第6話 さっちゃんとさっちゃんのおばあちゃんのこと

 さっちゃんは今日、家でおばあちゃんと二人きり。

「話したいことがある」

 おばあちゃんの声は、いつになく低めのトーンだった。

「何で私が、この姿になったのかについて」

 さっちゃんのおばあちゃんは、一本の箒だ。だから何かを食べることができない。

「それは魔法の神様が、死んでしまうおばあちゃんをかわいそうだと思って箒にしたんじゃないの? 箒は死なないからって……」

「当たっている部分もあるけど、違うところもある」

 さっちゃんは驚いた。今まで信じてきたことが真実ではなかったなんて。もう何年も信じていたのに。

「あのときのことを、振り返ってみよう」

 おばあちゃんに言われ、さっちゃんは頷いた。




「サトミ、私はもう長いことはないよ」

「そんな……!」

 昔、おばあちゃんはさっちゃんに自分の命について語った。本当にもう長くなかったのだ。まだ小さかったさっちゃんは、おばあちゃんのその言葉を聞いて大泣きした。

「何とかしたい」

 さっちゃんは、おばあちゃんが愛読していた魔法の書物を漁った。おばあちゃんには内緒で。

「……あったぁ!」

 さっちゃんはあるものを、一冊の書物の中から見つけ出した。




「サトミ、おやつよ、サトミ」

 少しの魔力を使い、おばあちゃんはとびきりのおやつを作った。残りわずかの時間は、大好きな孫娘の幸せな顔で満たされたかった。おばあちゃんはのろのろと、さっちゃんを探した。さっちゃんを見つけるのに時間はそこまでかからなかった。

 しかし、おばあちゃんはもっと早く、さっちゃんを見つけたかった。

 おばあちゃんの部屋で、さっちゃんは怪しげな呪文を唱えていたのだ。

「……!」

 さっちゃんが唱えている呪文が何なのか、おばあちゃんはすぐに分かった。

「ダメッ! 何やってんのっ!」

 もう死が近いというのに、こんな大声を出せるなんて。こんなに速く走れるなんて。おばあちゃん自身も驚いていた。

「えっ」

 おばあちゃんは、さっちゃんが持っていた大きな本を勢いよく取り上げ……ようとしたが、ここでは力が入らず、本をさっちゃんの手元からはじくことで精一杯だった。

「おばあちゃん、だって、この呪文を唱えれば……」

「ダメ! 絶対にダメ!」

「どうして?」

「とにかくダ……」

 そのとき、おばあちゃんの言葉が途切れた。

「おばあちゃんっ?」

 おばあちゃんは倒れた。

「おばあちゃん!」




「……と、ここまで振り返ったわけですが」

「よろしい。ではここからは私が話そう」

 さっちゃんの行いを制止したおばあちゃんは、真っ暗な場所をさ迷っていた。

 ああ、私は死んだのか。

 おばあちゃんがそう思ったとき、

「あの娘の滑舌が悪くて良かった」

 誰かがおばあちゃんに話しかけてきた。

「あなたはもしかして……!」

「そう。魔法の神じゃ」

「やっぱり! そうか、やっぱり死んだのね」

 マホジョは死んだ直後に魔法の神と出会う。言い伝えは本当だったのだ。

「いや、正確には死んでいない」

「え?」

「そなたには、まだまだあの娘の側にいてもらいたい。あの娘は生まれながらの滑舌のせいで、今は魔法を使う身としてまだまだではあるが、秘められた力は相当なものだ」

「……その通りです」

「それにあの娘、悪いことをしたと同時に良いことをした」

「それも、その通りです」

「よって、そなたを死なないものに変えるとしよう。その姿で、娘を見守るのだ」

「……ありがとうございます!」




「そして私はその後、あんたの目の前で箒になり、あんたはびっくらこいたってわけなのよ」

「はあ……」

「ところであんた、あの呪文がどんなものか覚えているの?」

「もちろん。人の寿命を伸ばすんだよね?」

「他には?」

「それだけじゃないの?」

「うん」

 おばあちゃんは、一つ間を空けてから孫に教えた。

「その呪文を唱えた者は、人の寿命を伸ばすことと引き換えに、自分の命を失うことになる」

「え……!」

 さっちゃんは目を大きく開いた。その様子を見て、おばあちゃんは呆れている。

「知らなかったのね……」

 実はその呪文が載っていた書物はとても古いもので、ボロボロになっており、破れている部分も少なくなかった。重要な部分が破れていることも有り得る。

「ま、あんたが滑舌の悪い子で助かった」

 おばあちゃんはホッとしたような言い方だった。

「でも、何で今回、そのことを言おうと思ったの?」

「あんたが少しは成長してきたからさ」

 苦手なかぼちゃの克服。理想のマホジョへの揺るぎないリスペクト。人の幸せを祈る優しさ。決して止めない努力。そんなさっちゃんを見て、おばあちゃんは思った。今なら真実を言える、と。

「本当に良かった……」

「え、おばあちゃん?」

「ありがとう……」

「え、ちょっと! 嫌!」

 さっちゃんは泣き出した。

「なーんてね!」

「へ……?」

「私はずーっとサトミの側にいるよ! だから早く立派なマホジョになりな。シンデレラの魔法使いに負けないくらいの、ね!」

「……うん!」

 さっちゃんはマホジョ。でもまだまだのマホジョ。理想のマホジョへの道のりは、まだ

長い。

 それでも確実に近づいている。小さいころから、いつまでも少しずつ近づいているのである。

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さっちゃんはマホジョ 卯野ましろ @unm46

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