02話.[溜まるだけだよ]

「隆也」

「昨日は悪かった」


 来たのはこちらを責めるためなのか、それとも単純にいつも通りなのか。

 なんとなく俺の方からは行けなくてじっとしていたらこうなったわけだが……。


「確かに要の言うように俺は駄目なのかもしれないな」

「ちょ、なに不安になってるの? 僕はまだなにも言ってないけど」

「明らかに空気が読めてなかったからな、ふたり的には付いてきた時点で失格なんだろうし」


 しかもそのうえであの行動だ、空気が読めていないどころではない。


「責める気はないから安心してよ、暗いのは隆也らしくないよ」

「悪い……」

「んー、今日はおかしいなー」


 じっとしているのはそういうのを避けるためでもあったのかもしれないな。

 どうしたって人と関わると迷惑をかけてしまうから俺なりに考えて行動していたのかもしれない。

 いやまあ、単純にじっとしているのが好きだからとしか言いようがないんだが。

 そうしている理由をいちいち探す、作るというのも俺らしくないか。


「ちょっと歩いてくる」

「え、もう授業だけど?」

「ちょっとだけな」


 そもそもこの癖を社会人になる前にやめた方がいいかもしれない。

 すぐにのんびりとする癖は社会人になってからは邪魔だろうし。

 なら、休み時間毎に教室から出て少しでも歩くか?

 ……考えただけで微妙な気持ちになってくるが、やる前はどうしたってマイナス面ばかりが見えるものだよな。


「あ、小森先輩っ」

「お、よう、また会ったな」

「あ、私は大橋文音ふみねと言います、よろしくお願いします」


 わざわざ自己紹介をするなんて律儀な人間だ。

 でもどうせならと俺もしておくことにした、意味のないことだがな。


「あ、それで3階に来て要達にでも用があったのか?」

「はい、そういうことになりますね」

「じゃ、教室にいるから早く行ってこいよ、もう休み時間も終わるからな」


 俺もここまでが限界だ、戻ることを考えたら無茶せずいま戻った方がいい。

 せかせかするのは嫌なんだ、そう考えると教室でぼけーっと過ごすのはデメリットばかりではなさそうだ。

 少なくとも遅刻はしないし、あまりないが俺に用がある人間にとってはその対象がいてくれることになるんだから。

 一緒に戻って席に座っていたら楽しそうに話し始める3人が見えたがすぐにやめた。

 羨ましそうに見つめたところで誰も来てくれないし、気持ち悪がられて終わるだけだから。

 ひとりであっても別に死ぬわけじゃないからな、いままで通りでいればいいんだと考えてひとつ息を吐いたのだった。




「というわけで、明日お兄ちゃんには付いてきてもらいます」

「荷物持ちぐらいだったらいいぞ」


 家でのんびりしていたら土曜日だというのに部活から帰宅した岬から急に頼まれた。

 なんでも花と一緒にお出かけがしたいらしい、その際にいっぱい買うかもしれないから付いてきてほしいんだと。

 いつも優しくしてくれている妹のためになにかしてやりたい、あとは単純にふたりきりで行かせるのは心配だから丁度よかった。


「その際は花のことをよく見ておかないとな」

「うん、花はすぐに消えるからね」


 気になる店や物があった際、なにも言わずに足を止めるから問題だ。

 しかも1度気にしだすと中々動き始めないというのも質が悪いというもので。

 とはいえ、自分の妹というわけでもないしそこまで仲良くもないから強くも言えないもの。

 待て、じゃあ名前で呼んでいるのは気持ち悪いのでは? と不安になってしまった。

 いつもの悪い癖だ、なんで異性と接するというだけでネガティブになってしまうのか。

 で、翌日に実際に想像通りになって困惑した。

 幸い、距離ができてしまう前に気づけたまではよかったのだが、岬は対面の店に行ってしまった形になる。

 対面の店と言っても商業施設内だからそこまで気にする必要はないのかもしれないが……。


「は……梶原、岬と見なくていいのか?」

「これが気になった」

「綺麗なグラスだな」


 質より量、安さを求める人間としては食事の際に利用する物は100円ショップでいいと考えている。

 ただ、母や岬なんかはその逆の思考をする人達だからそこそこいい物を購入し、使用しているわけだ。

 100円ショップの物だからって適当に扱っているわけではないし、値段が安かろうが使用していれば愛着も湧いてくるんだからいいと思うんだけどな。

 そこは性差ってやつなのかもしれないな。


「買う」

「え、2500円だぞ?」

「大丈夫、ずっとお小遣いを貯めてきたから」

「ま、待て、もう少し考えた方がいいぞ」

「なんで隆也が気にする? 私が買うと言っているんだから心配しなくていい」


 そう言われたらなにも言えないな。

 結局、花はふたつ入っているとはいえ2500円を出してグラスを購入してしまった。

 そしてそのまま岬がいる方に移動してしまう。

 いつまでも店の前で突っ立っているわけにもいかないからソファに座って休憩していた。

 無力だ、なんのためにここにいるのかが分からなくなってくるな。

 荷物持ちとして来てほしいとは言っていたが、ほとんど買わずに見て回っているだけだし。


「お兄ちゃーん」

「お、どした?」

「ちょっと来て」


 やっぱり家族である岬といるときが1番落ち着くな。

 最近は要も駄目駄目口撃を仕掛けてくるときがあるから余計に。


「これとこっち、どっちがいい?」

「岬にならこっちかな、シンプルなのが1番だから」

「あ、私にじゃなくて花にとってなら、なんだよね」

「梶原にでも同じだろ、派手ならいいってわけじゃないぞ」

「そっか、それならこっちかな、今度誕生日だから早めの誕生日プレゼント選びなんだ」


 実はああいうのが1番気まずかったりする。

 花――梶原だって俺の意見なんかどうでもいいだろう。

 それに恐らく、岬の中では既にあれだと決まっていたんだ。

 友達の誕生日のために買う物をわざわざあまり知りもしない俺に聞くのは後押ししてほしかったからでしかない。

 はっ、もしかしてあのグラスは岬にプレゼントするためか?

 別に誕生日というわけではないが岬とだけいるみたいだから勝手に考えてしまう。


「お待たせ」

「おう、あ、持つぞ?」

「そう? ありがとう」


 梶原のも持とうとしたら拒まれてしまった。

 どれだけ気に入ったんだよそのグラスとは思ったが、そうかと言って片付けておいた。

 ……単純に嫌われているだけとかネガティブにならなくてもいいだろう。

 その後も岬達は楽しそうに見て回っていた。

 今日は空気の読めない行動をしてふたりを呆れさせるということにもならなさそうだ。


「あれ、小森先輩じゃないですか」

「よう」


 ふたりの方を指差してソファに座っておくことだけに専念しておく。

 出てきたら付いていくという繰り返しでいいのだ、わざわざボディガードみたいに付きまとわなくてもいい。

 大橋はこちらに頭を下げてからふたりのところに行った。

 要や西山と友達で、岬や梶原とも友達ってその時点で俺より友が多いことになるのだが。

 ま、まあ、友に関しては量より質だ。

 いまのところは要がいてくれているから問題もないはず。


「お兄ちゃん? なんか凄く表情が変わっているけどどうしたの?」

「あ、次に行くのか? それなら行こう」

「あ、それでなんだけどさ、お腹空いたからご飯食べない?」

「おう、いいぞ」


 やはり食事は重要で。

 問題があるとすれば3対1なんだよなあということ。

 この場合はやはり女子に合わせるしかないわけで。


「え、こっちじゃなくていいのか?」

「うん、お兄ちゃんは物足りないだろうから」

「岬……」

「付き合ってもらっているんだもん、少しぐらいはこっちも合わせないとね」


 いい人間だなあ、できればそのままでいてくれ。

 でも、わがままを貫き通す人間ではないから3人に合わせたよ。

 つか、どうしてそのまま大橋も参加しているのかが分からないよ。

 まあ、料理は凄く美味しかった、1000円近いだけあるって感じで。


「花、口の横についてるよ?」

「拭いて」

「はいはい、じゃあじっとしていてくださいねー」


 本当に岬は要の妹だった方がよかった気がした。

 しっかりしているところはよく似ている、こんな言い方をしたら梶原がしっかりしていないみたいな言い方になってしまうが仕方がない。


「あの、小森先輩」

「俺にもついてたか?」

「あ、いえ、そうではなくてですね、連絡先を交換してくれませんか?」

「いや、俺は別に構わないけどさ、大橋にとってはいらない情報だろ」


 そもそもの話、携帯というのを俺はあまり使わない。

 連絡先を交換している梶原兄妹及び西山が送ってくることはほとんどないからだ。

 どうやら直接話すことを理想としているみたいでな。

 だから利用方法も細かいところまでは理解できていないというか、とにかく、連絡先を交換したところで意味なく終わる可能性が高いと説明しておく。


「とりあえずお会計を済ませてお店を出よっか、長居しても迷惑なだけだし」

「だな、そうするか」


 岬が払いに行ってくれるということだったので俺も小遣いを渡して店外へ。

 だが、はしゃいでいたのと食後だからなのか梶原の方は眠くなっているみたいだった。

 要がここにいてくれれば背負わせるのだが、残念ながら要はここにはいないわけで。


「あれ、花はおねむかー」

「小森先輩におんぶしてもらったらどう?」

「うん……、隆也」

「あいよ」


 嫌われている説が出始めていたからなるべく距離を作りたかったんだけどな。

 まあしゃあない、ここで拒んだりしたら岬からも駄目だの使えないだの言われかねない状況だから黙って受け入れるしかない。

 おまけに梶原はとても軽いから問題はない。

 つまり普段だらだらしている男でも疲れることはないというわけだ。


「梶原、箱の角が当たって痛いんだけど」

「持って」

「おう」


 眠たいから利用されているだけなのか、別に触れられても嫌じゃないか。

 淡々としているから分からない、岬達といるときは楽しそうなのは分かるんだけどな。

 そして梶原が眠たいからなのか数店見ただけで家に帰ることになった。

 今回も当たり前のように付いてきた大橋には疑問を感じつつもなにも言わず。


「着いたぞ」

「……岬の家に行く」

「そうなのか? じゃ、帰るか」


 通り道にあってくれるから助かったけども。

 あ、ついでに要も連れてくるべきだっただろうか。

 日曜は大体家にいてくれているから来てくれたかもしれないのに。


「ふぅ、家は落ち着くなあ」


 今日はそう言いたくなる気持ちがよりいっそうよく分かった。

 明らかにいない方がいい人間だったしな。

 結局できたのは岬が購入した服と梶原が購入したグラスを持つことだけ、意味ないな。


「文音先輩もゆっくり自由に寛いでくださいね、私はいまから飲み物を用意してきますので」

「ありがとう」


 待て、俺がここにいるのは違うだろ。

 部屋に戻ってのんびりとしよう、それが1番。


「はぁ」


 これから梶原がいるときは要を必ず連れてこよう。

 そうしないと落ち着かない。

 あのシスコンなら妹のことを絶対に気にしてくれるからいいよな。

 兄としても近くにいられた方がいいだろう、下手をすればはぐれる可能性もあるから。


「隆也、入っていい?」

「おーう」


 まじかよ、おねむなんじゃなかったのか?

 扉が開けられ彼女が入ってきたが、なんのために来たのかがまるで分からないぞ。


「これあげる」

「え、それは岬にあげるんじゃなかったのか?」

「岬と隆也に使ってほしかった」

「だったら払うよ。岬はともかく、俺が2000円超えの物を貰えるような資格はないし」


 一応、先程ので消えていたものの2500円はあった。

 消費税込みで2750円か、それもあるから梶原に渡しておく。


「よかったのに」

「いや、岬にあげるということならそれでもよかったんだけどな」


 しっかし、俺にとっては2500円は十分高価な物だからやべえな。

 なんか洒落てるし、俺が使うには勿体なさがやばい。

 俺なんか100円から300円ぐらいの物で十分だ。

 もちろん、そんなことは言わないけどな。


「それと、どうして名字呼びにしたの?」

「ああまああれだよ」

「どれ?」

「そ、それより岬達と一緒にいろよ、梶原も大橋のことは知っているんだろ?」

「うん、岬がきっかけで関わるようになったから」


 でも、彼女の場合は入学したときにはもう大橋はいなかったということか。

 俺だったらまず間違いなく気まずいと思う。

 たった1年ではあるが違うわけだし友達の友達だ。

 しかも俺にとってはいま現在抱えてる問題でもあるからなあと。


「なんで急に余所余所しくなったの?」

「いや、大して仲も良くないのに名前呼びはよくないかなって思ったんだよ」


 ずっと梶原と呼んでいたら要に何度も名前で呼べばいいでしょと言われて言うことを聞いてみたわけだが、本人は我慢しているだけかもしれないから難しいところだ。


「私は仲いいつもりだけど」

「無理するなよ、あくまで岬の兄ってだけで関わってくれているだけだろ」


 戻れと言って反対側に寝返りを打った。

 ふたりでこそこそとしていると疑われるし、中学1年生の彼女を連れ込んでいるみたいな形なのも悪い。


「なにを不安になっているのか分からないけど、戻してほしい」

「分かったから岬達のところに行ってくれ」

「名前で呼んでくれたら戻る」

「……花」

「うん、じゃあ戻るね」


 はぁ、やっぱり異性といるのは苦手だな。

 絶対に要を連れてこようと決めたのだった。




「へえ、そんなことがあったんだ」

「おう、嫌われていると思って名字呼びに戻したんだけどな」


 ほっとんど意味のないことだった。

 結局あれでは構ってほしくてしたみたいになってしまっただけだ。

 断じてそんなつもりはなかったんだが……。


「だから今度からは要も来てくれ、花といるときだけでいいから」

「別にいいでしょ」

「シスコンなら変な野郎から守ろうとしろよ」


 何度も来てくれていたりしたら非モテなのもあって勘違いしてしまうかもしれない。

 しかし相手は中学1年生の異性、しかも俺は高校2年生だ、小学生と付き合うぐらいやばいだろう。

 身長差がありすぎるのも不味い。

 まあもしかしたら兄妹だって判断してくれるかもしれないけどな。


「隆也は別に変なことをしないからね、逆になにもしないとしか言いようがないし」

「もし勘違いして好きになったらどうするんだよ、任せられないんだろ?」

「花が君のことを好きだって言ったら諦めるよ」


 それならそうはならないよう願っておくのが俺にとって唯一できることだ。

 まあまずそんなことにはならないから気にする必要はないだろう。


「でも、隆也が女の子を好きになるところって想像できないな、これまでも色々な子といたけどなにもなかったでしょ?」

「待て、俺は色々な異性といられてないぞ、非モテなのは分かるだろ」


 近づいて来る女子は皆全て要目当てだ。

 大体はあくまで経由、きっかけ作りとして利用されているだけ。

 あの西山だってそうだった、だからいまもまだ友達って感じがしないんだろうな。

 いやでも怖いよな、要が目当てなのだと吐くまでは普通に気さくな人間を演じているんだからな。

 多少の苦手意識があるのはそれが影響しているのかもしれない。

 どうしたっていいイメージを抱けないんだ。

 つか、それがなくたって誰も俺なんか見ないからな、こんなことを考えところで意味のない話としか言いようがなく。


「じゃ、花の存在は貴重かもね、隆也が普通に話せる子っていまのところは花だけでしょ?」

「やめろ、それに話すだけなら大橋とだってできるぞ」

「あー、あの子はねえ」

「は? なんだよその反応」

「いや、隆也には関係ないことだから気にしないで」


 だったら目の前でそんなあからさまな反応をしなければいいと思うのは俺だけだろうか。

 休み時間が終わって授業が始まっても気になったままだ。

 俺を利用して要に近づきたいということならこれまでの女子となんら変わらないから別に構わないが。

 けど、なにをしてやれるというわけではないから、それなら直接本人のところに行った方がいいと思うんだ。


「隆也、終わったから帰ろうよ」

「おう」


 しっかし俺らもなんで5時間目が終わった後に話をしたのか。

 普通は朝とか昼休みとかそういう時間にするよなあ。


「あれ、西山はいいのか?」

「うん、友達と遊んでくるんだって」


 いつでも彼氏と過ごすというわけでもないか。

 もしそんなカップルがいたらリア充爆発しろって言いたくなる。


「西山と夜に話したりするのか?」

「うん、電話とかするよ」

「だったらもっといればいいのに」

「束縛したいわけじゃないからね、不安がっていすぎても不満が溜まるだけだよ」

「難しいな、付き合えたらゴールってわけじゃないから」


 そういうことを考えたら非モテなのもいいのかもしれない。

 もっとも、求めてくれる人がいないんだから意味のない話だが。

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