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しつこい。
そう、私たちはしつこい。
でも、誰にでもしつこくしているわけじゃない。むしろ、彼は特別だ。
「メガネ君」
ボクシングジムに向かう途中、彼の後姿を見かけて声をかける。特に私は普段社交的な人間ではない。所謂人見知りだ。だから、彼に声をかけるも本当は未だに一つ勇気が必要な行為だ。
「傘ささないの? 濡れちゃうよ?」
小雨は霧雨になっていて、傘を持ってこなかったので少し制服が雨で湿っていた。と言っても、こういう雨は時間がたてば身体が濡れてしまう。こんな時にどうして彼は傘もささずに歩いているのか。
「いい。ジムまでそんなに距離ないし」
彼は私を振り払い速足になる。通り過ぎる彼を見て心が折れそうになる。そんな時、反対方向から黄色い傘を彼は誰かに差し出されていた。森だった。
「そんな、ビショビショだよ。今から練習でしょ? 一緒に行こう?」
森の明るさにはいつも助けられる。彼は迷惑そうだったが足を止めた。
「ねえ。どうして避けるの?」
そんな彼に森が首を傾げて悲しげな顔をして見つめてている。しばらく無言で彼はまた歩きはじめる。
「そうそう。練習の時も一人で練習しているし、誰ともしゃべらないし、私たちが話しかけてもどっか行ってしまうし」
淡々とそう言ったのは森の隣にいた浜辺だった。浜辺も口下手な私が言いたいことをハッキリ言葉にしてくれる所はいつも助かる。
「いいじゃない。そんなこと。そうそう。メガネ君って、凄いボクシング上手いよね」
追いついた私は話題に乗っかる。
「メガネ君はどこかで格闘技とかしていたの?」
森が肩を叩く。私はできないけど、彼女は彼に対してボディタッチが多い。別に森は男たらしなわけじゃない。むしろ男性経験が少ない方だ。ただ、彼女に聞くと彼は特別なんだという。
特別。
それを言ったら私も同じだ。彼は特別。
「いや、してないけど」
「いいな。私なんて、全然まだまだだよ。今度コツとか教えてもらいたい」
そう言ってきたのは浜辺だ。また彼女が私の言ってみたいことを言葉にしてくれる。
「不思議だね。メガネ君だとこんなに流暢に普通に話しできるね」
あなたも私たちに早く心を開いてほしい。そんな思いでこんなことを口にした。言葉にした瞬間、こんなことを言って良かったのだろうかと少し後悔した。
「私ね、というか、私たちか。男の子って嫌いなんだよね。嫌いっているのは苦手ってていうのかな。特に私」
「そうそう。黒島はいろいろあったもんね」
「うん。小学校の時にバトミントン部で男の子と試合していて、私勝ってしまったことがあったの。そしたら、その子、腹いせに後日腹パンしてきてね」
基本、私は負けず嫌いだ。たぶん、この話をしたのはさっきの発言の意味を悟られたくなくて、素直になれなかったからだ。
「私、恥ずかしいんだけど吐いてしまって、男の子たちが去ってうずくまっているところを土屋に助けられたんだよね」
土屋が少し笑みをみせて黙ってうなずく。土屋はいつもこんな私を見守ってピンチや辛いときにはちゃんと助けれくれてホント助かる。改めて私はこの四人に助けられて生きているなとみんなに心の中で感謝する。
「で?」
「え?」
「で、どうしたの? 誰か先生とかに言った?」
あ、彼が興味を持った。私は興奮を必死で抑えて続ける。
「言わないよ」
「やった男はそのあと謝ってきたの?」
「謝ってこなかったね。どうしたの? 今日はいろいろと聞いてきてくれるね。嬉しい」
嬉しいとつい言葉が出てしまう。
「でも、あの時の腹パン痛かったな。お腹フニフニだったし。だから今は鍛えようと思うんだ。それで殴られてもある程度平気になる」
「落ち込まなかったの? 嫌だなとか。どうしてこんなことされるんだろうとか」
「そりゃあ、少しは凹んだけど土屋が介抱してくれたしね」
私は土屋と顔を合わせる。次に彼を見る。彼はうつむいて何かを考えている様子だった。
「どうしたの? ええ?」
次の瞬間彼は走り出していた。凄い早さだった。もう追いつけないなと諦めた。
「行っちゃった」
悪いことを言ってしまったのか。やはり、あの流暢になるとかと言ったのがまずかったか。私たちはその場に立ち尽くす。
「いい人だよね。きっと」
落ち込もうとしている私に声をかけたのは森だった。
「だね」
浜辺と土屋も頷いて笑顔になる。
「ねえ、ねえ。今度弁当作ってあげようよ。ね?」
森がはしゃぐ。
「いいねえ」
それに他の二人も簡単に載って弁当の具材にていて話に花を咲かせている。
聞いていないから確信はないけど、私たちの彼への思いは一緒の様だった。
しつこい。
今度はしつこくしたい。
今度ってなんだ?
とにかく今はワクワクして嬉しいだけ。それだけだった。
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