13

らしくない。

数カ月のうちに自分より強い奴を二人も認めるなんてらしくない。

こんないいいこちゃんぶっている奴とつるんでいる俺はらしくない。

朝、太陽が昇り始めた頃にランニングをしている俺もらしくない。

それを清々しく気持ちよくさえ感じ始めている俺もらしくない。

らしくないことばかりだ。

って俺らしいってなんだ?

 「なあ、お前って前からそんなキャラだったっけ?」

 ジャージ姿で颯爽と走る菅谷に話しかける。

「僕は前から変わらないと思うけど、むしろ、黒木君が前からそうだったけ?」

 その通りだ。今着ているタンスに仕舞きりだったジャージが少しかび臭い。おまけに息も切れもするほど走っている。

「いつも走っているのか?」

「いや、週に三回くらい」

 お前の強さを知りたいという会話から、流れで早朝ランニングを一緒にする羽目になったが、思った以上にキツい。もう五キロくらいは走っただろうか。あと何キロ走るのか。

「キツい? 休む?」

「休憩? するわけないだろう。馬鹿」

 菅谷は俺より強い。ただ、この小柄で華奢な身体で強いのは何か秘密があるはずだ。それを知れば体格で恵まれている俺の方が強くなるに決まっている。そう信じたくてこいつの朝練に付き合っている俺は、まだあのこいつの強さをまぐれとか認めたくないのかもしれなかった。

「そう? それにしてもこうして黒木君と走れるなんて嬉しいなあ」

「ホントに言っているのか? ホントは俺にビビッて断れなかったんじゃないのか?」

「ビビる? どうして?」

「どうしてって、俺は、、、その、、、」

 もし断ったら集団で襲うかもしれないと言いかけたが、俺の呼びかけに乗ってくれる奴らはいない。本当に今の俺には何もない。

「僕は黒木君とこうして走れる日が来るなんて思いもしなかったな」

「俺もだよ。。じゃあどうして俺の誘いに簡単に乗るんだよ。しいつこそうだからか?」

「しつこい? 黒木君しつこいの?」

「し、しつこくねえよ。だって、普通に考えていじめていた奴の誘いなんて受けるかよ」

 しつこい。あの女にそう言われて以来、もしかして自分はそうではないかと気になっていた。

「普通そうなの?」

「そうだろ。危害を与えるかもしれないんだぞ?」

「でも、誘われたし、実際に今のところ危害を与えられていなし。てか危害って、自分が危害って感じたから、、、」

「もういいや。お前と話していると頭がおかしくなる」

 もうとっくにおかしくなっているが。様々な偶然が良くも悪くも今この俺をここに呼んでいる。

「で、そのお前が強いのはどうしてだよ。いい加減教えろよ」

「だから強くないってば」

「まだそんなこと言うか」

「参ったなあ。殴り方はボクシングジム通っているからそこで習っているけど」

「ボクシングしているのか。じゃあ、それを教えろよ」

「え?」

「教えろって言っているんだよ」

「いいけど、あ、そしたら、そこの公園でシャドウでもしようか」

 菅谷につれられるがままに公園に入りベンチの前で止まると、奴は両手を顔の前まで持っていき、腰を猫背にしてみせる。

「こうして脇をしめてジャブ」

 菅谷の一気に雰囲気が変わる。素早い左のパンチ。それが何回も繰り返される。

「そしてストレート」

 次に右のパンチ素早い上に食らえば一発で倒せそうな強烈な一発だった。

「お前さ、どうしてそんな強いのにそれを自分のために使わないんだよ」

「身を守るのには一応使えるんじゃないかと思うけど。あとは、あまり使いたくないけど、人助けのために戦うこともできるし」

「そういう使いじゃなくてさ、何て言うんだろ。喧嘩をして相手に勝つ為に使うとかさ」

「それって面白いの?」

「え?」

 言葉に詰まる。あの女もそうだ。強いのに、その強さを真っ当に使おうとしない。

「勝ったら優越感とかないのか?」

「ないね。そんなの」

 きっぱり言い捨てた。その顔には笑顔はなかった。さらに続けた。

「むしろ、罪悪感とか、もっと他の方法はなかったのかと後悔する。だから喧嘩はしたくない」

「じゃあさ、お前が好きな人助けをしたら優越感が得られるのか?」

「優越感とは違うかもしれないけど、良かったなとは思うね」

 菅谷は笑顔に戻る。

「よくわからないが、俺の知り合いに変な女がいてさ、そいつも喧嘩が強くて、でも凄い怯えた悲しい目をして、ホントは喧嘩をしたくないと言ったんだよな。どうしてだろうな」

「へえ。会ってみたことないけどその通りなんじゃないかな」

「え?」

「怖いから戦う。でも戦いたくない」

「はあ? そいつ女だけどメチャクチャ強いんだぞ。もしかしたらお前より強いかも」

「へえ。あ、その子にルーツノート作るように薦めたらどうだろう」

 そう言って、菅谷は背負っていたリュックからから前に窓から捨てたノートを取り出す。

「それいつも持ち歩いているのか?」

「うん。急に思いつくこともあるから」

「って何を書ていいるんだ?」

「これは身の回りで起こったことで印象的なことを書いて、それに対して思ったこと、どうしたかったかを書く」

「見せてみろよ」

11月10日 黒木君が久しぶりに登校して彼に殴られる。

     痛かったけど、楽しそうな彼を見るとこれも悪くない     のかなと思う。

11月23日 黒木君が久しぶりに登校して水をかけられて、鞄の     中身を窓の外に投げ捨てられる。財布からお金を取ら     れる。

     お金を取られたのは痛かったが、濡れた服が乾        くと同じで、お金もまた入ってくる。

     彼がそれで喜んでいればそれでいい。

     あと、その日黒木君がテスト答案を窃盗したと疑われ     る。彼はやっていないと言っている。ならば助けない     と。どうすればいいだろう。

「バカバカしいこと書いているな」

 本当に菅谷はこんなふうに思ったのだろうか。出来事に対して、自分だったら考えられないことばかりだった。お人よしすぎる。それが正直な感想だった。

「でもこれいいんだよ。自分の生きる意味がわかってくる」

「ホントかよ? ただ出来事に対しての小学生の感想じゃないか」

「出来事はあらかじめ設定してきた宿命みたいなもの。それにどう思うかは自分がアレンジしていける。これが運命」

「また変なこと言い始めたか」

「その宿命も自分が生まれる前に設定してきたみたいなんだけど、それを忘れているんだってさ」

「そんな変なこと、自分で考えたのか?」

「いや、ジムの会長がこのノートとこの世の仕組みを教えてくれた」

「ふーん。で、お前はみんなを笑顔にするために生まれてきたという結論になったわけだな」

「そうなるね」

 納得できないし、土井たちにこんなことを話したら絶対に馬鹿にされる内容だった。

「きっとその子も、わからないんだと思う。自分がどうすればいいのか。ホントはこの世は何も怖がらなくていいのに、可哀想に考えすぎたんだね。いい子なんだね」

 いい子。あの女の冷徹な戦い方を知らないから言えるんだ。あいつはいい奴ではない。それは自信をもって言える。

「黒木君も書いてみれば?」

「俺はいいや」

 そんなの持っているのを見つかったらどこかの新興宗教にはまっていると思われるに違いない。それに、彼の言っていることがやはりイマイチ理解に苦しんだ。

「そうだね。黒木君は迷いなんかなさそうだもんね」

「ば、馬鹿。それは俺にだってあるよ」

「え? そうなの? 例えば?」

「例えば、、、学校で仲間がいないこととか」

「ああ、そうなんだ。じゃあ、僕が友達になるよ」

「え?」

「僕じゃ不満?」

「いや、そうじゃないけど」

「じゃあそれで問題解決。あとは?」

「あと? そんなすぐに思いつくかよ!!」

 心地よい。

 こうして菅谷といることが妙に心地よくなってきた。そしてやはり天気は晴れ。

 こういう男を本当の晴れ男と言うのかもしれない


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