17
「きっと失いたくないものがあったんだよね」
あれから彼女の様子は変わった。
「一人でいることで忘れようとしていたけど、そもそも一人になんてさせてくれなかった」
彼女はよくしゃべるようになった。連日ファミレスで平気で一、二時間話した。それを俺たちは遮ることもなく、茶化すこともなく、ただ黙って真剣に聞いた。
「私ってとことんツイていないというか、日頃の行いが悪いのかな。罰があったっていうの?」
その話を要約すると、元々小学生の頃は友達もいて学校にも通う普通の生活を送っていたそうだ。だが、ある日をきっかけにリーダー格の女子に目をつけられて友達が寄り付かなくなったらしい。それからというものの小、中と友達がいなくなった。それでも学校へは通っていたが、詳しく話してくれなかったが中学校ではいじめられていたらしい。
「で、独りでいるしかなかったんだよな」
一応高校へ進学した彼女は、そこでいじめこそなかったが、クラスメイトに話しかけられても心を開けず、環境に馴染めないまま不登校になったとのことだった。
「あのさ、私の悪い所があったら教えて。治すから」
「全部」
「全部?」
「んなわけないだろう」
ここで俺は初めて茶化す。
「本気で聞いているだけど」
その冗談に彼女は笑わなかった。やはり彼女はいい子だ。
「強いからじゃね?」
土井が真顔で口を開く。
「強いのは嫉妬するだろう。敵にもなるし。そんな奴、早めに潰しておきたいのは普通だろ」
「だから別に、殴りたくて殴ってきたわけじゃない。みんなしつこくするから」
「だからって殴らなくてもいいじゃないか」
「だけど、ホントに止めてほしかったから。放っておいてほしかったから。今だってみんながいつか裏切られるんじゃないかって怖いんだから」
土井は黙り込んだ。
裏切る。
裏切られたら、それまでで他の相手とつるめばいいじゃないか。そういう単純なことではないのだろうか。だが、真剣に訴えている彼女には聞けなかった。
「ネクラだからじゃない? ほら、愛想がないというか、誤解されやすいというか」
浜辺が軽い調子で言う。
「私、暗いかなあ」
「まあ、どちらかといえば。笑わないし。愛想がないというか。ちょっと怖い。それ以外思い浮かばないよ」
確かに笑ったのは、あのボコボコにされた時だけだ。彼女に初めて出会ったあの目は、何か戦わないやられるという衝動に駆られるのかもしれない。だが、今見つめる目はただただ怯えた子猫のような目にしか見えない。
「そっか。じゃあさ、止めてよ」
「何を?」
「今日以降私に関わること」
どうしてそんな極端な考えるになるのだろう。さらに彼女は続ける。
「私は優しくされることに慣れていない。また期待しちゃう。もう期待させないで」
「別に俺は優しくしているつもりはないけど。それに俺たちに何を期待しているんだ?」
「え? それは」
俺の問いかけに彼女は困惑する。
「俺らはつるみたくてつるんでいるんだ。別にお前のことを可哀想だとか、腫れ物に触るつもりで付き合ったつもりはないけど。てか、できないし。てか、これからもしないし」
他の三人も俺の言葉に頷いた。一人を除いて。
「治す必要なんてないよ!!」
突然、俺と向かいに座っていた菅谷が大声を出す。そう、今日は俺たち四人に加えて菅谷も一緒にいた。菅谷と彼女は今日初対面だった。
「そのままで何が悪いんだ。みんなおかしいよ。彼女、凄いいい子じゃないか。そのままでいい。そのままがいい」
その顔は真顔で何か訴える様子だった。
「おい、菅谷。どうした?」
その彼にそっと声をかける。構わず彼は続ける。
「僕は彼女みたいな子を見捨てちゃいけないと思う」
「おい。誰も見捨ててないぞ」
林が冷静に突っ込みを入れる。
「いや、そうやって粗さがしして、おかしいよ」
「いや、おかしいのは今のお前だよ。まあ、いつも変っているけど」
彼がどうして急に熱くなるのかわからなかった。
「彼女は純粋なんだよ。真っすぐなんだよ。それで誰よりも人の愛を欲しがっている」
その言葉は、少し説得力があって胸に響いた。彼女が失いたいくないものはそれなのか。そう考えると、今までの彼女の発言や行動が辻褄が合ってくる気がして不思議だった。
ただ、愛ってなんだ?
「大丈夫。世の中、物事はただ起こっているだけだから。何が起こってもあなたの価値は変わらない。素晴らしいものなんだよ」
よくもそんな恥ずかしい臭いセリフを恥ずかしげもなく言えるなと、半ば感心しながら菅谷を見つめる。
「もう一人じゃないよ。僕がいる。だから僕と付き合おう!!」
辺りが一瞬、変な空気が漂う。
「付き合うって何だ?」
俺は念のため彼に聞く。
「付き合うっているのは、そのままの意味だよ。何言っているんだよ」
「このあと、吉野家に一緒に付き合ってくれとか?」
その意味はわかっているはずだが浜屋がわざと聞いているのは見え見えだった。
「違うよ! 恋人になってくれってことだ!!!」
今までにない大声で周りの客がこちらを向く。
「おい声大きいだろ。、恥ずかしいだろ。わかっているよ。でもな」
彼女の方を向く。彼女は放心状態なのか表情一つ変えず彼の方を見つめている。
「まずは、ほら知り合いからにすれば?」
林が呆れたように菅谷に助言している。
「いや、もう僕は決めたんだ」
ダメだ。彼はなにか自分の世界に入っていて周りの声が聞こえていない。
「で、どうする? メガネちゃん」
俺たちはいっせいに彼女の方を振り向く。
「この人誰?」
とりあえずこの時、菅谷の恋は終わった。
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