04話.[馬鹿らしいから]

「隆也、花が隆也に怒っていたんだけど」

「まじか」


 あくまで空気を読んだつもりだったのだが。

 最後までちゃんと付き合ったんだけどな……。

 もしかして自分から来てほしかったとか? そんなの行けるわけないだろ……。

 大体、あそこに俺がいる時点であの男子からすれば納得がいかないわけだ。

 しかも俺が岬と手を繋いでいたことを気にしていたわけだし、あれじゃあ不満を感じて当然だろう。


「小森くーん! なんの話をしているの!?」

「なんか花が不機嫌みたいでな」


 西山は少し苦手だ。

 要がいなかったらまず間違いなく近づいて来ることはない人間。

 一応、なにがあったかを説明してみた。


「んー、私だったら小森くんや岬ちゃんみたいに考えるなあ」

「相手が妹でなければ僕もそう考えるかも」


 西山はともかくとして、要の方は意外な答えだった。

 だが、相手は結局のところ妹ということになるのだから意味もない話し合いだが。


「つか要、これからは来てくれよ?」

「分かった、なるべく付き合うよ」


 なんで呼ばなかったのかが分からない。

 花が俺もいてくれた方がいいって言ってくれて嬉しかったのか?


「それより岬ちゃんと手を繋いで歩いたということを詳しく」

「花が転びそうになって支えたんだよ、それを見て羨ましくなったんだろうな」

「岬ちゃんって何故か隆也のことを気に入っているからね、明らかにだらだらとしていて普通は嫌な相手として判断するはずなのに」

「余計なお世話だ」


 ただ、確かに岬が俺にあれだけ優しくしてくれたり、甘えてくれたりする理由が分からなかった。

 要がいま言ったように、大体は一緒にいようとしないのが普通ではないだろうか。


「本当にシスコンなのは隆也なのかもね」

「あーまあ、否定はしない」

「でも、兄妹仲がいつまでも良くていいなって、僕も花と仲良くしておきたいな」

「できてるだろ」


 要に必要なのは西山と仲良くすることだが。

 あとはなるべく教室では来てほしくないな。

 だって西山が来るからな。




「それでですね、花ちゃんのことなんですけど」

「おう」


 注いできたジュースを飲みながらどうして俺はいまここにいるのかと考えていた。

 いやまあ、大橋に誘われたから適当に返事をしていたらこうなったわけだが。

 花のことを話したいと言われたらやっぱり気になるだろ。


「最近、男の子と一緒にいるところをよく見るんですよ」

「中学生と高校生は終了時間も違うのにすごいな」

「そういうことを言ってほしいわけではありません、ちゃんと見ておいてください」

「いや、要に頼めばよくないか? 花の兄なんだから」

「要先輩には瞳先輩という彼女さんがいますからね、その点、小森先輩なら時間も余っているじゃないですか」


 この前のを見た限りでは強引に迫ったりはしない人間みたいだし放っておけばいいと思うけどな。

 中学1年生だろうが普通の女子ということになるんだし、男だって相手が小動物みたいに可愛かったら放っておかないだろう。

 とてとてと歩いてきて名前を呼んでくれただけでぐっとくるときがないわけでもないから。

 男だったら無理もない話だな。


「花から言われない限りは動くつもりはないぞ」


 しかも現時点ではなんか喧嘩中みたいになっているらしいからないと思う。

 ま、岬に怒ってあのふたりが喧嘩になるよかよっぽどいいが。

 

「分かりました、本人にその気がないのに勝手に動いたところで迷惑にしかなりませんからね」

「おう。じゃ、帰るか」

「待ってくださいっ、それなら今度一緒に遊びに行きませんか?」

「待て、なにも繋がっていないぞ」


 大橋とふたりきりとか西山とふたりきりになるより嫌だ。

 よし、こういうときは岬を連れて行こう、大橋のことは知っているのだから問題もないはず。


「そのときは岬も連れて行くわ、だから日曜日に頼む」

「なんですぐに帰ろうとするんですかっ」

「店に残るのは迷惑だからやめよう」

「あ、それはそうですね、お会計を――」

「俺がまとめて払ってくるから後でくれ、奢ってやれなくて悪いがな」


 もうすぐ初夏だがいまはまだ暖かくてほっとする。

 外に出るとベンチに座ってぼへーっとしていたくなるが、いまは残念ながら大橋といるから無理だな。


「あの、小森先輩のお家に行ってもいいですか?」

「なにもないぞ? それでもいいなら来ればいい」


 どうせもう少しで救世主である岬も帰ってくるんだから。

 そうしたら部屋に引きこもってだらだらとすることにしよう。


「おぉ、ここが小森先輩と岬ちゃんのお家――って、なんですぐに転ぶんですか!」

「だからなにもないって言っただろ? 飲み物なら用意したから飲んでくれ」


 お客が来ているということを考えて床に寝転んでやっているんだから感謝してほしい。


「小森先輩っ」

「あんまり近くに立つと下着が見えるぞ」

「えっちっ」

「もう少し落ち着いてくれ、なんでそんなハイテンションなんだ」


 これ以上騒がれてもあれだから転ぶのをやめてソファに座った。

 母と妹が拘ったソファだから柔らかく座っているだけでなんかほっとする感じだ。


「岬が1年生のときに3年だったんだよな? 1年生のときの岬ってどんな感じだったんだ?」

「とても可愛かったですよ、いまとは違って凄く緊張していましたからね。あ、ちなみに部活動のときが1番そうでした」

「部活が同じだったのは分かっているんだけどさ、部活以外でも関わっていたのか?」

「はい、贔屓は良くないですけど1番岬ちゃんのことを気に入っていましたからね、私は部長でしたし」


 ま、まじかよ、まあでも西山も部長だったから別に大橋がそうなってもおかしくはないか。

 ずっとハイテンションな部長、厳しい練習を共にするときは頼もしい……のか?

 ちなみに、西山のときは結構厳しくしたみたいだ。

 それはまあ顧問が厳しかったというのも影響しているのだろうが。


「そこから花ちゃんとも関われるようになって良かったです」

「一応いい人だとは大橋のことを言っていたぞ」

「そうですかっ、それなら嬉しいですねえ」


 俺は花と仲直りするべきだろうか。

 いまのままなら一応理想通りにはなる、妹以外の異性といるのはできるだけ避けたい。

 大橋を連れてきたのは下心があるわけではなく岬のためだ。


「ただいま」


 よし、俺はこのタイミングで部屋へと引きこもろう。

 避けたいとか言っておきながら異性といたら馬鹿らしいからな。


「「待ってください」」

「……なんで岬も敬語なんだよ」


 言うことを聞くかわりに床に寝転がる許可を貰う。

 

「花がお兄ちゃんに対して怒っているみたいなんだよね」

「おう、この前のことで不満があったみたいだな」


 言うことを聞いて帰らないようにしてやったのに理不尽だ。

 とはいえ、これで少なくとも俺のところに来なくなるということなら結構。

 変に甘えられると意識して気持ち悪い人間になるからこれでいい。


「というわけで連れてきたんだ、家の前で待ってくれているから行こう」

「え、俺はこのままでいいんだけど」

「だめだよそれじゃ」


 って、これだと俺がやらかしたみたいじゃないか。

 言ってしまえば岬だって同罪みたいなものなのにいいのか?


「隆也のばか」

「いきなりだな……」


 わざわざ外で待っていたところも効果的だった。

 そんなに悪い行動をしたか? と考えていたら、どうやら近くに来てくれなかったから嫌だったらしい。


「いや、花といたがっている人間の邪魔はできないだろ?」

「それでも来てほしかった、岬といちゃいちゃしていないで」

「待て、いちゃいちゃはしていないだろ」

「私が見る度に手を離していたのは分かってるよ?」


 まあ、振り向くタイミングが一定ではなくランダムなんだから反応が遅れて見られることもあるか。

 しかしその点にも俺は見つかるぞ的なことを言っているから無問題。

 そこを責めるということは岬を責めるということになるのだからよく考えた方がいい。


「あのときの花はあの男子と仲良くしていたからな」

「あくまで合わせてあげていただけ」

「へえ」


 その割にはこっちを向いた回数は限りなく少ないんだけどなあ。

 悪いことではないが無自覚に楽しんでいたのだということを認めた方がいい。

 素直にならないと面倒くさいことばかりだぞ。


「なんで私達が手を繋いでいるのを嫌そうな顔で止めてきたの?」

「兄妹で手を繋ぐのはおかしい、高校生と中学生ならなおらさ」


 その後のことを言ったら怒られそうだ。

 もちろん、岬のためにも言わないが。


「つまり、花ちゃんは岬ちゃんに妬いちゃったということなのかな?」

「え、どういうことですか?」

「だから、小森先輩と手を繋げているのが羨ましかったということだよね?」

「そ、そんなことはない……です」

「そうなんだ、あ、別に責めたいわけじゃないから安心してね」


 流石にそれはないだろう。

 大好きな岬にべたべたと触れる俺に不満を感じたということなら分かるが。


「あー、明らかに私はお邪魔かな? 小森先輩、今日はこれで失礼しますね」

「おう、気をつけろよ」


 彼女は少しだけ歩いてからすぐに戻ってきて頭を下げてきた。


「あ、すみません、お金を払い忘れていましたっ」

「気にするなよ、ドリンクバー代金ぐらいならいい」

「そういうわけには……」

「いいから帰れ、まだ春だからすぐに暗くなるぞ」

「あ、ありがとうございます、失礼します」


 どこまでも忙しない人間だった。

 岬や花にではなく西山によく似ている気がする。

 女子バスケ部員特有のものか? 岬や花もたまにああなるしな。


「「どういうこと?」」

「ああ、帰ってくる前にファミレスに寄ってきたんだ、花のことで話があるって深刻そうな顔で言ってきたから気になってな。結局、この前の男子君といるというだけの話だったんだこれが」


 関わってくれている人間の名前を出しておけば俺が来ると判断したのだろう。

 実際、それは間違っていないどころか効果的な作戦だ。

 まんまと引っ張り出され、家にまで来られてしまうというアホな人間が俺だ。


「花、気をつけて帰れよ」

「まだ納得してない」


 そういえばどうして俺には敬語を使ってくれないんだ。

 いやまあ岬に対してもそうだからあまり違和感もないが、大橋にはそうして俺にはそうしないというのは、なあ?

 それとも、信用して気に入ってくれているからだと判断すればいいのか?

 要程ではないにしても花にとって大きな存在になれていると?


「あれで邪魔をするのは強メンタルじゃないと無理だ、俺は残念ながら強メンタルというわけではないから諦めるしかないぞ」


 進んで悪く言われたいわけではない。

 ある程度合わせていたから大人しかっただけで、俺が自分勝手に花といようとしたら文句を言ってきていたと思う。

 相手が年上だろうが関係ない、不満を感じたら直接ぶつけるのが人間ではないだろうか。


「楽しそうに見えた?」

「そうだな、だからいい雰囲気を壊したくないのもあったんだ」

「演技だから」

「分かったよ、それでいいからもう帰れ、要も心配するぞ」

「送ってほしい」


 その場合は岬もと言ったらそれでもいいからと答えられてそれ以上はなにも言えず。

 岬もまた特に不満もぶつけてくることもなく付いてきてくれた。

 はぁ、全く要を連れてくるという作戦が上手くいっていないぞ。

 そうする前に彼女が勝手に来てしまうから困る、妹と友達なのも少し問題だな。


「花はわがままだね」

「隆也といたいから」

「なんで? お兄ちゃんは確かにいい人だけどさ」

「優しいから」

「でも、要さんとか瞳さんでもいいわけだよね?」


 確かにそうだ。

 兄要素を求めるのなら要のところに行けばいい。

 姉要素を求めるのなら岬や西山のところに行けばいい。

 なんならあの男子のことを気に入ったっていいのだ。

 余程のことをしなければ一方通行になるようなことにもならないからな。


「そういうことを言うのは私に隆也を取られたくないから?」

「別にそんなつもりはないよ、ただ、別にそういう気持ちがないのならお兄ちゃんを巻き込まないでほしいと思っているだけ」

「巻き込もうとなんてしていない」

「そっか、ならいいんだけどさ」


 喧嘩にならなくてよかった。

 もっとも、俺がいなければそんなことが起きようがないんだがな。

 んー、妹離れするしかないのか? そうすれば少なくともふたりは仲がいいままでいられるん……だよな?

 たった少しであってもぴりぴりとした空気に包まれなくて済むということなら、それが1番だろうな。


「送ってくれてありがと」

「おう、じゃあな」


 じっとしていたい性格だからできることは放課後に残ったりとか、部屋に引きこもったりとかだろうか。

 会話も最小限に留めて、それでも疑われない範囲で対応をすれば悲しませるようなことにもならないだろう。


「お兄ちゃん歩くの速いよ」

「身長が違うからな」


 さあ、あとは俺がどれぐらい耐えられるかどうかだ。

 少なくとも1ヶ月ぐらいは我慢できるようになりたいものだと、内で呟いた。




「うへぇ……」


 正直に言おう、まだ3日ぐらいしか経過していないがきつい。

 食事&入浴をささっと済ませて部屋に引きこもる生活。

 21時ぐらいまでは色々と話をしたりするのが常のことだったからなあ。


「分かりやすく元気がないね」

「妹離れしようと頑張っているんだけどな」

「うん、それは聞いたよ。結局、シスコンだったのは隆也だったってことだね」


 俺はこれまで自由に言ってきていたから言い返す権利がない。

 しかも妹とゆっくりいられなくなった程度で、更に言えば自分が決めたルールによって微妙な状態になっているのは馬鹿としか言いようがなく。


「でも、なんで急にそんなことを?」

「岬と距離ができれば花と岬の雰囲気が悪くなることもないからだ」

「え、そうはならないと思うけど。家族が相手でも雰囲気が悪くなることなんてたくさんあるからね、隆也が無駄に傷つくだけじゃない?」

「最近は俺関連のことで言い争いみたなことをするからな、あのふたりが不仲になるところは見たくないんだよ」


 幸い、まだなんでと岬から言われているわけではないから俺が耐えればいい話だからいい。


「おぉ、なんかモテ期がきたみたいだね」

「仮にこれがモテ期故のものだとしたらあんまり嬉しくないな」


 裏でギスギスな状態になってほしくないし。

 そういう点でも俺が消えてしまえば言い争いの原因も無くなっていいわけだ。


「要、俺の代わりに岬や花といてやってくれ」

「それはいいけどさ」

「難しいかもしれないが、西山ともちゃんと仲良くしろよ」

「うん、分かった」


 引きこもっていると無駄に悪く考えてしまうから学校に残っていこうと思う。

 GWが終われば中間テストがくるから勉強でもしていよう。

 まあどうせ集中力は30分も続かないだろうがな。

 ま、なんにしてもやらないでぼけっとしてマイナス思考をしているよりはマシだから。


「隆也、帰ろうよ」


 いい点は考えているだけであっという間に放課後になることだろうか。

 もっとも、考えたところで1ミリもいい方向へは向かってくれないが。


「……西山は?」

「友達と遊ぶんだって」

「大丈夫なのか? 浮気されているんじゃないだろうな?」

「人の彼女を疑わないでよ」


 確かに余計なことを言ったな、悪いと謝っておく。

 それから先程考えた作戦のことも話して、先に帰ってもらうことにしたのだが。


「それなら付き合うよ、花もすぐに帰ってくるわけじゃないからね」

「物好きだな、俺としてはありがたいけど」


 要は前の席に座って「もう5月だね」と言ってきた。

 そうだよな、こうして考え事をしている間にも時間は経過しているからこういうことになるんだよな。

 来年になれば俺も岬も3年生、早いとしか言いようがない。


「岬ちゃんは悲しむと思うけどなあ」

「悪影響を与えるんだろ? 離れた方が岬のためになるだろ」

「そうかな? 段々と気づいて逆に集中できなくなると思うけど」


 とはいえ、たった3日間とかでやめられるわけがない。

 チンケでもプライドがあるのだ。

 それに高校生が中学生に甘えすぎだというのも問題だろうから。


「やめておいた方がいいよ、せっかく仲がいいんだからさ」

「花と喧嘩してほしくないんだよ、そのためになら嫌われても……よくないけどなんとか我慢できるからさ」

「後悔しても知らないからね? あと、少し自意識過剰になっているんじゃないかなって思うんだけど?」

「はいはい、どうせ非モテの妄想ですよー」


 自意識過剰だろうが相手のことを考えて動けるのならいいだろう。

 誰にも迷惑をかけずに生きることなんて不可能で、俺の場合はいるだけで迷惑をかけてしまっていたのだろうから。

 花のことを大好きだと言った岬のままでいてほしいのだ、花もまた岬のところに行ってくれるようになった方がいい。

 これもまた同じ、俺が折れておけばいい。

 進んで悪く言われたくはないが、変に口ごたえをして喧嘩になる方が馬鹿らしいからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る