19
今日は珍しく曇りだった。
菅谷といる日は晴天がお決まりだったが、今日は一日曇りだという。
「あれ? 僕は晴れ男なんだけどな。こんな大事な日に」
菅谷は困ったように頭を掻いた。
「まあ、雨は降らないんだしいいだろう」
大事な日というのは彼が大げさだが、初めて菅谷とメガネちゃんとで遊園地に行く。
ついでに土井たちも一緒に行く予定だっが、三人はまだ姿を現さず、待ち合わせの駅で彼らを待っていた。
「いつもあいつらは遅いんだ。全く」
「いいじゃない。急ぐわけじゃないし」
苛立つ俺を隣のメガネちゃんがなだめる。表情こそ変わらなかったが、今日はスカートを履いていて、こんな服を着るんだと様子が少し違うことに嬉しくなる。
「そうだね。ゆっくり待とうよ。にしても、今日の格好かわいいね」
彼女を見下ろしながら菅谷が俺の感じていたことを口にする。それにしても彼は素直な奴だ。隠し事など彼にはないのだろうなと思う。
そんな俺たちの前を杖を突いた老婆が通り過ぎようとする。次の瞬間、目の前で転倒する。
「あ」
声を出たと思うと、もう菅谷の姿はなくその老婆に駆け寄っていた。俺とメガネちゃんもすかさず駆け寄る。
「ちょっとふらついちゃった。大丈夫よ。ありがとう」
「どこか痛いところはないですか?」
話しかける菅谷を見て彼は誰にも親切で助ける奴なんだなと改めて感じる。そこに余計な欲などはなくただ人に与えることができる人間。
「大丈夫。立てるから」
よろよろとだが、ゆっくり老婆は立ち上がる。
「念のため病院に行きますか?」
「ホント大丈夫だから。ありがとう」
「そうですか、じゃあ気を付けて」
また杖を突いて歩き出した老婆の後姿を三人でしばらく見送った。
「大丈夫かなあ」
ボソッと菅谷がつぶやく。
「菅谷君は親切なんだね。私はできない」
そんな彼の姿を見てメガネちゃんも呟く。
「え? 僕が?」
それに対して不意を突かれたように彼は自分のことを指で指す。
「うん。私はこういう時どうすればいいかわからなくて立っていることしかできなかった。恥ずかしいよ」
「いや、そんな。とっさに身体が動いただけだし、ホント声をかけただけで何もできなかったじゃない?」
「でも、凄いよ。私なんて見つけても観て観ぬふりをするかもしれない。最低」
そんなことはない。と俺は言おうとしたが、以前、同じような場面があって自分が声をかけるのを面倒くさがってあえて無視しようと仲間に言ったことを思い出した。
また過去のことを思い出した。
「最低なんて思わない方がいいよ。最低な人間なんていないし。それに、ちょっとでも後悔したんだとしたら、今度同じような場面があった時に思ったようにすればいい」
「できないな。きっと」
「思考は行動になるよ。大丈夫」
でも、どうしてだろう。どうして菅谷はここまで赤の他人にできるのだろう。さらに、その姿を見て声を上げることしかできなかったのは俺も同じなのに、メガネちゃんはそのことを恥じていることを口に出している。二人ともいい奴だ。
それに比べて俺はダメだ。ダメだと思ってはダメだ。ダメなことばかりだ。
「もし生まれ変わったら、菅谷君みたいな人間になりたい」
「はあ? 生まれ変わったらって、今からそうなれよ」
そこには俺も突っ込む。突っ込みながら、何となく彼女の言っていることに共感できた。とてもじゃないが、いくら改めようとも菅谷のような人間にはなれそうもなかった。
「おお。悪い! 待った?」
そこへ土井たちが歩いてくる。
「すげー待ったよ!」
土井の肩を軽く叩きながら俺は軽くあいさつする。
「全然大丈夫だよ。雨降らないといいけど」
空を見上げる。そう。菅谷の言ったように、せっかくの遊園地へ遊びに行くこの時間だけは雨は降らないで欲しい。
天気予報では確か雨は降らない予報のはずだった。
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