第15話 告白
それも仕方がないことだと、私は思った。
私よりも先にやってきた何者かが、世界を破壊していたら……これまでは何だったのだろう、このやりきれない思いはどうすればよいのだろうと、その何者かを殺そうと躍起になったに違いない。
それは、然るべき殺意だ。
「……ならば、なぜ」
問うて、まずいと思った。ずっと前から言っていたではないか。反射的に口を覆ったが、それも意味はない。
エインはその冷えた目で、左手をカクラギのランプシェードへと伸ばした。
「俺の左腕が触れたものは、皆等しく枯れ朽ち果てる。狂ったように、その生を枯らすのさ。……俺の周りに、四大が満ちる限りは」
黒炎がカクラギを飲み込んだかと思うと、次に見たときには、その灯りは失せ、カクラギ自体は枯れ腐っていた。
炎がキルヒェの四大を受け、激しく燃え盛る。
だが、とエインの瞳は私を映す。
「――四大があれば、なんだよ。四大が無けりゃ、俺はただの木偶だ。誰も殺せねぇし、誰も傷つけられねぇ。……ただの、雑魚なんだよ」
狂おしいほどの自虐の念が、エインの瞳の炎を陰らせたようだった。
ただの雑魚。鉄塊のように重いその言葉は、私の心臓を正面から殴りつけるようだった。
「……復讐を果たすためには、私の血が必要だったということか」
考えればわかることだ。それがどれほど辛いことか。仇となった者の力を借りるなど。
だが、彼はそうせざるを得なかった。力が不完全であったから。
「神の呪いも残酷だよ。どうせなら完璧な形にしてくれたらよかったのに。もちろん秩序が乱れるから許されないんだろうけどさ。……でも、本当に残酷だ。何度奴に呪いを吐いたことか、……んまぁ、もう覚えてないんだけどさ」
諦めの微笑は見ていられなかった。まるで不条理のゴミだめに捨て置かれたかのように痛々しい姿を、どうにかして慰めてあげたかった。
「こんなことでどうなるというわけではないと思うが……すまない」
ただ、謝るしかなかった。
本当にどうにもならないな、とエインは小さく笑った。私は頷く。ある日突然、生きがいとしていた復讐相手が消えた。襲う虚無感と、失せる生存理由。その中で現れた復讐相手の仇。沸き起こる殺意は、並々ならぬものであったに違いない。
でも、とエインは首を振った。
「それでも、いいんだ。確かにお前は俺にとって仇でもあった。でも、それ以上の存在でもあった。お前は、俺の復讐に欠かせない。単なる道具じゃない。仲間だって、本気で思えたんだ。それに――」
エインはそこでふっと言葉を切った。居心地悪そうに目を逸らすエインに、私は首をかしげる。だが、エインは続きを話そうとはしなかった。何かきっと事情があるのだろう。複雑な胸の内を吐き出してくれた。そんな彼に、さらなる追い打ちをかけるような真似はしたくなかった。
「……でも、復讐はついでに過ぎないんだ」
「ついでだと?」
あぁ、と彼は頷き、空を見上げた。弱まった雨、木々と雲の隙間から覗くオルド大火塔は、その火柱を爛々と燃え上がらせている。
「燕尾服の男が言ったのさ。オルド大火塔、その最深部に、すべての呪術を解く鍵が眠っているってな」
「呪術を解く鍵など……」
恐らく、私の眉はひどく馬鹿にしたように垂れさがっていたのだろう。エインは苦笑し、いやいやと手を振るう。
「俺だって信じてるわけじゃねぇよ。とんだ妄言を吐く胡散臭ぇ野郎だと思ったさ。でも、お前が言ったんだぜ? どんな噂にも、根となるものはあるってな」
そう言って燃え盛る火塔を睨むエインの横顔は、いつになく真剣な顔をしていた。そこに宿った覚悟を、笑うわけにはいかない。
私はカクラギのグラスを呷った。
「貴公の目標が人となることにあるならば、いずれ私は貴公も殺してしまうやもしれぬな」
「なに馬鹿なこと言ってんだ。そんときゃ、もう一人の仇を殺してやるまでさ」
エインは共にカクラギのグラスを呷り、そう冗談交じりに言い飛ばした。
彼が人となったとき、私のことを恐れるのだろうか。それとも、変わらず接するのだろうか。前者を想像して、私は震える。あぁ、本当に人はかくも冷たいのだと、そして、血が滾るのだ。殺せと、私に流れた血が告げるのだ。
それが冗談となるか否かは、彼の身にかかっているのだ。
雲間に射す光は、濡れたカクラギをつやつやと照り映えさせた。どうやら雨も上がったらしい。
「そろそろ行こうか」
「俺が言えた口じゃないと思うが、場所は分かるのか?」
「全く呆れも通り越して笑えてくるな。あぁ、場所なら、私の記憶の中にある」
かつてエルヴァーリオと向かった場所。テレーゼの家は、森に住む魔女の家のようだと思った覚えがある。様々なキルヒェが輝くその場所は毒々しく、テレーゼをよく魔女だと疑ったものだ。
「時間が惜しい。早く行こう」
「りょーかい」
奴の真意を測るため。そして、奴を殺すため。
私は虚構の贖罪のブドウを踏みつけ、記憶の糸を辿った。
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