10

 襲われたのもあの一回だけで、あれから襲われることもなくなった。

 答案用紙窃盗事件からも数週間が経ち、久しぶりに学校でも行ってやってもいいかなという気分になり制服に着替えた。

 通学路、同じ制服を着た男性生徒が同じ学校の男子生徒四人に囲まれて何やら押されたり蹴られたり殴られたりをしていた。

 その標的にされているクラスメイトは知らない奴だったが、華奢で背も小さくていかにも弱そうな奴だった。標的にするのはいい的だ。

 手ぬるいな。俺だったらもっと派手にやるのに。

 面白そうだから俺も参戦しようと思ったが、教師が通りかかってもめると面倒だから無視してそのまま通り過ぎた。

 学校へ着いて教室に入ると俺は相変わらず一人だった。

 どいつもこいつも俺を腫れ物に触るような眼でチラチラ見ている。前ならばそんなこと気にも止めず、むしろ快感さえ覚えたが、あの事件以来その視線が気になって仕方ない。

「ジロジロ見てんじゃねえよ!」

 耐えきれず吠えた。クラスメイトは一斉に俺から目をそらした。やっぱり学校なんて来なきゃよかった。もう帰ろうかさえ本気で考え始めていた。

 しばらくして菅谷が入ってきた。

 その姿を見て以前のように彼をいじめたいとは思えなかった。すると彼が、教室に着くなり小さく輪なって集まっていたあるクラスメイトの元に歩いていく。

「何だよお前!」

 と、輪になっていた男子生徒が菅谷を突き飛ばす。

 喧嘩か? 面白そうだなと思い、そのやり取りを聞くことにした。

「だから、半田君をいじめるのは止めた方がいいよって言っているんだよ」

「だから、いじめてないし。しかもお前に関係ないし」

「それならいいけど、いじめていたら許さないから」

「何だよ。許さないって。俺らとやる気かよ」

「暴力は嫌いだけど、仕方ないね」

「へえ。面白い。ちょっと来いよ」

 そう言って、グループと菅谷が教室を出ようとする。四対一。しかも、これはボコボコにする気だ。放っておいてもいいがこのままだと菅谷がボコボコにされる。

 馬鹿な奴。頭がおかしい。

 仕方ないとため息を吐いてその集団に声をかける。

「おい。何しているんだよ。俺も入れろよ」

 「あ、ああ、いや。その」

 俺の登場に、四人は俺の顔を見るなり少し戸惑う。

「俺にも関係ないってか?」

「いや、それはないよ。ただ、ちょっといじっていたのを菅谷に注意されたからちょっと頭にきて」

「あ! そっか。朝の!」

 その四人の顔を一人一人よく見ると朝いじめをしていた奴らだった。

「俺も今度仲間に入れてくれよ! な!」

「あ、ああ。今度ね」

「今度っていつだよ」

「わかんない。じゃあな」

 と言って四人は俺と菅谷から逃げるように去っていき、おのおの席に座った。

「何だよ。入れてくれないのかよ」

「おはよう。黒木君」

 何事もなかったかのように笑顔で菅谷が迎える。

「さっき助けてくれたの?」

「いや、いじめ楽しそうだと思ってさ。入れてもらうとしたけどノリ悪いよな」

 半分は本気で半分は嘘だった。菅谷はそのことが気に入らなかったのかわからないが、珍しく真顔になる。

「いじめはいけないよ」

「はあ? どうしてだよ」

「いじめられている子が困るから」

「何いい子ぶっているんだよ。知るかそんなの。いじめられる方が悪い」

「どうして?」

「どうしてって、いじめられる奴が弱かったり、いじめられやすいように仕向けているのが悪いに決まっているからだろ」

「それって、本気で言っている?」

 真顔の彼は少し迫力があった。

「な、なんだよ」

「いいよ。そのうちきっと黒木君にもわかる時が来ると思うし」

 まただ。また俺のことを馬鹿にしている、自分の方が上で見下しているような態度。

「おい! 舐めんじゃねえぞ! また殴られたいのかよ!」

 菅谷の胸ぐらをつかむ。だが、彼は笑顔に戻っていく。

「いいよ。殴ればいいよ。好きなだけ」

 彼は笑顔だったが、目を全く俺から離さずジッと見つめていた。そこには何か信念とか強いモノを感じさせられる。しばらく、俺と菅谷はにらみ合い、根負けしたのは俺の方だった。

「何だよ。殴る気が失せた」

 俺は菅谷を乱暴に突き飛ばすように離した。

「何でお前、いじめているやつなんか助けるの?」

「え? わからないな」

 菅谷は制服を襟を正しながら言う。

「何だよそれ」

「僕は人が笑顔になれることすることが好きなんだと思う」

 「そんな、人のためにしたいってさ、そんなことして面白いのかよ」

「うん」

 面白いのか。確か、俺を助けたときも自分がしたいからしていると言っていた。

「でもな、俺はゲーセンでゲームしたり、喧嘩して勝つ方が全然面白いと思うのはおかしくねえよな!」

「うん。それはそれでいいと思う」

 否定はおろか、肯定してくれちえるのに、急に今の生活が否定された気になった。

「お前とは合わないわ」

 鼻で笑いながら彼からゆっくりと離れた。

 席に座って窓から外を見つめる。今日は雲一つない晴天だった。

 菅谷は変わらず変な奴だが、言われてみれば、菅谷という男もこの天気のように全く迷いや戸惑いなどがない。それに比べて最近の俺はその逆だなとそんな少し彼が羨ましくなっていた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る