第9話 告白

ルイス陛下との邂逅から更に1週間が過ぎて、着々と祭事までの日が近づいていた。

私とレイは、午前中は貴族に対する礼儀等マナー全般を習い、午後は4人全員で祭事の下稽古を行った。後の時間は次の日に備えて寝るだけだ。僅かな休憩時間にも特にすることもなく、自然と私とレイは話すようになった。

シャリス公は全く他人に興味がなさそうだし、リリアン嬢はとてもじゃないが近寄らせてくれない雰囲気で、仲良くなれそうになかった。

午後の稽古が終わり、私は中庭の奥にある、温室へ足を運んだ。

そこは、小さいながらとても美しい場所だと思う。中心には同じように小ぢんまりとした噴水に、天井から垂れ下がった植物。噴水を囲む形で見たこともない綺麗な花が植えられている。小さな温室を形作る硝子は、年月を思わせて僅かに曇っていた。

硝子から差し込む月光でそこは問題なく明るい。私はここでひと時の安寧に浸るのだ。

それに、もしかしたら、エレツアルがひょっこり会いに来てくれるのではと、望みを抱いていた。

だが今日は、違うお客様が来たようだ。


「…邪魔したか?」

「お疲れ様、レイ。邪魔じゃないよ」

「良かった。お前…レイリアに言いたいことが有って来た」


お前、っていつもみたいに言えばいいのに、レイは態々言い直した。

私は温室の隅にある古びた椅子に腰かけていて、レイは入り口から動こうとしない。


「こんな時に言うのも、どうかと悩んだが」

「どうしたの?改まっちゃって」

「レイリアが宿の主人たちからひどい仕打ちをされていた時、助けてやれなくてすまなかった」

「…いいんだよ、レイが気にすることじゃないもの」

「俺は、貴族でも何でもなくて、貴女を助けられる立場じゃないと思った。でも、それは間違いだった」

「…」

「けど歌人になった今、俺は少しばかりの身分を手に入れれた、と思う。だから、人の人生に対して責任が持てる者になれた」

彼の言いたいことが分からなくて、私は眉根を下げた。


「レイリア、俺と結婚してくれないか」


宿で働いていた頃、レイとミリアはとても評判だった。レイは、宿に来る女性たちの憧れの的で、彼に恋していない女性は居なかったと思う。女である私が憎らしく思うほど、綺麗な人。優しくて、助けてくれる。彼と一緒に居たら穏やかに過ごせる。なのに、私の心は、もうすでに違う人が握っていた。


「…ごめんなさい」


もっと上手い言葉がある筈なのに、優しい彼に一言しか言えない。


「いいんだ」


レイが優しく笑った。そばに寄ってきて、頭を撫でられる。涙が出て、また「ごめんなさい」と呟いた。どうして応えられないんだろう。もっと悩むべきだったと思う。そっと涙を拭われるものだから、涙が止まらない。


「また、友達でいてくれるか?」

「…うん、もちろん」


幼いものに聞かすように、レイが尋ねる。

落ち着くと、レイは部屋まで送ってくれた。今後気まずくならなくても良いからと言われて、頬に口づけされる。彼の方が悲しいはずなのに、慰められていてバカな女だと思った。だから、次の日は笑顔で居るべきだ。








次の日、歌人4人は王の凱旋を知らされた。

ルイス陛下の命で、秘密裏に歌人達は妖精王を歌で迎えることになった。エレツアル一行が帰ってくると向かった先は、立派な砦で、いつもは屈強に閉じられているであろう門が、開かれている。

凱旋にはごく僅かなものしか居なかった。

歌人達は歌いだす。妖精王を讃えるように。帰って来た兵たちは少ないように思えた。磨き上げられた鎧はボロボロになっており、戦いが有ったことを知らせる。顔は疲れ果てていて、やがて白馬に乗った彼を見つけた。


「(良かった、無事だった)」

「陛下っ…!よくご無事でっ」


その時感極まった声が聞こえた。

見ると、リリアン嬢が瞳を潤め、陛下の無事を喜んでいた。頬を薔薇色に染め上げ、その様子はとても可愛らしい。慕わしさ、よりももっと、青空の瞳が彼を好ましいと告げていた。リリアン嬢はエレツアルに恋しているのだ。

エレツアルは、妖精王にふさわしい甲冑を身に着け、プラチナブロンドの髪は後ろに束ねられていた。銀色の甲冑には紫の外套が肩から掛かっていて、彼の優雅さを知らしめんと靡いている。

戦いの後でいつもより顔つきが厳しいが、出で立ちはまるで絵物語から抜け出てきた貴公子そのものだった。

リリアン嬢だけではない、世の女性が彼を見て恋に落ちるのは当然だ。

職務を全うするため必死に歌っていると、エレツアルが話せば聞こえそうな距離にまで近づいた。彼は私を見た。一瞬だけ目が合ったが、すぐ逸らされる。


「(…私って、完全に馬鹿よね)」


エレツアルに思われているわけがない。

ただ彼は幼い頃が少しの間懐かしかっただけなのだ。そして、目をすぐ逸らされたことに、私は思った以上に傷ついていた。

認めたくはない。でも、彼と出会ったころから、私の愛は彼だけのものだったのだ。振り払われる以外に消えはしない物。

彼に恋をしている。

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