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Nora
01話.[楽しめなかった]
「
顔を上げたら年相応とは言いづらい男子の顔が目の前にあった。
んっと伸びをして、それからひとつ息を吐いてから挨拶をする。
「どうしたんだ?」
「どうしたんだじゃないよ、もう学校は終わったんだから帰ろうよ」
「あ、そうだな、分かった」
別に家に帰りたくないなどの理由があったわけではない。
特に理由があったわけではないが、友である梶原
「あ、そういえば今日は
「ほー」
要の妹である花と俺の妹である岬は結構が仲がいい。
1学年違うから先に岬が中学校に上がったときに関係がなくなると思っていたのだがそうはならなかったことになる。
んー、岬的には放っておけない感じなのかもしれないな。
「やる気ないなー」
「いや、妹達が遊ぶんだなぐらいしか感想を抱きようがないだろ?」
「隆也は駄目だね、普段から寝てばっかりで自分のことしか考えていないんだよ」
「まあ、いい人間でいられているなんて思ってないからな」
別に他人からどう言われようが気にならない。
不満を感じて怒ったりしたところで無駄に体力を消費するだけだ。
だったらほーんで済ませておけばいい。
そもそも他人の言動までコントロールできるわけがないんだから構え方を変えるしかできないんだからな。
「というわけで、心配なので家まで行きます」
「花も安心できるからいいんじゃないか?」
「って、君を監視するためだからね?」
監視するとは言うが、帰って俺がやることはベッドに寝転んでゆっくりすることだけだぞ。
別に妹達が楽しそうにしているところを邪魔するつもりもないし要にとっては無駄な時間になってしまうというわけなのだが、本人は付いてくる気が満々なようで。
「って、遊ぶって言ったけど今日は部活だろ?」
「はぁ、毎週水曜日は部活動が休みだよね、曜日感覚も駄目なのか……」
とにかく俺を駄目な人間にしたくて仕方がないらしい。
ま、気にせずに部屋へと行ってベッドに寝転んだ。
「隆也は心配になるなあ」
「花や岬の心配をしてやってくれ」
「と言われても、まだふたりとも受験とかそういうのがあるわけじゃないからね」
ああ言えばこう言うのは要だって変わらない。
微妙な気持ちになりながら寝っ転がっていたときだった、どたどたと慌ただしい足音が聞こえてきたのは。
「おっにいちゃんただいま!」
「お、おう、おかえり」
俺の妹はとにかく元気だ。
対する要の妹は落ち着いていて、もっと言えば淡々としている感じ。
「岬、うるさい」
「だって家に帰れると解放された感じがしていいんだもん」
「でも、毎日はしゃぐ必要はないと思う」
「うっ、い、家でぐらいいいじゃんか」
家でぐらい自由にすればいい。
帰宅してから寝るまでずっとこのテンションというわけではないからな。
それにはしゃぎたければはしゃいでくれればよかった。
俺は賑やかな空間でだってのんびりできるから。
「おかえり」
「ただいまっ、要くんはよくお兄ちゃんといてくれるよね」
「うん、隆也は見ておかないと寝てばっかりだからね」
「え、でも、のんびりしているところを見るのは好きだよ?」
「洗脳されてる……」
「そんなんじゃないよー、だって可愛いもん」
可愛いのかどうかは置いておくとして、こうして認めてくれる岬は好きだ。
お兄ちゃんと言って近づいて来てくれるのも単純に嬉しい。
要とはまた違う男友達の妹は口が悪いとか言っていたから。
ま、それも小学生時代の話でいまどうなのかは分からないけどな。
「じゃ、私達は部屋で遊んでるから」
「おう」
「花、行くよ」
「ちょっと先に行ってて」
「ん? あ、うん、分かった」
兄がいるからそのために残ったのだと考えていたら違かった。
「隆也」
「ん? どうした?」
「岬の言うことはあんまり当てにしない方がいい」
「はは、そうだな、そうしておくよ」
「うん、それじゃ」
そもそも俺は野郎だから可愛いとかありえないしな。
要は露骨に頷いていて、流石にいまは言いたくなったが我慢。
「少しは花を見習ってほしいものだ」
「うん、それはこっちのセリフ、花はすっごくいい子だからね」
「うわ出た、シスコン野郎が」
「いやいや、だって言うことも聞くし、家事とかもしてくれるし、岬ちゃんみたいにお兄ちゃんとは呼んでくれないけどいつも側に来てくれるからね」
岬だって同じだ、思春期なのに全く反抗とかしないから助かっている。
流石にクソとか言われたら悲しいからな、そうじゃなくて助かっている感じだ。
「ただちょっと不安なところもあってね」
「ほう、珍しいな」
「うん、花は岬ちゃんとしかいたがらないみたいなんだ」
俺としては岬が嫌がっていないならそれでもいいと思うが。
どうせ小学校卒業、中学校卒業、高校卒業の区切りで大抵の人間とは関係が切れる。
ただまあ、こういう風に考える人間ばかりではないからな。
中には要みたいに気にする人もいるだろうからあくまで個人的な意見だと保険をかけてからいま考えた通りのことを言ってみたら、
「隆也は適当だからそれでもいいかもしれないけどさ、兄としては花に隆也みたいになってほしくないんだよ、悪い意味でお手本みたいになってくれるから隆也みたいにはならないようにって言っておけばいいのは楽なんだけどね」
などと寂しいことを言ってくれた。
そんなにこの生き方は駄目なのか?
適当って言っても授業とかは真面目にやっているし、要以外にも話せる人間というのは普通にいる。
寝るのもあくまで休み時間とか自由時間であり、やらなければならないことがあるときはしっかりやっているつもりなんだけどな。
「要よ、今日はやけに冷たいんだな、俺は悲しいぞ」
「事実でしょ。それにもしかしたら岬ちゃんや花に悪影響を与えるかもしれないからね、そういう意味でもこうして一緒にいるのはいいことだよね」
「彼女はいいのかよ? 野郎ばっかり優先していると振られるぞ」
疎かにしている間にも男子が近づいて揺らされてしまうかもしれない。
男子も女子も同じだが、構ってくれる人間を求めるものだからな。
もしかしたらいまこうしている間にも違う男子に靡いているかもしれないな。
「大丈夫、明日の放課後は遊びに行く約束をしているから」
「彼女がいるんだからいい加減シスコンなの直せよ」
「隆也だって岬ちゃんに大甘でしょ、最高の妹とかよく真顔で言ってるじゃん」
そりゃそうだろう。
世の中の妹は冷たいなんて聞いているからだ。
その点、岬は家事もできるし学力及び運動能力も良くて人当たりもいい。
なによりもこのなんにもないようなあるような微妙な俺にも優しくしてくれることが大きかった。
「妹を大切にするのは間違いじゃないでしょ?」
「だな、余計なことを言うのはやめるわ」
大体、そんなのは要が決めることなんだから口出し不要だよな。
俺はいつも通り適当と言われても寝っ転がってのんびりとしておけばいい。
特にいいことも言ってやれないから余計に黙っておいた方がいいだろう。
「小森くん」
このクラスの人間は俺を起こすのが好きなようだ。
仕方がなく起きたら、要より童顔な異性が。
「どうした? 要ならいまは係の仕事があっていないぞ」
「分かってるよ、だって出ていく前に話したわけだし」
「惚気なら別の奴にしてくれ」
おやすみと言って寝ようとしたらできなかった。
両肩を思いきり掴まれ、思わずうっと声を漏らしそうになるほどには強かった。
小中とバスケをしていたからこそのパワーだろうか。
「それよりさ、今日の放課後のことなんだけど」
「ああ、要と一緒に出かけるんだろ? しっかり管理しておいた方がいいぞ」
彼女、西山
え、なんでと困惑している間に額に攻撃をくらい……。
「小森くんも来ない?」
「は? そんな空気の読めないことをできるわけがないだろ」
ふたりがいちゃいちゃしているところを見るのも単純に嫌だ。
そんな無駄な時間を過ごすぐらいなら家で寝ていた方がいい。
たまには母の手伝いをする方がいいし、岬とゲームでもしていた方がマシだろう。
「そっか、まあ普通は遠慮するよね」
「待て、俺のこれは遠慮じゃ――」
「小森くんは空気の読めないときもあるけど空気を読もうと努力できる子だからね、だからこれは仕方がないよね」
結局、西山は勘違いをしたまま自分の席に戻っていってしまった。
そのタイミングで要が戻ってきて当然のように彼女の席に近づいて話をしている。
「あのー、あんまり見られると気になるんですが」
「いま西山が誘ってきたぞ、要に放っておかれているからじゃないのか?」
「違うよ、元々ふたりでそういう風に話をしていただけ」
「なんでそんなことを? ふたりにメリットがないだろ」
一緒に遊びに行ったって俺がふたりからやる気がないとか駄目だとか言われて終わるだけだろう。
単なるイメージ、妄想ではなくて実際にされていることなんだから間違いない。
要は基本的にいい奴だけど彼女である西山といると調子に乗るからなあ。
ま、浮かれたくなる気持ちは分からなくもないし、彼女に合わせておきたいと考えるのも悪くはないだろうし、こればかりは言っても無駄だから諦めるしかなさそうだ。
醜く言い争いをするぐらいならこちらが折れてしまった方が面倒くささも少ない。
それでストレスを解消できるということなら少しぐらいは利用させてやろうじゃないか。
「だってほら、あんまり遊びに行くこともしていないからさ」
「気にしてくれてありがとな、でも邪魔をしたくはないからふたりで仲良く行ってきてくれ」
「そう言うと思った、なんだかなあ……」
寧ろここで行くと言った方が空気が読めなさすぎてて問題だろう。
他人をなるべく嫌な気持ちにさせないようにと考えて行動しているのだ。
「例え花が好きだと言っても君には任せられないよ」
「そもそも俺なんか好かないだろ」
一緒に窓の前に寝転がって昼寝をする仲ではあるから友達レベルではいられている、か?
残念ながら1度もモテたことがないから分からないな。
もう少し俺にとって現実的なことを言ってほしいものだ。
非モテなのを馬鹿にしたいということなら効果的なのかもしれないが。
「なにかお土産を買ってきてあげようか?」
「いや、西山と楽しんできてくれればそれで十分だ」
「隆也って意外と優しいところもあるよね」
「当たり前だ、俺も人間なんだからな」
教師が入ってきて強制的に解散となった。
にしても、俺のことが嫌いなのかそうではないのかが分からない人間だ。
昨日言っていたように岬や花に悪影響とならないように監視しているだけなのだろうが。
まあいいか、いまは授業に集中しよう。
で、授業が終わったら暖かいのもあって外に出て岬作の弁当を食べることにした。
毎回これについてだけは岬が譲ろうとしないため、母のことを考えると嬉しいようなそうではないようなという感じ。
でも、
「毎回美味しいな」
相手が妹でも母でも作ってもらえるということが単純に嬉しい。
あとは単純にこの暖かさか、ぽかぽかとしていて正直眠たくなるぐらいだ。
「あのー」
また要や西山かと思ったらそうではなかった。
知らない女子、しかも1年生ときた。
「ここに座りたいなら俺はどこかに行くけど」
「え、あ、そうじゃないんです、小森隆也先輩、ですよね?」
「そうだな、小森隆也だな」
まず間違いなく西山の友達なんだろうな。
そうでもなければ年下が俺の名前を知っているわけがない。
「良かった、間違いだったら泣いてました」
「それでなんか用でもあるのか?」
「要先輩と瞳先輩から面白い人だと教えてもらいまして」
「残念ながらぼうっとしているのが好きな面白みもない人間だぞ」
動いているよりもじっとしている過ごし方が好きだ。
特に入浴時なんかにはやばい、ぼうっとしているだけで30分が経過しているんだからな。
それ以外にも休日なんかには夕方頃まで布団の上で過ごすし、本当になにもしなくていいということならいつまでもそうしたいぐらいだった。
「あと、岬ちゃんのお兄さんなので単純に興味があったんです」
「もしかして同じ部活だったりとか?」
「はい、そういうことになりますね」
ちなみに岬もバスケ部に入っている。
だから力勝負を仕掛けられたら恐らく負けるだろう。
俺なんか協力してやることが面倒くさくて園芸部に入っていたからな。
ま、そこでも普通に協力することが必要だったうえに、なんなら土を運んだりすることになって重くて大変だったぐらいだが。
「あ、食事中にごめんなさい」
「いや、気にしなくていい」
もう食べ終えるところまできていたから邪魔だと言われなくても去るし。
やっぱり慣れない相手と話をしているのは落ち着かない。
相手が年下だということも拍車をかけている、岬や花というわけではないからな。
「ま、待ってください」
「岬や花の話を聞きたいなら本人達のところに行けばいい、要や西山のことに関しても同じだとしか言えないぞ」
向こうにとってはまず間違いなく俺はいらないだろうが、俺にとっては要の存在は重要だ。
何故ならこういうときに盾にすることができるから。
仮に俺と要がふたりきりでいたとしても、男子や女子が興味を抱くのは要だからだ。
……なにが悪いんだろうな、顔か? 170後半の身長か? それとも単純に雰囲気か?
要の奴は柔らかい雰囲気でいることの方が多いからそこに惹かれるのだろうか。
「早く弁当を食べろよ、昼休みはあっという間に終わるぞ」
よし、今度は止めてくるということもなかった。
すまない、知らないうえに異性となると苦手なんだ。
花相手だって最初は物凄くぎこちなかった、対する花は普通だったが。
西山なんか特にそうだ。
友達の友達、しかもその友達の彼女となれば気まずいどころではない。
俺と要が一緒にいると平気で近づいてきて話しかけてくるから違和感しかなかった。
こちらの方は未だに慣れていないままだった、これはみんなには言っていない
「おかえりー、にへへ」
「隠しきれてないぞ、1年生の女子を巻き込むなよ」
いつも優しく接してくれている岬だけど学校で話をしているとは思えないからな。
だからどうせ西山だろうなって思ってた、んで、実際にそうなってしまったわけだ。
「だって、『岬ちゃんのお兄さんに会ってみたいです!』ってあの子が言ってきたから」
「つか、どうやって探り当てたんだ? 俺は食べる場所も日で違うんだけど」
「そんなのあれだよ。要くんが小森くんとずっと一緒にいるように、私も小森くんとの関係は長いんだから大体は分かるよ」
関係は長いとは言うが、あくまで高校に入ってから関わるようになっただけ。
いまでもまだ友達の友達、友達の彼女って認識なのは変わらない。
優しいから話しかけてくれて、俺も無視することはできないから対応しているだけだ。
「ね、やっぱり今日行こうよ」
「邪魔だろ?」
「ううん、たまには3人で行こうよ」
まあ、要と遊ぶ場合でも岬か花が必ずいたから新鮮でいいんだけどさ。
「俺が行くって言ったら空気読めないって言わないか?」
「言わないよ」
「じゃ、何度も誘ってくれているのに断るのもあれだからな」
「うん、遊びに行くと言ってもカラオケとかだからあんまり重く考えないでよ」
いや、俺が気にしているのは恋人同士なんだからふたりきりがいいだろう? ということなんだが……。
いつでも行けるから今日は3人でいいということなのか?
俺の視野が狭いだけで恋人ができた人間は余裕ができるのだろうか。
やめだやめ、深く考えるのは疲れるだけだからやめよう。
仮にこれで行って文句を言われるだけなのだとしても折れておけばいい。
無駄に考えて無駄に自分に制限をかけるのはアホらしいから。
「よし、それじゃあ行こっか」
「そうだね」
「だな」
だが、いざ実際にそのときがやってくると罪悪感が半端ない。
あくまでふたりは楽しそうな雰囲気を出しているが、俺は帰らなければならないんじゃないかという考えがずっとつきまとっていて楽しめなかった。
「隆也」
「悪いっ、明らかに空気が読めてなかったよな」
「いやそうじゃなくて、無理やり誘った僕らが悪かったかなって」
「違う、ふたりはなにも悪くない、悪いのは俺だ」
悪かったともう1度謝って今度こそちゃんと歩き出した。
更に空気の読めていないところをこれで見せてしまったわけだが、明らかにいい雰囲気を壊す人間が同じ場所にいるよりはいいと考えてのことだった。
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