第5話 エレツアルとの再会
歌人に選ばれた後、4人が集められ、神官にいくつか今後の事の説明を受けた。
神聖なる身になるため、家族や婚約者や友人にも暫くは会えなくなる事。住居は王宮敷地内の宿舎へと移されるそうだ。そのため、支度金としてかなりの金額を手渡された。
私は、さっそく自分の住んでいた宿へと戻り、割ってしまった骨董品の代金を宿の主人に多めに払い、歌人に選ばれたためこちらで働けなると報告した。
主人は驚いていたし、自分の宿から歌人出身者が出たことを喜んでいた。
私への態度は一気に変わり、あっけなく許可が下りて自由の身になることが出来た。
そして、ミリア。
誰よりも喜んでくれて、会えなくなるのは寂しいけれど、ずっと応援しているわ。と抱き締めてくれた。ミリアは、恋人と別の街で暮らしていくと決めたようで、別れ際見送った背中は幸せそうだった。、また会えるわとミリアは言ったけれど、もう会えなくなるような気がして胸が苦しかった。
でも、ミリアが幸せなら、いい。
思い残すことはもう無かったので、その足で王宮へと向かった。
お城の門番に話しかけるのを小1時間迷ってしまったのは内緒だ。許可が下り、案内の者に着いていく。
余りに広い、というのが王宮の感想だ。
広大な敷地には、幾つもの建物がある。一番大きいものが、王様たちが居られる宮殿に違いない。その正面には青々とした芝生、咲き誇る美しい花。貴人たちが憩うための噴水が在る。
いったい何人の人が住んでいるんだろう、と思いながら出来るだけ隅っこを歩く。
着いた先は神殿のような建物で、立派な大理石の柱が沢山立ち並び、入るのが躊躇われた。どうやら、ここが私たち歌人が暮らす場所らしかった。
「(私、まるで別の世界に来てしまったようだわ)」
部屋まで案内されると、此方の敷地内でしたらご自由にお過ごしください。とだけ言われて案内の人は去っていった。
私はフカフカのベッドに飛び込み、その柔らかさを堪能した後、落ち着かなくて建物の中庭へ行くことにした。
「誰も居ないみたい、良かった…」
建物…多分宿舎だろう。宿舎は、長方形の造りで、中心が中庭になっている。中庭はたくさんの木々が生い茂り、どうやら1人になりたい者の味方をしてくれていた。
その中に、円形状の腰掛があったため、そっと音を立てずに座ってみる。木陰の間の日差しが斑に散らばり、辺りに揺れていた。
多くの緑が擦れる、小さいけれど集まると耳を大きく満たす音だけが、しているようだった。
ああ、ここはとっても歌いやすい。
心地よくなって、私はエレツアルに習った歌を歌い始めた。
最初は音量を控えめにしていたけれど、歌っているうちに誰も居ないと安心してしまい、つい開放的な気持ちになった。
すると、突然小さな笑い声が聞こえた。
「…!!」
すぐに歌うのを止め、辺りを見渡す。
「誰か居られるのですか…?」
恐る恐る呟くと、暫くたったのち、返事が返ってきた。
「あの歌。覚えていたのだな」
低くて、甘やかな声だった。その声は優しさを含んでいて、私は戸惑う。
「あの…?」
「こちらだ」
木が丁度死角になっていて気づかなかったのか、正面の割と近くの腰掛に彼は寝そべっていた。
ハッ、と息をのむ。
その人のあまりの美しさに声を失ったからだ。
艶やかなプラチナブロンドの髪は、およそ腰まで伸びている。そのたおやかな髪はゆるくうねっていて、肩に流しつつ留められていた。白磁の肌は高貴さを伺わせ、顔の作りは神々が施した精緻な彫刻の様。瞳は透き通った翡翠で、どの至宝よりもきっと美しい。
服は白く薄い布を重ねてゆったりとしている。布の端には彼の美しさから逃げるようにして宝石が散りばめられていた。正直、声を聴かなければ女神だと信じていただろう。
その場に縫い留められて動けないでいると、彼が身を起してこちらに寄ってきた。
いい香りがして、眩暈がする。
「レイリア。私だ」
「なぜ、私の名前を…」
「エレツアルだ」
ひゅっ、と息が出来なくなる。
エレツアル、私の唯一の大切な光だった人。
この恐ろしく美しい人が、エレツアル?
「そんなはず…」
「だって、さっきの歌は私が教えた。レイリア、貴女だけに。嬉しかったよ、長い間、私を覚えていてくれていたんだな」
女神の様に柔らかな微笑みを向けられて、気を失いそうになるのを必死に耐えた。
よろめくと、さっと腰に手を当てられ体を支えられる。
「す、すみません。でも、何か人違いだと思います。支えてくださってありがとう。私はこちらで失礼いたしますね」
「逃げないで、レイリア」
美しい人が息がかかるくらいの距離で囁き、妖しく笑う。
蛇ににらまれたカエルの状態でいると、手を離されたのでほっとする。すると、彼は私とエレツアルしか知らない歌を歌い始めた。
驚きのあまり、凄い顔になっていたと思う。
彼は、あのエレツアルなのだ。
「本当にエレツアルなの…?」
「ああ、君だけの、エレツアルだ」
「ずっとどうしていたの?心配していたわ」
「そんなことは気にしないでいい。これからはずっと私と一緒に居よう」
「き、急にそんなこと言われても、困るよ」
「どうして?」
「だって、久しぶりに会ったし、貴方はこんなに綺麗になってるし…」
「…綺麗、って言われて、心が躍るのは初めてだ」
エレツアルが距離を詰めてきたので、私も思わず後ずさる。
踵が腰掛に当たって、その衝撃のまま尻餅をつく様にして座ってしまう。エレツアルはお構いなしに距離を詰めて、その目に一瞬仄暗い何かが光った気がした。
「エレツアル、怖い、わ…」
「レイリア、君も、誰よりも綺麗だ」
エレツアルは、目を伏せて私の髪をひと房掬い、口づけた。
体の内から熱が上がって、何も言葉を発することが出来ない。今まで生きてきた中で、働きづめで殿方にこのような事をされた経験が一切なかったのだ。
「君がいけないんだよ、レイリア。諦めようと思っていたのに、私との思い出の歌を歌うから。だから…」
エレツアルが次の言葉を言う前、目つきが鋭くなり別の方向に顔を向けた。
「誰だ」
「…レイ・アズールです」
「新しい歌人どもの1人か。とんだ邪魔が入ったものだな」
「申し訳ございません。ですが、何故陛下がこちらに?」
「私に質問するとは、いい度胸だ。…興が冷めた。レイリア、またゆっくり話そう」
気配の主はレイだったようだ。
それより…。
「へ、陛下…!?」
エレツアルは暗い表情を浮かべ、私の髪からスルリと手を放し、去っていった。
入れ替わる様に、レイが近寄ってくる。
「レイリア、大丈夫か」
「うん、吃驚したけれど、平気」
「陛下が女好きとは知らなかった。また来なければいいが」
「そういうのじゃないよ、ちょっと事情が合って」
「事情?俺には口説いてるようにしか見えなかったぞ」
「口説いてるなんて、そんな」
また顔に熱が集まる。それを見て、レイは不機嫌そうにしていた。きっと、私が騙されていると心配してくれたんだろう。
「妖精王は、平気で気に食わない家臣を一族ごと簡単に処刑される程のお方だ。気を付けた方が良い」
「妖精王…」
エレツアルが、妖精王。
子供の時からずっと美しく気品があったが、まさかこの国の王だなんて。
急に彼が遠い存在に感じられた。しかも、人を平気で殺せるという噂もある。そんな事信じたくなかった。
レイは気を付けた方が良いと言ってくれたが、またエレツアルに会いたいなと思う自分が居た。
でも彼は妖精王だから、簡単には会えないだろう。
さっきエレツアルが歌った声が、まだ耳に残っている気がして、私の喉を通り抜け、胸の底に沈んでいった。
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