第11話 父のもとへ
森林を抜けた先には、広大な牧草地帯が広がっていた。牛飼いが鳴らす笛の音が牛たちを誘う。その先の段々畑には、つやつやと朝日に照り映える紫のブドウがたわわに実っていた。
その牧歌的な風景には、どこか見覚えがあるような気がした。
「場所的には、ここで間違いないようだ。まるで信じられんがな」
先鋭隊のみを連れてやってくる。それほどここに価値があるように思えないのは、私の眼が曇っているからだろうか。見る限り、ここは村というより集落だ。山から引いた水で拍車を回し、その水で果樹を育て、動物を飼う。一族が集まっているのだろう、赤茶の家屋は水車の側で固まっていた。
ここになにを求め、エルヴァーリオがやってきたのかは分からない。だが、降りてみないことには、きっと何もわからないだろう。
「あまり目立つな、行くぞ」
馬車を森に止め、振り返って見ると、エインは荷台の窓から外を覗いていた。外の様子にか、顔を顰めている。心なしか、顔色が悪いような気がした。
「……どうかしたか?」
彼は「別になんでもないんだけど」と木窓を閉め――そして、逡巡するような間を置き、私をちらりと見た。
「……俺、待っててもいいか?」
あまりにも低く沈んだ声が、耳に響いた。
「大丈夫か? また、具合でも悪いのか?」
「いや、そんなんじゃ、ないんだけどさ」
振り返って見たエインの顔。伏せられたその顔は影に覆われていて、表情まではうかがえない。ただ、揺れる左腕だけが、静かに燃えていた。震えるように、小刻みに。
「……俺、こんなんだからさ。目立つと、お前の邪魔になるだろ?」
両手を広げて含み笑った彼は、そのまま続けた。
「行って来いよ。俺は……ここで待ってるから」
儚げな笑みを湛えて、エインは視線を外へ投げた。
共に外へ出ようか、迷ったが、実行することはなかった。
「……わかった」
御者台を降り、私は村へと向かった。
――エインの歪な横顔と、ぽつぽつと吐き出された言葉。燃ゆる左手を押さえるように、右手で覆い隠す。その唇は震えていた。
その震えは、恐怖によるものであるような気がしたのだ。
そして、あの作ったような陽気な笑みは、口調は、それを隠そうとしているような気さえしたのだ。
「……いや、考えすぎか」
行き過ぎては、推測もいずれは邪推となりうる。
確かに、彼の存在が私たちにとって一番の障害だ。彼の姿容でずいぶんと行動が制限されてしまう。それを十分に理解しての行為だろう。そうに違いない。
すっかりふさがった手の甲の傷を撫でる。私は水路にかけられた石橋を渡り、エインが睨んだのどかな村へ歩んだ。
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