8

 土井たち三人と会ったのは、あの夜から一週間経った頃だった。

 商店街を一人で歩いていると、三人がファミレスから出てくるところだった。

「黒木、お前どうするんだよ?」

 会うなり、三人は一斉に俺へ眉間にしわを寄せる。

「どうするって、どうした」

「どうしたじゃねえよ。自分から逃げておいて」

 林が俺を睨みつける。

「いや、仕方ないじゃねえかよ。あんなふうになったら確実にやられるし」

「でもさ、仲間がやられているのを普通見捨てるか?」

 浜屋は首を傾げる。

「う、うるせいなあ。みんな逃げたと思ったんだよ」

「嘘だろ? じゃなかったらどうして今まで俺たちと会わなかったんだよ? どうせ、会うと逃げたことを責められるとか思ったんだろ?」

 土井は舌打ちする。あの時はいや、言われるまで仲間のことなど考えていなかった。自分が逃げることで背一杯だった。

「じゃ、じゃあお前らは俺の立場だったらどうするんだよ」

 苦し紛れに聞くと三人は黙り込む。

「ほら、そうだろ?」

「確かに、あの女だったら俺もそうするかも」

 そう切り出した林は顔が青ざめている気がした。

「確かに、俺もホント死ぬかと思ったし」

「てか、どうしてあんなに強いんだよ」

「あれはヤバいよな。女、いや人間じゃないというか」

 口々にあの女のことを語りだす三人は、さっきまでの勢いは消えて暗い何かが覆っている様だった。こんなことは勿論初めてだ。

「おいおい。少し大げさじゃないか?」

「いや、あの女はヤバイ」

「あの目は普通じゃないな」

「もう俺、会いたくないもん」

 負けを認めるわけではないが、俺ももう復讐とかは考えていない。だが、三人のこの怯え方は異常だった。

「それよりもさ、どうするんだよ」

 土井が話を戻す。

「だから何だって言うんだよ」

「あの一件で、俺たちがかき集めたメンツが全員やられて、それで真っ先に逃げたお前へ恨みを持つ奴らがいるみたいだぜ。最近、道で絡まれたりしなかったか?」

「いや、そんなことはなかった」

 最近は学校へ行っていたからだろうか、それが幸いしたかもしれない。事態はそんなことになっているとは知らず、随分暢気なものだった。

「怒るってどのくらいだ?」

「そんな悠長なこと言っている場合じゃないぞ。きっと近いうちに確実に襲われるぞ」

 浜屋は深刻そうな顔でそう言った。

「そう言われてもどうすれば、、、」

 生きてきた中で最大のピンチかもしれない。こんな時どうすればいいだろうか。動揺が隠せなかった。

「本当は俺らもとばっちり合うのイヤだからさ、会うのしばらくやめようかと思ったけどな」

「でも、今日偶然会っちまったしな」

「会って無視するのもって感じだよな」

「おいおい、お前らそんなこと言うなよ。友達だろう?」

「都合のいい時だけそう言うんじゃねえよ。逃げた癖に」

 土井が冷たく突き放す。

「わかったよ。お前らには頼らねえよ。そうすると」

 そうすると、ふと俺の頭に思い浮かんだのは一つしかなかった。

「メガネ女を仲間にしないか?」


 当然、三人とも反対だった。

 しかし、事は急を要した。それしかなかった。他に思い浮かばなかった。

 俺たちは夜になるまで待ち、その住宅街への道路へと足を進めた。

「おい、ホントにやるのかよ」

 そう聞いた林は目が左右に揺れて動揺していた。

「ああ、うまく行くかわからないがな」

 と、前方からジャージ姿のあの女がやってくる。

「あ、あいつだ」

 浜屋が後ろへ後退する。その声は震えていた。

「だから、俺は嫌だって言ったんだ。あの時、気絶した男を起き上がらせて何度も。。。」

 土井が言いかけて止まった。女がこちらに気づき足を止めてジッと見つめていたからだ。

 動かない三人を観つつ、俺は前進していく。

「おい、やっぱやめようぜ!」

 林の叫び声が後ろから聞こえたが足を止めることなく女に近づいた。

 女の前に立つと棒立ちになり思考が停止した。

 変わらない目つき。俺だってこの女がヤバイと思ったら逃げたんだ。

「何?」

 女から声をかけられビクつく。それにナンパして断られた手前、襲撃した手前、どうやって話を切り出せばいいかわからない。

「あ、あの、こんばんは」

 何を挨拶しているんだ。もうメチャクチャだ。

「こんばんは」

 それに対し、女もあいさつで返してくる。

「えっと、こないだはどうも、その、悪かったよ」

 とりあえず、謝っておこうと思った。ボコボコにされて悪かったというのは不本意だが仕方がない。

「で?」

 また言葉が出てこない。女は表情を変えずジッと俺を見つめたままだ。

「頼みがあってさ」

「何?」

「俺の仲間になってくれないか?」

 ストレートに聞くほか考えられなかった。おかしいのはわかっていたが、それしかなかった。

「うん」

 それに対しての女の答えだった。

「うん? というのは、どういうことでしょうか」

 なぜか敬語になる。

「別に、いいけど」

「いいっていうのは、つまりは」

「しつこい。で、どうすればいいの?」

 

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