に入ってからやれば十分なことは分かっているもん」
「大袈裟に言っているだけだよ、俺なんか30番以内になれればいい方だぞ?」
「……嘘つかないでよ」
「悪い、20番以内だったな」
18番から上はもうやばい、中々縮まらない。
同点の人間が沢山いて10番以内なんてかなり遠い場所だ。
……つかきつい、岬を困らせたくてやっているわけではないんだけどな。
「そうじゃなくてなんで避けるの? 私がこの前、花に対して嫌なところを見せちゃったからとかだったり……するの?」
「避けてなんかいないだろ、俺は毎日顔を合わせたら挨拶をしているだろ? ご飯だって食べさせてもらったら美味しかったって必ず言うだろ。避けていたらそんなことはしない、いまこうして答えている時点で避けていないということを証明できているだろ?」
「……じゃあなんですぐ部屋に戻るの?」
「別に後ろめたくてそうしているわけじゃないことは分かってくれ。最近は不安定だから大切な母さんや岬になるべく迷惑をかけないように対策をしているんだよ。もちろん、父さんにもそうだけどな」
風呂に行っていいかと言ったら今度は止められなかった。
洗面所に入ったら鍵を閉めて入り口のところに座り込む。
「そんなの妹離れをするために決まっているだろ」
だからいま頑張っているわけで。
やっと慣れてきたところだから横から攻撃を仕掛けてくるのはやめてほしかった。
「岬、隆也を逃げられないようにしたよ」
「ありがとう」
起床したら部屋に花がいて右腕を掴まれていた。
本気を出せばこんなのは振り解けるものの、花が怪我したら嫌だからじっとしておく。
このふたりの仲がいいのであればなにも問題はない。
あとは単純に露骨なのは避けなければならないからだ。
花にそんなことをしてみろ。
恐らく泣いて、要に相談し、要から口撃されるのがオチだ。
「今日はどこにも行かないよね?」
「俺はそうだけど岬達は部活があるだろ?」
「あるけど、お兄ちゃんには家にいてほしい」
「どこにもいかないよ、じっとしておく方が好きだからな」
土曜日に遊びに行けるような友がいなかった。
だから今日はとにかく寝るつもりだ、勉強はその後でも十分に間に合う。
「花が活動しているところを上手く想像できないな」
「む、私は俊敏に動ける」
「そうなのか? じゃ、いてくれてありがたいだろうな」
「……実はあんまり動けない」
「ははは、それでもまだ1年だからな」
岬が3年ではなく2年なのも大きいな。
卒業するまでの間に友達を作っておく時間がある。
真面目にやっておけばキャプテンにだってなれるかもしれない。
それがいいのかどうかは分からないが、頑張ることは重要だよなと呟いた。
「岬、忘れ物をしないようにしろよ?」
「うん、この前は飲み物を忘れちゃったからね」
「水分補給はどの季節だろうとしなければ駄目だ、気をつけろよ」
「うん……」
「ん? どうした?」
とかなんとか言っているが、俺は園芸部なのをいいことに水筒なんて全く持っていくことはなかった。
で、喉が乾いてひとりダメージを負っていた馬鹿がいたと。
だから岬にはそうはなってほしくないからしっかり言っておく。
ただまあ、偉そうにしてしまったことになるのかねえ。
この反応の感じは気になるところではある。
「避けてるわけじゃないの?」
「避けてない、避けてたらふたりから逃げてる」
「……疑ってごめんなさい」
「謝らなくていい、それよりそろそろ行かないと遅刻するぞ」
最後だと決めて岬の頭を撫でておいた。
俺の手に触れて少しぎこちない笑みを浮かべる岬。
「うん、花行こ」
「うん、隆也は家にいてね」
「あいよ、ちゃんと守るから安心しろ」
それより最近あんまり気持ち良く寝られてなかったから睡眠に費やすつもりだ。
わざわざ外になんか出ないよ、外に出たって小遣いを無駄に消費することになるだけだ。
ふたりが出ていったら部屋内は凄く静かになった。
予定通りベッドに寝転んで時間をつぶしていく。
「はぁ、やっぱり勉強をしておくか」
いま起きたばかりなのに寝れるわけがない。
あと、寝ようと頑張っている間にも無駄なことを考えてしまって駄目になる。
うん、やはり学校でやるよりも家でやる方が捗る。
付き合ってくれている要や大橋には悪いが、できれば遅くまで残りたくなんかない。
もっと岬といたい、家でゆっくりしたい、家事を手伝ったりしたい。
でも、そのへんのところを上手くできないから0とはいかなくても10と100ぐらいの気持ちでいなければならないのだ。
これまで通り普通に接するか、それともいまみたいに一緒にいることを減らすか。
「隆也っ、いますぐに逃げた方がいいっ」
「は? え?」
今日は母も休みだから花が入ることも不可能ではない。
だが、なんだ? 逃げた方がいいってなにから? 誰から?
「とりあえず、飲み物でも飲むか?」
「うん、貰う」
下に移動して自分の分もついでに用意した。
それを呑気に飲みつつ、結局なんだったのかと考えてみたが分からず。
「そういえば岬は?」
「いまから帰ってくる」
「そうか、ならたまにはご飯でも作ってやるか」
母はいないから……このタイミングで買い物だろうか。
それでもいい、炒飯ぐらいなら俺にも作れる。
ついでに花にも食べてもらえばいいだろう。
あくまで避けていないということが伝わればそれでよかった。
だが、
「お兄ちゃんのばか!」
昼ご飯を食べ終え、花が帰った後にばちんといかれてしまった形になる。
いきなり叩かれたことにより当然俺は困惑してなにも言えなくなって。
「文音さんから聞いたんだからっ、要さんとは違う男の人と歩いていたって」
「いや待て、俺は外に出てはいないぞ」
「信じられないっ、嘘をつくなんて思わなかったっ」
母も何時からいなかったのかは分からないから証明不可能か。
いやでも、誰だろうと少しの嘘ぐらいはつくと思うけどな。
「ま、そうなんだよな、遊びに誘われたら断らないようにしているからさ」
違うと言い続けたところで無駄な言い争いになるだけだ。
それならばさっさと認めてしまって終わらせてしまった方がいい。
「もう知らない」
「そう言ってくれるなよ、岬だって誘われたら――」
「お兄ちゃんなんて大嫌いっ」
流石に扉を乱暴に開け閉めしたわけではないが、少し荒いまま岬は出ていった。
腹も満たされているし、食事を終えたことで区切りがついているから勉強をすることにすることにした。
「頑張るか」
近くにテストがあるということはいまの俺にはありがたかった。
「最近は物凄く真面目だね、いつもぼうっとしているか寝ているかしかしない隆也が勉強なんて雨が降るんじゃないかって心配になってくるよ」
どうせ6月にでもなれば雨が降るぞと言ってみたら呆れたような表情を浮かべられたうえにため息をつかれてしまった。
ため息をつくぐらいなら言わなければいいと思う。
「僕としては嬉しいけど、正直に言えばあまりにも変わりすぎて気持ちが悪いかな」
「これぐらいしかやることがないんだよ」
「へえ、だからって遅くまで残るのは違和感しかないけどね」
俺だって残らなくてもいいならさっさと帰るんだけどな。
ほとんどと言っていい程、岬は家事をしているから居場所がないんだよ。
「これで少しは悪影響を与えなくて済むんだろ」
「でも、隆也が頑なになったせいで岬ちゃんは暗くなっているって聞いたけど」
あれはどうしようもなかった、だって証拠がないんだからしょうがない。
違うと言っても嘘つき呼ばわりされて余計にイメージが悪くなるだけ。
いつもと同じことだ、こちらが折れることで多少は上手くいくのだ。
少なくとも前には進める、同じことばかりを話さなくて済むようになる。
それだけで十分だろう、妹離れするって決めたのだからこれでよかったのだ。
「要が俺をどうしても悪者にしたいということは分かった」
「え、別にそんなつもりはないけど」
「西山のところにでも行け、遊びに行っていて無理だというのなら帰ればいい」
どうせ誰も味方はいないだなんて悲観的になっているわけではない。
ただ、要は前々からそうだったからな、こういう対応が1番だろう。
やってはいけないのはカッとなって怒鳴ったりすること。
「まあまあ落ち着きなよ、岬ちゃんに大嫌いって言われたからってさ」
「花から聞いたのか?」
「うん、花が不安そうな顔をしていたから聞いてみたらね」
「ま、ああ言うしかなかったんだよ」
「どういうこと?」
一応、あったことをそのまま要に言ってみた。
証拠がないから信じてもらえないことだからと諦めていたわけだが。
「僕は信じるよ」
「だからって要……っていい感じにはならないぞ」
「だってさ、休日に隆也がわざわざ外に出るわけないでしょ、しかも君を誘うような男子って僕しかいないしね」
「あんまり嬉しくないが、ま、そうだな」
他は花と大橋だけ、西山は……誘ってきたことがないから分からない。
これだけ見るとそこそこの異性と関われているように見えるが、実際はそうじゃないんだよなあと微妙な気持ちになった。
「ちゃんと言ってみようよ、ひとりじゃ無理なら僕もいてあげるから」
「いやほらあれだよ、妹離れするためにはそういうのがないと駄目なんだ。俺のことが嫌いな状態のままでいてくれるのなら片付けやすいだろ」
「でも、勉強ばかりしてる隆也は気持ちが悪いよ」
俺だって勉強ぐらいするさ、なんなら要よりも成績は上なわけなんだし。
ああ、それでもこれまで学校では、他人の前ではやってこなかったから違和感ばかりしかないのか。
じゃあ……責めるのは違うよな。
「要、一緒に勉強をやろうぜ、分からないところがあったら教えるから」
「その前に仲直りしなさい」
「岬とのことはもういい」
「ちゃんと集中できてるの? …………薄情だね」
「なんでだよ、集中できていた方がいいだろうが」
真面目にやっていて怒られるというのは流石の俺でも納得がいかない。
「あ、ちょっと電話に出てくるね、あ、帰ったら駄目だから!」
「いや帰らないぞ、まだ残っていかないと気まずいからな」
「じゃ、ちょっと行ってくる」
慌ただしい人間だ。
俺だってできることなら以前までみたいにぼうっとしたり寝たりしたい。
だが、どうしても無駄に考えてしまって駄目なんだ。
それなら確実に役に立つ勉強でもしていた方がいい。
俺の場合はそれで上手く切り替えができているので形だけにはならなさそう。
とにかく、こっちは気にせずに勉強を再開しよう。
「隆也っ、岬ちゃんが怪我したってっ」
「骨折とかか?」
「いや、ぼうっとしていたら人とぶつかったらしくてさ、捻挫だって言ってた」
「悪い、代わりに行ってやってくれないか、花だって要が来れば安心するだろ」
「今日はもう部活もやめて帰ってくるみたいだからそうだね、行ってくるよ」
よかった、骨折とかじゃなくて。
骨折なんかしたら数ヶ月離脱することになって好きなバスケもできなくなるわけだからな。
母は間違いなく家事などをやらせることを止めそうだが、ちゃんと聞くだろうか。
「集中しろ」
大丈夫、少しの期間はできなくなるかもしれないが骨折よりはマシだ。
それに対人間関係で俺以外には滅茶苦茶優しい要が行ってくれたんだからな、信用して俺は勉強をしておけばいい。
無駄に刺激しないように家でも近づかなければそれで十分だろう。
……集中できないから帰ることにした。
岬達よりも前に家に帰ることができれば遭遇する可能性も下がっていい。
いつまでこんな生活を続けなければならないのか、
って、自分から引き起こしたことなんだからこんなこと考えるべきではないんだけどな。
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