18

結局、俺は彼女に何ができるかわからなかった。

 きっと今まで人のために何かをしてこなかったからだろう。

 今までのそんな自分を後悔したわけではないが、菅谷のように「守りたい」とかすぐに言葉にも出せず、行動もできない自分にもどかしさを感じていた。

 そもそも、どうしてそんなことにもどかしさを感じるのだろうか。

 そんなことをしたって一銭にもならないし、自分には何も有益なことは一つもない。

 みんな、愛のある存在だよ。

 このタイミングでいつか菅谷が言っていた言葉が頭を過る。

 わからないが、とにかく彼女のことが気になって仕方がなかった。

 最近の俺はどこかおかしい。

 朝、待ち合わせの公園で菅谷を待っていた。

 三十分以上待っても彼は一向に姿を見せなかった。彼と早朝練習を始めて数週間になるが、こういうことは初めてだった。携帯電話で呼び出しても応答がない。

 しびれを切らして、公園を離れて彼のいそうなところを走ってみることにした。だが、彼の姿はなかった。川の河川敷まで来て、鉄橋の高架下が目に入る。そこに何人か人影が見えた。目を凝らしてみると、わずかだが菅谷の姿が見え、しかも上半身裸だった。彼の周りにはうちの学校の制服を着た男子が数人が取り囲んでいた。

 とりあえず、そこに近寄ってみる。

 そこには上半身裸で身体中所々に青あざが見える菅谷と、ヘラヘラと笑ういじめをしていたあのグループとあとはいじめられていた生徒がいた。そしていじめられていた奴はあろうことか、カメラで青あざになっている彼をビデオ撮影していた。

「おい! こら!!」

 怒鳴りながら菅谷をこんな目に合わせた奴らを睨みつける。

「菅谷。大丈夫か? こいつらにやられたのか?」

「ああ、大丈夫。大丈夫」

 菅谷は変わらずニタニタしていた。

「大丈夫じゃねえだろ。どいつが一番殴ったんだ? ぶっ殺してやる」

「いやいや。大丈夫だってば」

 どうせこいつのことだ。また殴られても、やり返さなかったんだろう。

「てかよ、お前は何なんだよ。どうしてここで一緒になっているんだよ。しかもビデオ撮影って何だよ」

 俺はビデオを持っているいじめられていた生徒に近づきそいつの肩を強く押す。勢いでそいつは後ろへ倒れていた。

「いや、あの、、、、」

「お前、こいつがお前のこと助けたんだぞ。それでお前の態度がそれか?」

 助けてくれた奴を助けるどころか、いじめたやつらと同盟を組んで一緒になって殴られているのを見ている。こいつは最低だ。

 最低。それは俺もそういうことをしてきたのではないか。

 またそんな考えもしなかった考えが頭を過る。

「だから黒木君。邪魔しないでよ」

 いじめグループの一人が憂鬱そうに顔をしかめる。

「そうだよ。黒木君。この子、グループに入れたんだって。良かったじゃない」

 菅谷が青あざになっている腹を摩りながら笑う。

「良いわけないだろう。お前が良くてもな、お前の友達の俺の気が収まらないんだ!!」

 久しぶりに完全にキレていた。こうなると自分でも自分が収集つかない。

「まずお前からぶっ殺す!」

 と、倒れているいじめられっ子の生徒に殴りかかる。いじめられっ子ということもあって喧嘩は弱すぎた。俺が数発顔面にまともにパンチを食らうと、唇が切れて口の隅から血が流れて抵抗できなくなっていた。

「黒木君。止めよう」

 後ろから菅谷の声が聞こえる。無視してそいつにもう一発殴ろうと拳を握る。

「黒木君!!」

 今度は叫ばれて後ろを振り向く。

「何だよ。菅谷」

「何だよじゃない。暴力はいけないよ」

 菅谷は真顔で俺を睨みつけていた。しばらく俺らはにらみ合う。

「お前は全く変わっているな。全く」

 生徒から離れて辺りを見渡す。するともういじめたクラスメイトの姿はなかった。

「あれ? 奴らは?」

「もう行っちゃったよ」

 菅谷は笑顔に戻り顎で遠くの方を指す。

「マジかよ」

 最低な奴らだなと思ったが、俺も同じことをしたんだと今度は思い出して胸が痛んだ。

そして倒れていたいじめられっ子の方も俺が離れたと思うと一目散に逃げて行った。

「いいのかよ」

「いいって?」

「それでいいのかって言っているの」

「だからいいって何が」

「お前、こんなことされて辛くないのかよ」

「ええ? 辛い? まあ、殴られて痛かったけど、さっきも言った通り、あの子がいじめられなくなって良かったという気持ちの方が強いから」

 呆れる。

 ため息が漏れた。

「とりあえず、服着ろよ。どこだよ」

 近くに落ちていた彼のジャージを見つけて彼に投げる。

「なあ」

「ん?」

「俺、罰当たるかな?」

「罰?」

「ああ、お前のことも散々いじめてきたし、他にも散々いろんな奴を殴ってきた。どんな手を使っても勝てるようにな。だから、これからどんな罰が当たるのかなと思って」

「罰なんか当たらないよ」

「当たらない?」

「地獄ってあるの知っている?」

「ああ、よく死んだ後に行く天国と地獄だろ?」

「うん。あれは、魂の思考が作り出したもので、元の世界に帰った自分の魂が今の黒木君みたいに自分の行いを反省して地獄を作って自分で苦しむんだ」

「う、、、うん」

「現世でも同じ。自分で罪を認めたらその時点で現世の地獄が始まる。自分がやってしまったと反省したことが自分の身の回りにも起こり始める」

「それで何が言いたいんだ?」

「とりあえず、反省は必要だけど、ちょっと反省したら忘れた方がいいよってこと。そしたら、楽しいことを考えていれば何も起こらないから」

 相変わらずわけがわからなかった。だが、少し気持ちが軽くなった。

「じゃあさ、メガネちゃんが私は罰が当たっていると言っていたけどあれは間違っているのか?」

「間違っているね」

 きっぱりと菅谷は即答した。

「あの子はただ起こった出来事に、自分で自分を必要以上に痛みつけて苦しんでいるだけなんだ。前の僕と似ている」

 前の自分と似ている。確かに彼はそう言った。

「だから、僕はあの子が放っておけない。気持ちがわかるからさ」

 なるほど。あのファミレスで急に叫んだ理由が分かった気がした。

「だから、僕は諦めないよ。また告白する」

「それは止めておけ」

 突っ込んでおきながら、真っすぐな彼がやっぱり羨ましかった。そんな彼と一緒にいるとやっぱり外は晴れて晴天だった。今日も晴れたいい日になりそうだった。

 

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