第3話 舞台へ
仄かに、砂糖を焦がした様な甘い匂い。
陽気な弦楽器の演奏。
色んな方向から綺麗な歌声が聴こえてくる。
鮮やかな色の花弁が大量に白い床に敷き詰められていて、ここが外界と隔絶された楽園なのかと錯覚してしまう。
美しく着飾った女性が多くを占めているのに、レイはその中をずんずん進んでいく。
私は周りに目移りしながらも、レイの後を必死についていった。
多くの女性たちは、レイの事を知っているようで頬を染めながら噂話をしている。
レイは、そんなことを気にも留めていない様子だ。
「さっきの神官が、このまま真っ直ぐ進めば他の参加者の歌が聴ける場所に着くと言っていた」
「そ、そうなんだ。すごく聴いてみたい!」
「レイリアなら、そう望むと思った」
振り返らずレイが言った。
今まで、あまり話したことがないレイを敬遠していたが、私みたいな奴にも気を使ってくれるとても優しい人なのだなと率直に思う。ミリアの弟なのだから、当然ではあるが。
舞台は、地面より低く掘られるようにしている。
中心に舞台があり、その周りを囲って人が座れるようになっていた。
舞台の真正面に、天幕が張ってありあまり見えないが、かの妖精王と、御付きのものが王を守るために控えているようだ。
「(どんなお方なんだろう)」
美しい王の事など、日々が必死すぎて考えたことはなかったが、周囲の色めき立つ声に思わず王の事が気になった。
「妖精王様に拝謁して、その美しさに倒れた者も居るんですって!」
「まあ、私、見初められたらどうしましょう…」
「あのお方は美しいけれどとても残酷な方だと聞いたわ。きっと妃になったら殺されるわよ」
「残酷な方の寵愛を一心に受けてみたいものだわ~」
「あんたったら、まったく!」
女性たちの噂話がすぐそこで聞こえる。
美しいけれど、残酷なのね…。
もし王の前で粗相等しようものなら、即打ち首とかないだろうか。
でも、折角ミリアが託してくれた機会なのだから、彼女の期待に応えるためにも頑張らなければならない。そもそも、今の殴られ続ける日々が死んでるも同然で、死ぬより悪いのだからかまわない。
「俺たちの番はすぐ来る。下で待機しよう」
「あっ、そうなんだね。ごめんね、色々と任せてしまっていて」
「構わない。それより、…応援している」
レイがふっと笑った。
王の事できゃあきゃあ言っていた女性たちも、レイの微笑みに目を奪われて、惚けている。
その美しい微笑みを直であてられた私は、当然赤面してしまった。
周りから、厳しい視線が向けられるのが分かる。
「ありがとう、レイも、頑張ってね」
精一杯、微笑み返すとレイの目元が緩んで、そのまま視線を逸らされた。
…なんだか傷つく心地だ。
下で待機していると、レイの番になった。
私は、レイの次のため、レイが舞台へ向かうと既に心臓がバクバクし始める。
ミリアがここに立つべきだったと心から思っている。
でも、あんなに素敵な人に信じて託されたのだから、今だけ自分を信じようと思った。
せめて、優しい彼女に恥をかかせない歌を歌おう。
レイの美しい歌声が聴こえて、心が安らぐ。
胸の前でぎゅっと手を握り、深呼吸した。
レイが戻ってくる、私の番だ。
目が合うと、レイは何も言わずに、すれ違う時に肩にポン、と手を置いて去っていく。
この緊張は何?期待している?
ミリアのためだから?
沢山の感情の中に、小さい頃の私を見つけた。
(だれかに届いてほしい)
(木々のざわめき、鳥の囁き、冷たい風、はだしで野を駆けたときの喜び)
(私が感じたものを、歌を通して誰かに届いてほしい)
私は、誰かと繋がりたかったんだなと、くらくらする緊張のなかで理解した。
「(エレツアル)」
恐ろしいまでの人恋しさが、私をこうさせたに違いない。
私は、震える足を踏み出した。
ふらつく足で舞台に立つと、両目ともあるのに目の前が何も見えなかった。
歌い始めると、微かにほう、とした周囲の息遣いが聞こえたが、訳が分からなくて一生の内ここまで混乱することはないだろう、というぐらい混乱していた。
なので、私を食い入るように見つめる人の存在にも気づかなかったし、妖精王も見ることが出来なかった。
私を突き動かしていたのは、ただ人恋しさだった。
「これより、選ばれし4人の歌人の名を呼ぶ」
私たちが選出の儀に参加した日は初日だったため、ほぼ1週間会場の周囲に滞在することが出来た。
歌人候補には無償で宿が与えられた。そのことには本当に感謝していて、つかの間の自由を味わった。レイは、誰かと親しくすることもなく私に付き添ってくれて、この1週間で少し距離が縮まったと思う。
ミリアに言われているのだろうけど、1週間も観光や無駄話に付き合ってくれるなんて、本当にレイは優しい。
そうしているうちに、結果発表の日が来た。
「リリアン・ジャ・マロリー」
きゃあっと声が聞こえた。
会場近くの広場に、ざっと700名が今か今かと自分の名を呼ばれるのを待っている。
その中で、喜びを隠しきれないとばかりに飛び跳ねる女の子を見つけた。
女の子の周囲でたくさんの人が、彼女を祝っている。
勝気そうな釣り目で、美しい金髪が輝いている。とても整った顔立ちで、身なりも豪奢なドレスをまとっているから、貴族の人だろう。
「すごい、彼女の歌声聞いてみたいなあ」
思わず呟くと、隣にいたレイがふっと笑うのが聞こえた。
「シャリス・クレイ・ダラス」
呼ばれたのに、今度は喜びの声が挙がらない。
この場に居ないのだろうか?同じように思う人が居るのか、ざわざわしている。
「ダラス卿か、高名な公爵のご子息だったはずだが」
「へえ…」
「居るのだろうが、あえて名乗り出るような真似をしないのだろう」
「そういう方も居るんだね」
「気持ちはわかるな」
レイはツンとしている。
歌人に選ばれるこの上ない名誉でも、レイならクールを貫くだろう。
そう思っている時だった。
「レイ・アズール」
はっとして、隣にいるレイを見た。
凄い、凄い!この世で最も誉れ高い歌人に、レイが選ばれたんだ。
「レイ、おめでとう!」
「…ああ。ありがとう」
レイは平静を装おうとしているようだったが、その顔には興奮の色が浮かんでいた。
ずっと頑張ってきた彼が報われたのは、私も本当にうれしくて、飛び跳ねそうだ。
というか、既にぴょんぴょんとしてしまってレイに笑われた。
「最後、姓はない者なので推薦した者と共に公表する」
「ミリア・アズールの被推薦者レイリア」
「えっ…」
時が止まった。
今、ミリアと私の名前が呼ばれた気がする。
信じられなくて、レイを見た。
レイも、驚いている様子だったが、すぐに微笑んでくれた。
「レイリア、おめでとう」
「れ、レイ…。これって、夢?」
「夢じゃない。抓ってやろうか?」
「同姓同名とか」
「レイリア、お前が選ばれたんだ」
真剣な目で見られて、現実に引き戻された。ミリアの顔が浮かんだ。あの美しい友達は、微笑んで喜んでくれるだろうか?心の底に誇らしさが沸いて、私は誰よりもミリアに会いたくなった。彼女の思いに応えられたという喜びが、歌人に選ばれた喜びよりも勝るのを静かに感じた。
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