依代
「貴様、今の話を誠と言うのなら、頭を疑うぞ」
「うん、ぜひ疑ってほしい。嘘だと言ってほしい。お願い、嘘だと言って」
百面相を浮かべた結果、俺の頭を疑うという答えにたどり着いたらしい琴平。
俺も、この現実を嘘だと言ってほしい。
ため息を吐いていると、手に乗っていた鼠がピョンと跳んでしまった!?
「え、あぶなっ?!」
キャッチしようと手を伸ばすけど、その必要はなかった。
鼠は俺の手から飛び降りると、空中で一回転。地面に着いた時には、半透明な闇命君が姿を現した。
『琴平、信じられないのもわかるけど、こいつの頭は正常だよ、一応ね』
「あ、闇命様!?!?」
おお、琴平もさすがに驚いてる。
俺が憑依転生したと話した時は疑うだけで驚きはしなかったのに。
『こいつ、本当にダメダメなんだ。僕の体のくせに、全然水人を倒せなくてさ。まったく、僕に恥をかかせないでよね』
肩を落とし、深いため息を吐きながら闇命君が琴平に愚痴ってる。
…………くっそ腹が立つ、子供のくせに。
「あの、これは一体どういう事なのでしょうか」
まぁ、そうなるわな。俺も琴平と同じ立場だったら同じ事を質問している。というか、俺自身も全然理解出来ていないから詳しく聞きたい。
どうして、闇命君が俺を選んで憑依転生したのか。
そもそも、これは陰陽術なのだろうか。それすらわからない。
『こいつは僕が口寄せしたんだよ。面白い死に方をしてたから興味を持ってね。こいつは
「え、いやいや。あります、ありますけど!? 人間の心ありますが?!」
なに言ってんのこの餓鬼!!! 俺を冷徹外道みたいな言い方しないで!
つーか、なんでそんな事言われないといけないんだよ、闇命君は俺の性格を知らないよね?!
『無いだろ。人間というものは、他人の為に行動なんてしない。他人の為に自分を犠牲になんてしない、自分の為になる事しかやらないんだ。でも、あんたは死ぬ最後まで他人を気にしていた。だから、人間の心がないでしょ』
力を込めて言い切る闇命君。でも、言葉とは裏腹に、悲しい目を浮かべている。
そんな瞳の中には憎悪も含まれているのか、冷たい。子供の目では無い。
多分、この歪んだ思考は、今住んでいる陰陽寮の生活が関係しているんだろう。
生意気で人を見下す性格。何度も腹が立ってたけど、これは闇命君が自らこうなりたいとしてなった訳では無いとのかな。周りの環境が、彼をこうさせた、とか。
『なに? 僕、なにか間違えている? そんな事ないでしょ。僕は周りが認める天才なんだ。間違えた事を言う訳が無い』
何も話さない俺達に、闇命君は否定されたと思ったのか訴えてくる。ここで否定してしまえば、闇命君はどうなってしまうのか。
子供の心は儚いと聞く。直ぐ周りに染められ、黒にも白にもなる。
なんて言えばいいんだろう。
否定は出来ない。でも、肯定は絶対に出来ない。
俺が答えられずに悩んでいると、琴平が闇命君の前まで移動し、腰を折った。
「そうなんですね、口寄せが出来るなど知りませんでした。でしたら、これからは俺の力もこの方にお貸ししましょう。闇命様の体で変な事をされても困りますので」
今の言葉は肯定でも否定でもない。さっきの闇命君の言葉を受け流し、気分を害さないような返答した。
さすがだ、俺は何も言えなかった。
言葉が思いつかなかった。これが、大人と学生の違いなんだろうか。
『だって、良かったじゃん。これで少しはマシになってよね』
………………やっぱりムカつく。
まぁ、良いけどさぁ。めっちゃ良い笑顔で言ってくるじゃんか。
「ご指導、よろしくお願いいたします」
『僕はそんな事言わない。今から口調とか行動とかに気を付けて、バレると後がめんどくさい』
ツッコミが早すぎるのよ。
くそっ、絶対に元の俺の方が歳は上やぞ、敬えよ。
こんな、人をムカつかせるような発言しているのも、性格も。周りの環境がそうしたんだよね、そうだよね。闇命君だけが悪い訳じゃないよね!!!
耐えろ俺、負けるな俺。震える拳を抑えろ俺!!!
「まずは陰陽術の使い方、陰陽寮の細かな規則などを教える。今からでも良いか?」
「あ、うん。よろしくお願いします」
琴平が俺の怒りに気づいてか、気づいてないかはわからないけど。冷静に声をかけてくれたことで怒りは抑えられ、話題も変えられた。
「あと、闇命様はそのままその依代の中に居るのですか?」
次に闇命君に琴平が、眉を下げて問いかけている。
そりゃ、確認もしたくなるよね。自分の主が鼠の姿って、嫌だよなぁ。
『そのつもり。こいつが変な事をしないように見張っておかないといけないしね。鼠なら一緒にいてもあまり違和感無いでしょ』
「了解しました。では、闇命様の部屋に参りましょう」
二人は俺を置いていく勢いで出ていこうとしたんだが? え、待ってよ。
「え、ちょ。あの壺は良いの?」
「後で
あ、そうなんだ。なら、いいか。
夏楓って、あの柔らかい女性だったはず。紅音が少し目付きが鋭い、おちゃめな女性だよね。
「おい、置いていくぞ」
「あ、待って待って」
琴平、歩くのすごく早い!!
子供の足って、どんなに早く走っても大人に追いつけないって今分かりましたよ!!! 待って!!!
※
「俺の肩に乗るの?」
『これが一番簡単な移動方法だからね』
「左様でございますか」
闇命君が鼠の姿で肩まで登ってきた。
そんで、なぜか寛ぎだす。いや、寛がないで、危ないから。
「って、鼠の姿でも話せるんだね」
『問題ない、僕だからね』
「左様でございますか」
どんだけ自分に自信あるんだよ。天才ってみんなこんな感じなのか? 嫌だなぁ……。
そんな事を考えていると、前から人が歩いてきていた。
咄嗟に避けようとしたら、なぜか闇命君が小さな声で『歩き続けろ』と言ってくる。まじか…………。
案の定、俺の肩と相手の腰がぶつかる。いや、分かってましたが。
「ちっ」
「あ。なんか、すいません」
ぶつかってしまった人は、舌打ちだけをしてその場を去って行く。
なんか、すごく不機嫌だね。ぶつかったのそんなに嫌だったの?
まぁ、避けられるのに避けなかったんだから、そりゃ嫌だよなぁ。
「琴平。今の人なんかすごく不機嫌そ──」
―――――ゾクッ
隣から冷たい空気が微かに流れてきている。体が思わず反応して震えてしまった。
横目で確認すると、琴平の目から殺気と呼ばれるであろう視線が放たれていた。
さっきぶつかってきた男性に向けられているように見えるんだけど。
ものすごく怖い、冷たい視線だよ。どしたの?!
「ど、どうしたの?」
「闇命様の体にぶつかっておいて、謝罪も無しかと思ってな」
「いや、あれは俺が避けなかったから──」
『なんで僕があんな雑魚のために避けなくちゃいけないのさ』
「あ、はい」
駄目だこの人、礼儀を知らない。
本当に陰陽師なのか? 陰陽師ってそういう作法とか詳しいと思ってたんだけど……。
いや、この人達が闇命君信者というだけか。
「そういえば、闇命君は自分の
『してるに決まってるでしょ。馬鹿なお前と一緒にするな』
「礼儀というものを分からせてやるよ、糞餓鬼」
「誰が糞餓鬼だ、貴様」
「ごめんなさいお許しください琴平様」
闇命君の言葉に思わず口から本音が出てしまった。
今回ので学んだよ、余計なことを言わないようにしないと俺のメンタルが死んじまう。
この後は普通に部屋に戻って、琴平の説明を聞こうと円になって座った。でも、何故か急に睡魔が襲ってきた。
欠伸をこぼしてしまったのをバッチリと琴平に見られ気まずい空気に。いや、ごめんなさい。
「…………急すぎたな。説明は明日する」
「すいませんでした」
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