第4話 ある王の独白

美しいと持て囃される度、心の色がどす黒く染まっていく。

外面だけを見てうるさく集る蠅ども。

破壊しつくしたい、分からせてやりたいのだ、自分の内の憎しみがこんなにも深いのだと。

この国に受けた仕打ち、狭い部屋で凍えながら感じた絶望。

誰よりも美しいと言われるのに、誰よりも心が醜い。

ただ人形として座しているだけの日々に、飽き飽きしている筈なのに、行動に移せない。

何かを待っている。

まだ待てと、もうひとりの自分が止めているのだ。

それがいつなのか分らぬまま、この死にたい世界を生きていく。








「妖精王、本日は選出の儀どうぞよろしくお願いいたします」


神官どもが平伏し、委縮しているのが分かった。

可笑しくなって、こういう時だけは少しだけ心が軽くなる。

2人の王が治めるこの地、ヴァルクアの王都の中心地。歌人を選出する場に私は居る。祭事は10年に1度で、妖精王が束ね役を務める。


4人の歌人と共に妖精王が精霊に祈り、国への祝福を授かる祭事は、この国で最も重要なものだ。

ゆえに比例して会場も明らかに豪奢な造りで、その華美さは目に余る程。

王の居室も同じく、自分の威厳もいつもより増している錯覚に陥る。


「こちらこそ、教会の皆には世話になる」


ゆったりと穏やかに労わりの言葉を告げると、何人かの者は頬を染めて、私のしてきたことを知っている神官は顔を青ざめさせた。愉快だ。私の事を知らないものも居る様だ。油断させていたら、何か粗相をしてくれる者もいるかもしれない。


そうしたら―。


「陛下、お時間ですので、ご案内いたします」

「…相分かった。行くとしよう」


どうやら案内する者の声は震えている。

可哀そうになあ。と心の中で嘲る。もし私の前で失態を犯したら一族郎党野垂れ死ぬこととなる。だからこの者は教会の中で虐げられているに違いない。

そんなやつは苦しめてもあまり愉しくない。

だが、かけてやれる慈悲という感情は、とうに私の中で消えてしまった。

歩いていくと、妖精が耳元で囁く。誰かの声を拾って来たらしい。



「ああ、恐ろしかった」

「え?妖精王様ですか、とてもお優しそうな方かと思いましたが。噂には程遠いお方ですね」

「…お前はわかっておらぬのだ。あの美しい顔の下には恐ろしい魔物が巣食っている」

「しかし、この国が興って以来の天才ですし、国の整備や軍事もあの方のお陰で発展しました」

「強さ、賢さ、美しさ全てを持っておられるのに、あの方は心というものを持っておられぬ」

「…到底、私には信じられませんが」

「お前、精々気を付けるのだぞ」



妖精はクスクス笑って去っていった。先ほどの神官共の会話だ。偶にこうやって聞きたくもない噂話を聞かされるが、有益な情報が殆どなので煩わしいと思うまではいかない。

妖精たちは不意に囁くこともあれば、私が頼めばいろんな情報を持ってきてくれた。故に、今までうまく立ち回れ、この地位に居座り続けることが出来た。


ふと、幼い頃唯一幸せだった時を思い出す。

連理の枝と等しい片割れの彼女。

闇が染めた黒髪に、紫水晶が宿った瞳。異国を思わせる焼けた肌と、幼い愛は簡単に私を篭絡した。

私は精霊の木から独りでに生まれた。

そう、妖精たちから聞かされている。

この国で唯一の妖精と人と精霊を結ぶ存在。

本来なら、「愛し子」が生まれればすぐに人間の城に移され、幽閉されるはずだった。

だがどうしてか、私は人の手を免れ、妖精が集う広い森で物心つくころまで過ごすことが出来たのだ。

妖精は優しかったが残酷な面もあり、妖精であると同時に人間よりの私には心から馴染むことが出来なかった。その孤独を埋めるように、彼女、―レイリアが現れた。

その記憶の殆どは美しく幸福だ。

私は彼女を必要としていたし、レイリアも私を必要としていた。

毎日寄り添って寝て、共に息をした日々の中でレイリアは確かに愛をくれた。

神が孤独な私にくれた最上の贈り物だと信じて疑わなかった。


その幸福な日々は、あっという間に壊されてしまったが。

1人でいるところを人間の兵士に見つかり、城に幽閉され、お飾りの王となるべく拷問と洗脳の日々が始まったのだ。

しかし、既に自分で物事を考えられる年だったため、そう簡単にはいかなかった。

やれることは何でもした。誘惑し、人を操り、賢く立ち回る。

心を殺しながら、穢れながら、権力者に気に入られ外に出ることが叶った。

この城で過ごしていると、私の中にある欲望が生まれた。

完璧にこの国を豊かにし、これ以上ないという所で壊してやろう。

その望みは、生きる原動力になったし、もうそろそろ叶いそうだ。


なのに。


「(何故だ、胸がざわつく)」




まだだ、もう直ぐだと声がする。

私には何もない。愛という小さな蝋燭に灯されている火は、憎しみの日々でとうに掻き消えた。

その残滓が燻って薄い煙が立つ様な揺らめきに、殺したはずの心が不安を訴えている気がする。

1人で耽っているうちに、舞台に誰かが立った。

それまで何も目に入らなかったのに、歌声に目を引かれる。


「(―彼女だ!間違いない!)」



黒い髪も、綺麗な紫の瞳も、匂い立つ様な肌も声も、それら全てがあの日に還り、再びあっという間に私の心を攫っていくのが分かった。

どうして、今になって?自分はもう穢れ切って憎しみしか持っていない。残酷な神が笑っている。彼女が居るこの国を戦火に放り込み滅ぼすのか?

動けずじっと見入っていると、彼女は目を伏せながらその場を去っていく。



「(行かないでくれ。私を見て欲しい)」




かあっと欲望が燃え上がり、それ以外何も考えられなかった。

こんなにも欲しているのに、穢れた手で乞うことが出来ない。

追うように立ち上がる私を周りの者が見て驚く。

ただ去っていく彼女の後を姿眺めながら、置いて行かれた幼子のごと立ち尽くしていた。


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