20
まさかの雨が降り始めた。
ただ、降り始めたのがもうそろそろ帰ろうかと思っていた夕方ごろなのが不幸中の幸いだった。
「おお、濡れる濡れる」
傘の持っていなかった俺たちは、遊園地の最寄り駅に駆け込んだ。切符を買って電光掲示板を見つめる。
「あ、もうすぐ帰りの電車出ちゃうじゃん。またダッシュだ」
俺の掛け声とともに発車ベルの鳴っていた電車に飛び乗った。
「みんな乗ったか?」
振り返ると五人全員乗っていた。
「ギリギリセーフだったな。てか、そんなに急ぐことあったのか?」
息を切らしながら林が文句を言う。
「いいじゃないか。次待つの面倒だろ?」
彼の言った通り。次を待てば良かった。ただ、それも俺たちの宿命だったとしか言いようがない。だって、この時は俺だって何もわからなかった。わからなければダッシュなんてしなかった。
と、床にノートが落ちているのを見つけ拾い上げる。
ルーツノート。
菅谷のか。しかし、字が違う。おもむろにノートを開いてみる。
1月10日 黒木君たちに呼ばれて誕生日を祝ってもらう
自分の誕生日なんて忘れていた。嬉しい。反面、どうすればいい
かわからない。この人たちなら信じたい。信じたいけど信じるのが
怖い。
1月19日 男子グループに襲われる。もうどれくらいの男を殴ってきたかわか
らないから、誰だか見当もつかない。
殴りたくなかった。もう嫌だった。終わりにしたかった。何も
かも。でも、殴られたら痛かった。人に初めて助けれた。助け
られるのってこんなに暖かいんだって思った。
女性の丸文字だった。横からものすごい勢いでノートを取り上げられる。メガネちゃんが俺を睨んでいた。
「お前か。そんな怒るなよ」
睨んだまま彼女はバックにノートを仕舞う。
可愛い。
そうだ。赤の他人には何もできなくてもまずは近くの彼女から何かできないか。そこからでいいんじゃないのか。
「何? ルーツノート書いているんだ」
菅谷が俺と彼女のやり取りを見ていて話しかける。
「うん」
「ちょっと見せてよ」
彼女のバックからノートを奪うまでの菅谷は素早く彼女自身も簡単に奪われてしまった。
「止めてよ」
訴える彼女を無視して菅谷はノートを捲る。
「あのさ、僕は君のそばにずっといるから」
彼は彼女にノートを返しながら彼女の目を真っすぐに見ながら言う。
「え?」
彼女はキョトンとしていた。
「どんなことがあっても守るし、助けるしそばにいるよ。生まれ変わってもずっと」
「おいおい。だから生まれ変わるのはまだ早いだろ」
また突っ込みを入れながらこの二人は本当に素直に俺の言いたいこと思っていることを口にできると羨ましくも嫉妬も抱く。
言葉にしないと気持ちは伝わらない。
わかっているけど、それはまだ自分には難しそうだ。
「何か雨強くなっているな」
「それに何か電車スピード早くないか?」
浜屋と土井が窓を心配そうに眺める。
「そうだな。よし、お前は電車降りて駅を出たらこれを頭に被れ」
俺は来ていたジャンバーをメガネちゃんに渡す。
「いいよ、こんな」
「遠慮するな。馬鹿」
人に何かするというのは暖かい。
人のことを思う力はとてつもない力になる。
人助けをしたくてしているという菅谷の気持ちが少しだけわかる気がする。
彼女のことを思うと、彼女に何かすると俺はいつも幸せな気持ち包まれている。
「だからいいってば」
彼女は俺のジャンバーを無理矢理返してくる。
「いいんじゃない。俺がやりたいからやるんだ」
その返されたジャンバーを無理矢理渡す。こんな強情で不愛想なお前なんてお前なんて殆どの人間嫌いだ。それだから彼女も必死で自分の居場所を作ってきた。でももうその必要なない。
「ありがとう」
彼女が薄っすらと笑った。
それでいいんだよ。
彼女はしつこいくらいに人に付きまとわれていることをツイていないと言っていた。でも俺はツイている。こうして彼女に出会わせてくれた全てのことはツイている。そして不器用だけど彼女から何かをただ与えたい。与えてみたい。そのチャンスをくれた何かに感謝したい。
「そういえばさ、ずっと聞きたかったんだけど、メガネちゃんの名前教えてほしいんだけど」
「名前?」
「おい、やっぱり変だよ。電車」
浜屋の声がしたと思うと、キーと言う金属音が鳴り響き電車が横に傾く。車内の蛍光灯が点いたり消えたりしている。ドンドン、バシャンという様々なものがぶつかり合う音が聞こえ、乗っていた人がドミノ倒しに倒れて悲鳴を上げていく。辺りが完全に真っ暗になる。何が何だかわからなかった。
目を覚ますと、何かの下敷きになっていた。辺りは薄暗くて良く見えなかったが、ガラス片やら座席が飛び出てそれの下敷きになっている人やらで悲惨な状態になっていた。
痛くないが身体が動かない。
目の前に頭部から血を流して倒れているメガネちゃんがいた。
「おい」
絞り出すように声をかける。彼女は目を覚まさない。
「おい!!」
今度は少し大きな声で呼びかける。彼女は起きなかった。
「まだ、まだ名前聞いていないぞ」
意識が朦朧とする。
「名前」
目の前が真っ暗になる。
どうしてだよ。
やっとこれから始まったのに終わりって。
そう。この時全てが終わったことを悟った。
後々分かったが、俺たちは大きな電車脱線事故に巻き込まれた。
その事実を知ってからもまだ終わりたくないという気持ちは萎えることはなかった。
もう一度、もう一度、あいつとあいつらと一緒に味わいたい。
味わいたい。頼む。頼む。頼む。
誰に対して何回頼み続けただろう。
その時、真っ暗だった世界に一つ時の光が灯った。
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