16

 あれから、俺たちの間で彼女に対する印象が変わりつつあった。

 あれから、彼女にメールを送っても返信が来なくなっていた。

「おい、メールあったか?」

「いや、来ない」

「そうか」

 聞いてきたのは一番嫌っていたはずの土井だった。

「ぶっちゃけ、あいつも変な奴だよな」

 浜屋も口ではそう言っているが、彼女のことが気になっている様だった。

 きっといい子だよ。

 菅谷が言っていた言葉を思い出す。

 そうなのかもしれない。それは他の三人も感じ始めている。

 だからもっと彼女を知りたい、遊んでみたい。だが、彼女の方から俺らを避けていた。

「あ、あれ」

 日が暮れてすっかり暗くなっていた。商店街から少し離れた公園の前を歩いていると、十人くらいの男集団が公衆便所の前で塊になっているのが見えた。さらに、その公衆便所の壁に寄りかかっている彼女の姿が見える。そして男たちから何発も腹を殴られている。その度、男たちから歓声が沸く。

「おい、おい、おい」

 腹を抑えて苦しそうに蹲る彼女を見つめて、棒立ちになる。その俺たちの心配をよそに羽交い絞めにされて顔や腹を交互に殴られている。

「どうするよ」

「てか、どうしちゃったんだ?」

 どうすることもできなかった。あの集団の中に入れば確実に返り討ちに合う。

 そうこうしているうちに、彼女は殴られ続けてとうとう口から大量に嘔吐していた。むせ返っている彼女に対して爆笑が起こる。

「助けよう」

 俺は何も考えずに言った。

「仕方ないな」

 それに土井も頷いてくれる。

「でもどうする? このまま行ったら返り討ちだぞ」

「そんなのわかってるよ。でも知るかよ!!」

 俺は何も考えずに駆けていた。

 夢中で集団に殴りかかる。

 どれくらい、何発殴ったか殴られたかわからない。

 気づいた時はフラフラになって地面に倒れて袋叩きに合っていた。

 何やっているんだ俺。確実にこうなるのをわかっていたが、自分がとった行動に間違っているとか後悔とかはなかった。

「こら!! 何やっている!」

 遠くから誰かの声がするのが聞こえる。

 暴行が止まり、周囲が慌ただしくなると一斉に走り出す音が聞こえる。

 目を開けると集団は姿を消していた。

 数メートル先には倒れている土井と浜屋がいた。

「黒木。無茶しやがって。らしくないぞ」

 しゃがんで林が声をかける。

「奴らは?」

「逃げたよ。俺が呼んだ警察が追っている」

「警察!?]

「大丈夫だよ。お前らは一方的に暴行を受けていることにしたから。てか、実際そうだったしな」

 機転を利かせて彼は一緒には戦わず警察を呼んでくれていた。冷静な林らしいいい判断だった。もしそれがなければ今頃どうなっているかわからなかった。

「あ、メガネちゃんは?」

 俺は公衆トイレの前で倒れている彼女を見るなり駆け寄る。身体中が痛みが走る。

「おい、大丈夫か?」

「あ、うん」

 声かけに反応した彼女だったが、頬を膨らませたかと思うとその場にまた嘔吐した。

むせ返り、空嘔吐を繰り返している。吐しゃ物が俺の腕に少しかかる。

「おい、大丈夫か?」

「汚い」

「え? 汚い?」

「かかっちゃった。ごめん」

「馬鹿! そんなことどうだっていいんだよ!」

 怒鳴った。腕にかかった吐しゃ物などどうでもよかった。

「どうしてこんなことになったの?」

「はあ? それはこっちのセリフだよ。どうしていつもみたいにやり返さなかったんだよ。お前なら、普通に返り討ちにできるような奴らだろ?」

 その問いに彼女は笑う。彼女が笑ったのは初めて見た。顔は殴られて腫れてメガネもずれて散々な顔だったが何故か綺麗だなとこの状況で頭を過る。

「何笑っているんだよ。馬鹿」

「わかんなくなっちゃった」

「何?」

「わかんなくなっちゃったんだよ。どうして殴るのか。どうして生きているのか」

 なんだそれ。答えになっていない。

「わけわかんねえよ」

「でも、でも怖かった。死んじゃうかと思った」

 彼女の顔は徐々に眉間にしわが寄り、口は半開きになって目には涙が溢れてきた。

「まだ死にたくない。死にたくないよ」

「馬鹿。死ぬかよ」

 とっさに抱きしめていた。やはり細い。女だ。人間だ。しかもとびきりに弱い。

 何を考えているのかわからない。わけがわからない。そんな彼女を守りたい。そんな思いが心の底からあふれ出てきて止まらなかった。

 そんな彼女の足元を見る。その足にはあの新品のスニーカーを履かれていた。

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