11

あの女が流した血を見たとき、彼女も人間なんだと当たり前のことを認識した。

 それは一人で街を歩いていると、側頭部から血を流して歩く彼女を見たときのことだった。

「おい、どうした?」

 聞こえなかったのか彼女は俺に気に求めず無視して足を止めない。

「なあ。大丈夫かよ」

 腕を掴むとそれを無理矢理振り払う。

「しつこい!!」

 しつこい? こっちは声をかけてやっているのにと、キレそうになるが、仲間とは思っていないが俺を助けるために戦ってくれた奴が怪我しているのを放っておくことはできなかった。

「待てこら!」

 叫びながら追いかける。

「どうして無視するんだよ」

「話したくないから」

「はあ? こっちは血を流しているから大丈夫かって聞いているんだよ」

「だから大丈夫」

「とりあえずほら、頭の血を止めろよ」

 ポケットからポケットティッシュを出すと彼女に渡す。彼女は無言でそれを受け取るとやっと足を止める。

「ホント大したことないから」

 血をぬぐう彼女をよく見ると、本当にその頭の怪我はすぐに止血して大したことなさそうだったが、その拭っている手や腕にいくつか傷があるのを見つけた。

「喧嘩か?」

「そうだけど」

「もしかして俺を襲った奴らか?」

「そうかもしれない」

「何人くらいいた?」

「数えていない。てか、どうして構うの? 関係ないでしょ?」

「仲間だろ? そういう言い方するなよ」

 一応と付け足そうとしたが止めた。

「私には仲間なんていない」

「おうおう。そうかよ。声をかけただけ無駄だったな。素直じゃねえな」

 呆れた。呼び止めただけ無駄だった。一緒に話をしてもイラつくだけだった。彼女に背を向けて歩こうとしたとき、後ろから「私はいつだって素直だよ」と言い返される。

「はあ? どこが? 声をかけたのにそうやって突っ返したじゃねえかよ」

「そう」

「そう。じゃなくて。その態度のどこが素直じゃねえんだよ」

 自分で言いながら、自分自身も仲間に負けず嫌いで意地っぱりでそういう態度になることはあるなとふと浮かんだが、そんなことは今関係ないと打ち消す。

「だから、構ってほしくないからそうしたんだよ」

「え?」

「余計なことしなくていいから。しつこいから。私のことなんてどうだっていいでしょ?」

「はあ? どうだっていいなんて、、、、」

「だって、あなたは私に喧嘩が強いから一緒にいてほしいんでしょ? 例えば、私が足の骨折れて動けなくなったら私を捨てるでしょ?」

「それは」

 何も言えなかった。その通りかもしれない。

「だったら、私が怪我しようが関係ないでしょ? それとも、怪我して動けなくなって助けられなくなるかもしれない、その心配? だったらわかる」

「はあ? 馬鹿にしているのか!!」

 これにはキレた。喧嘩で勝てる相手ではないと知っているから、声を荒げて彼女に詰め寄る。その時、身長が十センチ以上低いことを改めて実感する。こいつは女なんだ。そすうると、まともにキレている自分がおかしくなり怒りがすぐに収まった。

「私、人を頼らないし、期待もしないで生きるって決めているの」

 人に頼らないで、期待もしない生き方。否定はできなかった。俺も同じだと思ったからだ。俺も人を利用することはあるが、そいつに頼ったり期待することはない。

「じゃあさ、どうして俺の仲間になろうと思ったんだよ?」

「しつこいから」

「え?」

「仲間にならないと、しつこそうだったから。だから、なってあげた。それだけ」

 なるほど。確かに彼女は素直なのかもしれない。納得はしたが、どこかそう言っている目は悲しく怯えているように見た。

「なあ。お前の好きなことってなんだ?」

「何それ?」

「ほら、ゲームとか、カラオケとか。それは俺だけど。もしかして喧嘩することか?」

「喧嘩はしたくてしているわけじゃない。しつこいからみんな。だから、しているだけ」

 彼女をナンパした時のことを思い出す。彼女は自分から殴ることはしなかった。俺たちがしつこくつけまわしてそれに抵抗した彼女に逆上して殴り合いになった。

「勿体ないな。そんなに強いのに喧嘩している理由がそれなんてな。お前の生きている意味ってなんだ?」

 彼女は沈黙した。手が震えていた。それがさっきに様に無視してそうなっているわけではないとすぐにわかった。

「ないよそんなの。ホントしつこい。みんなしつこい! 私はただ、何事もなく、普通に何も感じずに生きたいだけなのに。どうしてそうさせてくれないの? 」

 叫ぶ彼女を初めて見た。それは怒りというか、やはり怯えとか悲しみがある気がした。どうしてそんな考えをする人間になったんだ。俺も同じ質問をされたら答えられる自信はない。ただ、こんな答え方はしないだろう。

「もういい? 気が済んだ?」

「あ、いや。気が済んだとかじゃなくてさ」

 もしかすると、必要以上に倒れた相手を殴るのはもうそっとしておいてほしいとかそういう願いがあるのか。まさか、でも本気でそう感じさせた。

「もう、これ以上付きまとわないで。お願い」

 そう言った彼女は声が震えて泣いている様だった。どうして泣いているのか。それを確かめるために俺から離れていく彼女を呼び止めて深く追求することが俺にはできないし、その権利は今の俺にはないと思いただ見つめるしかできなかった。

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