03話.[全部出しておけ]

 俺はもしかしたら殺されるのかもしれない。

 流石にそれは大袈裟だが、何故か校内で大橋とよく会うのだ。

 しかも聞いてみれば俺に用があると言う、それなのに適当ににこにこしているだけで毎回予鈴が鳴って終わるだけ。


「怖い、なんなんだあいつは……」

「あ、大橋さんのことでしょ?」

「そうだ、滅茶苦茶会うんだよ」

「僕がああいう反応をしたのはそれが理由だよ」

「え、だからつまり、付きまとうってことか?」


 そうであってほしくないと願った自分、が、要は無情にもこくりと頷くだけだった。

 なんでも興味を抱いた人間には基本的にあんな感じらしい。

 それでも一応1ヶ月もすれば落ち着くから頑張れと超他人事のように言ってくれた。


「まあ待て要君、俺と一緒にいないと不安なんだろ? だから一緒にいてくれよ」

「危ないことにはならないから大丈夫だよ。それに僕は君のことを良くも悪くも信用しているからね」

「なんかそれおかしくないか?」


 結局、要は「大丈夫だから」と言って席へと戻っていってしまう。

 それなら不必要な退出をやめようと決めて行動していたのだが。


「小森先輩っ」

「お、おう」


 2年の教室だろうと気にせずに入ってくる強メンタルを披露してくれただけだった。

 おかしい、俺だったら絶対に先輩の教室にそんなに堂々と入れないぞ。

相手が仲良くないのであれば余計にだ。


「いつになったら連絡先を交換してくれるんですかっ」

「え、まさかそれで毎回来ていたのか?」

「そうですよっ、そのためににこにこと柔らかい雰囲気だったじゃないですかっ」


 だったら言ってくれよ、誰でも察することができるわけじゃないぞ。

 付きまとわれるぐらいならと交換しておくことにした。

 どうせ無意味なデータになるだろうが、デメリットがあるわけではないからな。


「ありがとうございます!」

「これで付きまとうのはやめてくれるよな?」

「んー、小森先輩が嫌ならやめますけどね」

「それならやめてくれ、要や西山のところに行ってくれ」


 その方が有意義な時間を過ごせるだろう。

 そもそもの話、こっちも岬の兄じゃなければ近づいて来てすらいないということだからな。

 あれから西山ともいちいち引っかかって上手く話せていないんだから。

 これ以上続けられるともっと異性が苦手になって駄目になる、そのくせ彼女がいる人間を羨ましく思うから最悪な状態になりそうだ。

 頼むから不安になるようなことにはしてほしくなかった。




「隆也っ」

「ぐぅっ」


 寝ていたところにダイブされるのは滅茶苦茶きつい。

 救いだったのはその体の主が小さかったということだろうか。


「起きてっ、ねえ起きてっ」

「逆に永遠に起きれなくなるところだったぞ」


 いつもは淡々としている感じのくせに今日はやけにハイテンションだな。

 とりあえずベッドから下りてもらってしっかりと向き合った。


「どうした?」

「岬が男の子と仲良さげにしてたっ」

「そりゃ仲良くするだろ、まだ2年生だし」

「違うっ、あれは絶対にそういう意味で仲良くしようとしているんだよ!」


 なんかこういうところは要の妹って感じがする。

 いっぱい考えるのが得意なんだよな、それを聞かされるこちらの身にもなってほしいが。

 しかも先程の花のように強制的に相手に聞かせるようにするから質が悪い。

 中学2年生でスペックも高くて優しいとなればそりゃ男子が放っておかないだろう。

 モテない俺とは違うのだ。

 まあ……ハイテンションな花が見られたからいいがな。


「落ち着け」

「あ、ごめん……」

「謝らなくていい、岬はそれでいないのか?」

「うん、一緒に帰ろうって言ったけどだめだった」


 岬と花は傍から見ている分には仲良さそうに見える。

 集まれば岬も必ず花と一緒に行動するし、この前のように世話も焼く。

 が、それは我慢しているからなのだろうか? 単純に姉的な感じでいるだけなのか?


「報告してくれてありがとな、後で聞いてみるわ――って、どうやって入ったんだ?」

「鍵が開いてた」

「まじか、ありがとな」


 眠たいからって適当にしていたのが悪く出たな。

 ま、ここら辺りは一応治安はいいが、今度からは気をつけておこう。


「って、開いていたからって入ってきたら駄目だろ」

「心配だった、隆也になにかあったかと思った」

「まあ、この時間は母さんも父さんも、それこそ岬もいないからな」


 もっとも、今日みたいに他を優先して帰ってこなかったら、ということになるが。


「それより部活は楽しいか?」

「うん、岬がいてくれるから」


 んー、花がきびきびとボールを追っているところを容易には想像できないな。

 岬がいたからなのだろうが、バスケ部を選んだのもまた意外なところだ。

 花が小学生の頃なんか運動よりも絵を描いたり本を読むのが好きな少女だったから。

 あのときと違う点は眼鏡をかけていないこと、変わっていない点は静かなところと身長だ。


「なあ、大橋ってどんな人間だった?」

「私は活動しているときの大橋先輩を全然知らないから」

「あ、そうか、1年違うんだもんな」


 それでも俺のように気まずさなどは感じていないのだろう。

 彼女は表面だけは緊張とは無縁の人間なので、いつも通りそういう風に考えてしまう。

 もしかしたらこういう決めつけが彼女を追い詰めているのかもしれないが、幸い、彼女は選べるから問題もないだろう。

 離れたくなったら簡単に実行することができる。

 いまはあくまで要の妹だから、岬の兄だからということで一緒にいるだけだろうし。


「でも、優しい人だということは分かるよ」

「ああ、まあ他人の悪口を言う人間ではないだろうな」


 裏では知らないが、少なくとも表面だけはいい女子だと思う。

 ただ、俺は苦手と言うしかない、できれば来ないでほしいぐらいだ。

 そういう点では花もあんまり変わらないけどな、なにを考えているのか分からない女子は駄目になっている。

 ま、相手の方がそもそもノーサンキューって感じだからこれまでなにも問題は起こってこなかったが。


「隆也、頭を撫でて?」

「い、いきなりだな、要にやってもらえばいいだろ?」

「隆也に撫でてもらうのが好きだから」


 そんな何回もしているみたいに言うなよ。

 本当に数回、3ヶ月に1回ぐらいしかしていないんだからさ。


「ほら、これでいいのか?」

「うん、この家に来るとなんか落ち着く」

「そりゃ普通だからだろ、しかも親友である岬の家でもあるんだから」


 ……気をつけなければならないのは俺が非モテだということだ。

 こういう甘え方を何度もされてみろ、すぐに意識して終わることだろうよ。

 つか、結局要を呼ぶ前に花が来てしまったらなにも意味がない。

 シスコンなんだから察知して勝手にやって来てほしいものだと考えるのは自分勝手――自分勝手なんだろうな。


「……今日嫌なことがあった」

「上手くシュートを決められなかったとか?」

「ううん、岬といようとしたら迷惑とか言われた」

「は? 岬が嫌がっていないなら迷惑じゃないだろ」


 他にも岬といたがっている人間がいたとしたら面白くない存在だろうが、だからってその人間が花に文句を言うのは違う。

 だったら直接岬に言えばいい、この子と関わらないでって直接な。

 でも、そんなことは言えないから弱者というか年下の人間を言葉で刺そうとするのかもしれない。

 俺のときにもあったな、しかも要といただけで女子から迷惑だとか言われたことあったぞ。


「岬が嫌がっているのなら確かにその相手の言う通りかもしれないが、そうでないのなら気にしなくていい」

「うん」

「って、普通のことしか言えてないよな、悪い」


 非モテな理由はこういうところにあるんだろうな。

 普通のことをさも相手の役に立てているみたいな雰囲気を出しながら言うから逆効果だと。


「ただいま!」

「おかえり」


 さて、岬が気にしているかもしれない男子ってどういう人間なのだろうか。

 まず間違いなく聞いたところでそんなつもりはないだとか言い訳をされて終わるだけだろうから聞かないようにしようか。

 しかし、兄としては聞いておきたいところではある、どうする?


「え、なんで花がいるの?」

「鍵が開いていたから心配して様子を見に来てくれたんだ」

「え、そうなんだ? ありがとねー、よしよし」

「ふみゅ」


 姉妹というより親子って感じだった。

 花はわざわざ岬の後ろに回ってから抱きついていた。

 料理をしている母に抱きついてあっちに言っていなさいって言われている光景を想像できて笑う。


「あ、そうそう、今日男の子と帰ってきたんだけどさ」

「そうなのか? 珍しいな」

「うん、私もそう思う。でね? なんか今度遊びに行くことになったんだよね、私と花とその子で」

「私も……?」

「うん、梶原さんも連れてきてって言われてね」


 あ、まさか……。

 これは兄妹揃ってきっかけ作りのために利用された感が半端ないぞ。

 後輩、異性、小さい――となれば、なんらかの要素で引っかかることもありそうだからな。

 その点、同級生か先輩かは知らないが岬を誘ってしまえば幾分かは自然だ。


「多分ね、花に興味があるんだと思う」

「え、怖い……」

「大丈夫だよ、私もちゃんといるから」

「隆也にもいてほしい」

「お兄ちゃん? んー、その子が許可してくれるのかどうか分からないからなー」


 そういう意味で狙っているのだとしたらまず間違いなく許可なんか出さないはずだ。

 いや、逆に初回だけは警戒されないように受け入れる可能性はあるかもしれない。

 いまのこの様子を見ていると当日は楽しめないだろうから仕方がなく、だろうが。


「お兄ちゃんはどう?」

「付いていくだけならできるぞ」

「分かった、それじゃあ言ってみるね。いやでも私もさ、全く知らない男の子とお出かけするのは正直に言って怖かったんだよね。だから花のことも誘ってくれて嬉しかったし、もし花のお願い通りお兄ちゃんも来られるということならなんにも怖いことがなくていいかな」


 ま、初対面なら多少は警戒されても文句は言えない。

 しかもいきなり遊びに誘うなんて大胆というか、大きな目標にしか意識がいっていないというか。


「隆也が来てくれないと嫌」

「相手次第だな」

「嫌だ」


 ……最悪、許可が下りなくても尾行でもすればいいか。

 俺も一応気になる。

 それになにより、花がこんな感じではその男子君も微妙な気分になるだろうしな。




「ふたりで盛り上がっているな」

「そうだねー」


 この時点で奴は花に興味があったということが証明されているということになる。

 俺らは楽しそうに歩いているふたりの少し後ろのところを陣取りつつ追っていた。

 利用されたのに岬は特に気にしている様子はない。


「怖いって言っていたのにね、これもお兄ちゃんパワーかな?」

「もう効力はなにもないだろうけどな」


 いまだけで判断すれば普通にいい人間だった。

 気遣いもできるようだし、なにより花が楽しそうなのがその証拠だ。

 意外とすぐに怯えたりすることもあるから、うんまあそんな感じで。


「あ、転びそうになったところを支えたね」

「って、そのまま掴んでおくのかよ」


 俺らはどんなポジションにいるのか疑問になる。

 こうなったら正直に言って、俺らがいる意味はない。

 途中離脱も考えたが、岬の方は帰る気は全くないようだ。


「私もいい?」

「は?」

「手、繋ごうよ」

「ま、別にいいけど」


 妹の手を握るぐらいで緊張したりはしない。

 ……なんて嘘だ、久しぶりすぎてどうしてもそこを意識してしまう。

 岬が彼女だったら滅茶苦茶いいんだけどな。

 残念ながら俺らは血の繋がった兄妹だから不可能だが。


「実はちょっとだけむかついているんだ」

「利用されたことにか?」

「うん、だってお兄ちゃんが来てくれていなかったら私はこうしてひとりで追うことになったんだよ?」

「俺も要といようとする女子に利用されたことがあるからな、むかつくのは分かるぞ」


 勘違いされなくて済むように本人のところに直接行くべきだと思う。

 そうすれば無駄なことをしなくて済むからな、なんでそれが分からないんだろうな。

 結局のところその本命と関わることが目的なんだから。

 先か後かというだけでしかないんだから絶対にそうした方がいい。


「でも、お兄ちゃんが来てくれたからいい」

「俺も岬がいてくれて良かったよ、そうじゃないとストーカーだからな」


 あくまでこの状態なら普通の兄妹にしか――手を繋いでいたら兄妹には見えないか。

 まあそれでもひとりで追って怪しまれるよりはよっぽどマシだ。


「あ、そういえば花のことなんだけどさ、なんか迷惑だとか言われたみたいなんだよな」

「あーうん、私の目の前で花に言ったから知ってるよ」

「岬は嫌じゃないんだろ?」

「当たり前だよ、花のことは大好きだから」

「じゃ、問題もないよな」


 はっきり自分にとって迷惑だと言うのならともかくとして、あたかも岬が言っているかのような言い方をするのは駄目だろう。


「花が同じ部活を選んでくれてよかった、見ておかないと不安になるから」

「頼んだぞ」

「むぅ、花の心配ばっかりなんだ」

「そんなことはないぞ」


 妹が相手なら頭を撫でるぐらい簡単にできる。

 もうなにかをしてくれる度にしているから新鮮味もないだろうが。


「このまま別行動しちゃう?」

「仮にそうするとしてもあのふたりに言ってからだな」


 流石に俺もそこまでクソ行動はできない。

 とはいえ、あのふたりのいい雰囲気を壊したくないのはある。

 あとは単純に花にもう帰っていいと言われたくないのもあった。


「どうした? 足を止めて」


 先行していたふたりが足を止めていたから簡単に追いついてしまった。


「なんで手を繋いでいるの?」

「俺らか? 特に理由はないな」

「やめて」


 弱い力ではあったがチョップが繰り出されて岬から手を離すことになった。

 ということはつまり、これに気づいたからこそ足を止めていたということか?

 花達の方は最初だけでもう掴んでいたりはしなかった。


「花、別行動をしてもいいかな?」

「嫌だ」

「だってふたりだけで楽しそうにしているからさ」

「だめ」


 花にとっては違うのだろうか。

 つか、先程から黙っているこの男子はなにを考えているのか。


「なんで? お兄ちゃんとだって一緒にいないからいいでしょ?」

「嫌だっ」

「まあ落ち着け、せっかく遊びに来ているんだから言い争いをするな」

「「ごめん……」」


 とはいえ別行動をしたい、家に帰りたいと考えているのは俺も同じだ。

 だからつまり……あまり説得力がない状態になってしまう。

 とにかく同行者、花に興味がある男子に聞いてみたら、


「俺はふたりきりがいいです、けど、梶原さんがあなたにもいてほしいって言っているんですから残ってくれた方がいいですね」

「なるほどな」


 と言われてしまい。

 岬の方を見たら「わ、分かったよ」と言って不満そうな表情を浮かべていた。

 確かにこの状況で残す理由は分からないよな、先程まで全くこちらになんて意識を向けていなかったというのに。


「もう、わがままなんだから」

「まあそう言ってやるな」

「たまにはお兄ちゃんとふたりきりで遊びたかったのっ、というかこの状態でいる意味ってほとんどないし」


 いや本当にその通りなんだよな。

 だっていまもふたりで並んで歩いているわけだし。

 どこに寄るでもない、普通に通路を歩いているだけ。


「……今日初めて花のこと嫌な子だって思っちゃった」

「受け入れたのは俺らだからな、守ってやらなければいけないだろ」


 とにかく今日は約束を守った方がいい。

 花だろうが誰だろうが、誰かから嫌われると面倒くさいから。

 岬だって花とは仲良くできていた方がいいだろう。


「今度は見えないように繋ご」

「また攻撃されるぞ」

「大丈夫」


 いやでもまさかふたりきりがいいなんてはっきり言うとは思わなかった。

 わざわざ妹を利用したような奴だぜ? 堂々と大胆に行動できるとは思わないだろ。

 まあでも、変な人間が大切な妹に近づいてくれるよりかは普通にいいけどな。


「はぁ~……」


 約16時半頃、解散の流れとなった。

 13時に集合していたからそこまで苦ではなかったが、大きくため息をつきたくなる気持ちは分かる。


「家事をする前にお昼寝するね、お兄ちゃんの部屋で」

「お疲れさん」

「お兄ちゃんも来て」

「ま、部屋には戻るからな」


 春とはいえしっかりとかけるように言ってベッドに寝転んだ。

 そうしたら当たり前のようにベッドに岬は寝転んできた。


「リセットしておかないと花にきつく当たっちゃうから」

「そうかい、じゃ布団に入っておけよ」

「うん、おやすみ」


 俺も少し寝るかな。

 それこそ岬とこうしていられることも少ないし。

 もちろん、反対側を向いて寝ることにしたが。


「お兄ちゃん……」

「今日のことはあんまり気にするなよ」

「私が嫌な子だったよね……」

「俺だって別行動をしたかったからな、代わりに言わせてしまって悪かった」


 仮に俺が言ったら余計に花は不満を感じていただろうが。

 それでも俺が責めることはできないし、するつもりもない。

 自分のと妹の気持ちを優先したいと考えるのはおかしくないだろう。

 花はあくまで要の妹だ、ちゃんと付き合ってやるのは要がやればいい。


「うぅ……」

「いまは俺しかいないからな」

「うん……」


 結局、あの後も花は花のことを気にしている男子と見て回っているだけだった。

 何分かに1度、こっちを見てきたりもしてきたが、なにも言ってくることはなく。

 その度に岬が手を離していたというのもあるが、本当になんのために尾行みたいなことをしていたのか分からない。


「こっち向いて」

「おう」


 ああ……、人が泣いているところを見るのは嫌だな。

 相手が大切な存在であればある程、余計にそう感じる。


「全部出しておけ」

「……抱きついてもいい?」

「ああ」


 妹の頭を撫でながら距離感を見誤らないようにしないとと内で考えた。

 でも、これでいつも良くしてくれる妹のためになれるのならという考えもあって。

 正直に言って整理するのが大変だった。

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