人選ミス
琴平の手元で光り出しているお札から、一人の女性が姿を現した。
今まで見た事がない式神だ、琴平は一体しか式神を持っていなかったはず。これは、どういうことだ?
『主の血が通っている者、名を何という』
「お前の主である、っ、月花琴葉の実の弟、月花琴平。主の命により、我は吸鬼を預かった。今回は我が、お前の主だ」
『把握した。主の仰せのままに』
吸鬼って、確か相手の精神力や法力と言った。内に秘める力を吸い取る妖だっけ。
力は強いけど、気難しく、式神にしたとしても言う事を聞かないで有名だから、誰も式神にしたがらないと聞いていた。
今の琴平の言葉。兄から受け継いだものという事だな。
吸鬼は優夏に近づき、片手を向ける。すると、白い霧のような物が僕の身体から立ち上り始めた。もしかして、これが法力なのか?
『…………落ち着いて来た』
苦しんでいた優夏が落ち着いてきたように見える。
「これで、大丈夫ですね」
『…………大丈夫なのは優夏だけだろ』
「満足です」
横に座っている琴平の身体が傾く。
っ、咄嗟に手を伸ばしてもすり抜けてしまった。このままじゃ倒れ――……
――――――――――ガシッ
「琴平!!! しっかりしてくれ、琴平!!!」
紅音が琴平の身体を支え、横にする。もう、力を入れる事すら出来ないのか、体を完全に預けていた。
「琴平!! 琴平!!!」
紅音の声が震え、目には涙。必死に何度も呼びかけるが、琴平は何も返さない。いや、返せない。
「琴平!! 頼む、目を、開けてくれ…………」
紅音の涙が琴平の頬に落ちる。すると、答えるように琴平は、目を薄く開けた。
「…………―――――」
「っ。…………ワタシも、ワタシもだ…………琴平…………」
声にならない言葉、紅音には通じたのか必死に答えている。琴平の手を掴み、下唇を噛む。
最後に琴平は、優しく微笑み――――目を閉じた。
☆
…………―――――。
体に走っていた痛みや息苦しさがない。体が浮いているような感覚に目を開ける。そこは、闇の空間。でも、道満の作りだした空間とは違う。
ここはおそらく――……
『こんにちは、優夏』
「安倍晴明…………さん…………」
やっぱり、この空間は安倍晴明と話す時の空間だ。これで三回目だったっけ、今回はなんとなく気まずいな。何を言われるのか……。
『今回も大変だったみたいですね、お疲れさまです』
「…………別に、今回俺は何も出来なかった。ただ、力を暴走させてしまっただけ」
…………くそ、くそ。さっきまでの光景が頭を過る、痛みの感覚が残っている。
『感情が高ぶり、制御が出来ませんでしたね。私も予想外でした』
「今回、貴方は何をしていたのですか。俺が暴走してしまった時、制御とか出来なかったのですか」
…………最低だ、なんでこんな言葉が口から出るんだ。こんなの、ただの八つ当たりだ。安倍晴明は何も悪くない、悪いのは俺だ。
冷静に対処が出来なかった、怒りに支配されてしまった。
いや、そもそも、俺がもっと闇命君の力を扱う事が出来ていたら、琴平は怪我をしなかったかもしれない。もっと、俺が強かったら靖弥も心に深い傷を付けずに済んだかもしれない。
全ては、俺が弱かったから――……
『今回、私が体をお借りして手を貸すことは、出来なかったのですよ』
「……それは、なぜですか」
『貴方の意識があったからです。意識がある状態では体をお借り出来ないのです。他にも、私が法力を操り、貴方の身体を強制的に動かす事も出来ましたが、それには貴方の精神状態が鍵。ですが、貴方の精神状態は不安定、力が制御できず暴走すると思ったのです。どっちにしろ暴走してしまいましたが…………』
つまり、俺の身体を案じて、あえてやらなかったの?
「そ、そんなの…………。俺の身体より、琴平や靖弥の方が――……」
『おや、良かったのですか? 貴方の身体には今、三人の命があるのですよ? 一人はもちろん貴方、牧野優夏。そして、その体の本当の所持者は誰でしょう? それと、私もこの体でしか現世の情報を取得する事が出来ません。それでも貴方は、先程と同じことを言えますか?』
っ、そうだ、この体は俺のじゃない。というか、俺が一番の部外者。そんな俺が、簡単にさっきのような事を言うのはおかしい。
駄目だ、今の俺は思考が偏ってしまっている。落ち着け、落ち着け…………。
『慣れない環境、初めての仲間の死。頭が混乱してしまっても仕方がありません。ですが、早く切り替えなければ、またしても仲間を失う結果となってしまいますよ』
「っ、なんで、そんなことを平然と言うんですか。そもそも、俺はこの世界に自ら行きたいとか、世界を救いたいとか。そんなことを言った覚えはない。なのに、なんで俺はこんなことをしないといけないんだよ。俺は、巻き込まれた側なのに!!!」
頭がおかしくなりそうだ、今のこの感情に名前を付けられない。怒りでも悲しみでもない。この、どす黒い何かが湧き上がる感覚。
こんなこと初めてだ、抑えられない。
『…………私には、今の貴方に何も言えません』
「なっ、なんだよそれ!!! 俺は思ったことを言っただけだ!! 俺は巻き込まれただけなんだよ!! なんで、そんな俺がこんなことに――……」
『また落ち着きましたらお会いいたしましょう。その時、ゆっくり話せることを祈っています、牧野優夏』
安倍晴明が指を鳴らした瞬間、いきなり視界がまばゆい光に包まれた。なんだ、なんだよ!! 俺は、どうすれば良かったんだよ――……
☆
闇の空間に残された安倍晴明は、表情一つ変えずに立ち尽くす。浅く息を吐き、両手を広い袖の中に入れた。
『人選を、間違えてしまいましたかね、子孫よ。まさか、ここまで取り乱すとは思いませんでした。これは、違う方を口寄せする必要がありますね……』
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