侘び茶

高麗楼*鶏林書笈

第1話

 国王との謁見を果たした俊長一行は下賜品を持って意気揚々と日本へ向かったが運悪く台風に遭ってしまい朝鮮国に戻ってしまった。

 海流を待つ間、暇を持て余していた俊長のもとに現地の僧が訪ねて来た。

「俊長さまはお茶がお好きのことと伺っていますが、この近くに佳き茶を淹れてくれる寺院があります。ご希望でしたら案内いたしますが‥」

 達者な日本語だった。

「それはよい、さっそく参ろう」

 俊長は身支度を整え、僧と共に宿所を出た。

 賑やかな大通りを抜けると間もなく静かな田舎道となった。

「寺はあの山の中にあります」

 目の前に聳える山を示しながら僧は言った。山水画そのままの山だった。日本とは異なる形に俊長はここが異国であることを改めて感じた。

 色付き始めた木々に囲まれた山道を二人は黙々と歩いた。やがて立派な寺院が現れた。

「茸長寺です」

 僧は俊長に門を潜らせると自分も後に続いた。

 まず目に入ったのは年季の入った三重塔、その先に本堂があった。だが、僧はそこには上がらず、さらに奥に進んだ。そこには清楚な草庵があった。

「こちらでございます」

 僧に促されて俊長は中に入った。まず茶の香りが彼を迎えてくれた。

 鉄瓶がかけられた爐の脇に草庵の主人が座していた。

 俊長と僧が座ると主人は碗に淹れたての茶を注いで、それぞれの前に出した。

 俊長はさっそく碗を取り口にした。これまで味わったことのない爽やかさが口中に広がった。俊長の顔に愉楽の表情が浮かんだ。それを見て主人は微笑んだ。そして言葉をかけた。

「故郷を遠く離れて心細いことでしょう」

 僧が訳して俊長に伝える。

「ええ、しかし、お陰でこうして御坊にお目に描かれ、良き茶を味わうことが出来ました」

 俊長が答えると僧が訳して主人に伝えた。その後、二人は意気投合し、茶について、仏教について、あれこれ話し合った。

 俊長に振舞ったのは、主人が自ら育て精製した茶で、主人はその間のことを一つ一つ彼に伝えた。静かな対話の間には湯の湧く音、山中の鹿の鳴き声、風に枝がそよぐ音が聞こえるだけだった。こうしたなか俊長はふと

 ーー茶とは元来このように楽しむものかも知れない。

 と思った。

 俊長の知る茶は、大勢の者が集まって行なう“闘茶”だった。当初は単に茶を飲んで生産地を当てるものだったが、いつしか賭け事に代わってしまった。

 いつしか室内は暗くなり、窓の外には月が浮かんでいた。

 俊長は主人に別れを告げ、僧と共に来た道を戻った。帰り際、主人は俊長に冊子を贈った。主人が記したものだそうだ。

 それから間もなく、俊長一行は無事日本に戻ることが出来た。

 その後、俊長は庵を設け、そこで茸長寺草庵の主人が行なったような茶席をした。この茶席は僧や闘茶を好まない上流層から好評を得た。

 この茶席を洗練化していったのが、村田珠光、千利休だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

侘び茶 高麗楼*鶏林書笈 @keirin_syokyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ