陰陽寮

状況整理してくれ

 ────んっ、なんだ、この感覚。体が軽いような、重いような……。


 今いるのって、ベットの上か? 

 柔らかい物の上に横になっている気がする。


「………様。……めい……ま」


 誰かの声が聞こえる、瞼が重い。

 なんだ、この状況。


「あん……様。………様」


 なんだよ。途切れ途切れで何を言っているのかわからないし、なんでかめちゃくそ体中が痛い。指一本、動かせない。


 重たい瞼を無理やり開けると、ぼやける視界に見覚えのない複数の人が映る。


「目を覚ましましたか、闇命あんめい様」


 …………え、誰ですそれ。聞いた事ない名前、見た事もない場所。


 マジで、どこ? 


「闇命様、良かったです」


 み、巫女さん? 涙を流して手を握ってきている。な、なに?? 何が起きたの?


「ちっ、起きやがったか……」

「そんな言い方はあんまりかと」


 あれ、横から男性の少し怖い声が聞こえた。

 低い、おじいさんのような声に反応するように、若そうな男性の声が被さる。


 いくら回りを見回しても、知らない人に囲まれ、知らない場所で横になっているという事しか分からない。


 誰か状況を教えてくれ。俺は軽トラに轢かれて死んだはず。なんでこんな所で横になってんだよ。


 …………そういえば、この人達の服ってアニメで時々見る、狩衣かりぎぬって呼ばれている物だよな? そして、女性は巫女装束。タイムスリップ?


「あの、闇命様の前でそのような喧嘩はおやめ下さい。傷口に障ります」


 俺の手を握っていた巫女さんが立ち上がり、凛とした声で男性達に注意した。


 喧嘩していたであろう人達が静かになった。女性は強しってやつか。


「目が覚めたのであれば、我々はこれで失礼する」


 一人の貫禄のある男性が言うと、俺を囲っていた人達がそれぞれ部屋を出て行く。

 残ったのは、俺を心配してくれていた巫女さんと、口喧嘩をしていた若い男性。


 ぱっちり二重で、長い茶色の髪を後ろで一つにまとめている巫女さん。肌は色白で、綺麗な人だ。


 隣には俺を心配そうに見下ろしてくる男性。

 こっちの人は狩衣を着て、目は藍色。水色の髪を右耳の下辺りで緩く結び、右目には黒い眼帯を付けている。


 わぁ、美男美女が残ってくれてる。嬉しいけど、なんか二人共怒っているような気がする。


 この人達なら話を聞いてくれそうなんだけど、少しでも動いたら体が痛むから無理。


 この傷って、軽トラに轢かれた傷? 

 でも、それにしては俺の名前は呼ばれていない。


「まだ、体痛みますよね。お待ちください。少しでも傷を治します」


 巫女さんが涙をこらえながら聞いてくれる。なんだ、手をかざしてきた?


 差し出された手が淡く光り出す。


 え、なにこれ。こんなのアニメか漫画でしか見た事ないんだが。


 ────あれ?


 俺の体に光を当て始めてから数秒後、今まで痛くて仕方がなかった体が動くようになってきた。


「ふぅ。どうですか闇命様、痛みはありますか?」


 巫女さんの質問に答えるため、試しに体を起こしてみたり、自身の手や体を確認するため触ってみたのだが──え。


「な、なななな、なんじゃこれぇぇぇぇぇぇえ!!!!」


 何故か俺の手は子供の手かというほど小さく、体にも筋肉がない。


 いや、元々そんなゴリマッチョって訳じゃなかったけど……。

 いやいや、そうだとしてもふにゃふにゃすぎやしませんか。お腹とか柔らかい。


 髪は天パみたいだな、柔らかい。


 着ている服には血が付いていたりして汚い。いや、そこも気にする点なんだけど、なんで狩衣。しっかりと子供サイズだし。


「なんで俺が子供になってんの。いや、そもそもここはどこ。タイムスリップ? いやいや、そんなアニメじゃないんだからさ。ありえないって……」


 何なにこれ、本当に意味が分からない。これって、なに?


「……あの、ここはどこですか?」

「「はぁ??」」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


 幸い、よく分からない魔法か何かで大きな傷は無くなり、少年が座るには大きいベットに正座する事が出来た。


 切り傷から血がまだ滲み出ているけど、女性が丁寧に包帯を巻いてくれたおかげで痛みは無くなった。


「えっと。つまり貴方は、私達の知る闇命あんめい様では無いという事でしょうか」

「はい。俺自身、なぜこのようになっているのか分からないのですが……。あ、俺の名前は牧野優夏まきのゆかと言います」


 お互い今の状況を整理しながら恐る恐る会話をしているが、初対面なこともあるし、距離感がわからない。


 けど、二人は普段から冷静なのか、俺の話をしっかりと聞いてくれた。

 普通なら話すら聞いてくれないような展開だから、そこは凄く嬉しい。


「……それを信じろというのですか? イタズラですか?」

「イタズラではなく本気です。本当に俺は何も分からず、今この世界に放り投げられたんです」


 渋い顔を浮かべ、二人はお互い顔を見合わせてる。信じられないのは無理もない、俺も信じたくないよこんな状況。


「本当に俺は牧野優夏って名前です。お兄さんとお姉さんは誰なんですか?」


 聞くと、二人は少し戸惑いながらも名前を教えてくれた。


 女性の方は月希夏楓つきかえで。男性の方は月花琴平げっかことひという名前らしい。


 二人は闇命様の従者で、よくお世話をしていたみたい。

 従者はもう一人いるらしいが、今は巫女の仕事に出ているため不在、残念……。


「なるほど。それで、ここは一体どこなんですか? 狩衣なんか着て……」


 琴平という人が怪訝そうな顔を浮かべながらも、俺にもわかるように噛み砕いて説明してくれた。


 お兄さんみたいな人だった。


 ☆


 今聞いた説明を俺流に解説すると。


 俺が今いるここは、陰陽寮。

 ここでは男性が陰陽師、女性が巫女として様々な仕事をしているらしい。


 主な仕事内容は"占い"や"鑑定"、"お祓い"などなど。

 これについては闇命君は一切やっていなかったみたいだから割愛されてしまった。


 そんな闇命君が一番行っていた仕事は"悪霊退治"らしい。


 悪霊には様々な強さがあり、一人で倒せるモノから、大人数でやっとなモノまでいるらしい。


 悪霊と一言口にするだけでも多種多様。

 倒さずに封印するしかない時もあるらしく、皆悪霊退治の際は、必ず一人では行かず、数人で行動するのを義務付けられている。


 悪霊退治は呪符、霊符を利用したり、形代を作ったり、式神で倒したりなど。

 人によってやり方は様々。そして、悪霊退治だけは陰陽師の仕事で、巫女はやらない。


 そのため、巫女は悪霊退治をしない代わりに、この陰陽寮の掃除やご飯の準備など。

 身の回りの事をやっているんだという。お母さん的役割だなぁ。


 俺がいるこの陰陽寮は、他の陰陽寮の中で一番大きく、信頼における陰陽師が集まるらしく、ここに入るには優秀でなければならないと言っていた。


 最後に、この世界では陰陽術の他に、もう一つ力が存在する。それは、陰陽術よりは弱いが、誰もが使える力。


 精神力を利用し使える力。それをこの世界では"一技之長いちぎのちょう"と呼ぶらしい。

 これは一般的な言葉らしく、世界共通語。


 属性がいくつもあり、炎、水、風、氷、雷など。

 それぞれ一人一つの属性しか使えず、物を利用しなければ発動すらできない。


 例えば刀を持ち、それに炎を纏わせ相手に切り込むなどは出来るけど、炎の属性だからといって、手から炎を繰り出し相手を燃やすなどは出来ないらしい。


 一技之長のメリットと言ったら、精神力さえきれる事がなければ誰でも使用可能。

 デメリットは、武器を利用しなければならない、使い勝手の悪さ。


 みたいな感じらしく、琴平さん達みたいな陰陽師は、基本陰陽術で対処していくみたい。


 それでも、しっかりと一技之長も利用出来るらしく、そちらも極めようと日々努力をしていた。


 ☆


 琴平さんが分かりやすく噛み砕いて説明してくれたおかげで、少しだけこの世界について分かった。


「これって、現実世界で言う異世界転生ってやつか……。ただのタイムスリップではなく、和風の世界に飛び込んでしまった感じだな」


 俺の呟きは琴平さん達に聞こえなかったらしく、首を傾げていたので「なんでもありません」と返した。

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