5

 調べた情報によると、女は少し有名な人物だったらしい。

 外見と女ということとは裏腹にこの辺のヤンキーと数度衝突し喧嘩で負けたことがなく、しかも秒殺で倒すとのことだった。

「なあ、何かの流派の達人かな?」

「知るかよ」

「でも、さすがに今度は大丈夫だろう」

 それもそのはずだった。今回は俺たち四人に加えてそれぞれの知り合いを六人かき集め計十人で女の元へ向かっていた。

「ホントに出るんだろうな?」

「大丈夫。俺もここ何日か尾行して確かめたから」

 俺は疑心暗鬼だった。

 時刻は夜の十時を過ぎていた。果たしてこんな夜更けに出歩いているのか疑問だったが、浜屋の情報によると毎回この時間になると、以前俺たちが倒された住宅街付近で出没するとのことだった。

「にしても、凄いメンツだな」

 かき集めたやつらを見るとどれも素行の悪そうな男ばかりだった。金属バットを持っている奴もいる。

「これでやられたらどうしようもないな」

「やられるわけないだろう馬鹿」

 土井にそう言われ、啖呵を切ったが、あの倒されたことが頭をよぎる。だが、このまま引き下がるわけにはいかない。あれだけ打ちのめされてやり返さないわけにはいかない。

「お、来たみたいだぞ」

 数メートル先から歩いてくるのは、明らかにあの女だった。今日は黒のジャンバーを着て少し身なりが違う。

 俺たちはゆっくりと女に近づき周りを取り囲む。

「この前はよくもやってくれたな」

 俺から切り出したが、変わらず微動だにせず俺の方をあの目で見つめる。

「謝るなら今のうちだぞ」

「まあ、謝ってもボコボコにするのは決定しているけどな。でも、手加減してやるよ」

 浜屋のセリフに周りの男たちが一斉に笑う。

「全く」

 それに対し女は確かにため息を吐く。

「おい、お前、今ため息吐いただろ?」

 俺が女に近づき睨みつける。

「しつこい」

「しつこいだと!? こら!」

 隣にいた林が珍しく吠える。普段は俺たちについていくだけであまり声を上がげない彼だったが、前回のことがよっぽど悔しかったのだろう。

「しつこいモノはしつこいんだよ」

 負けじと女は目を開いて眼力を飛ばす。それに少し俺も身体が引ける。このままやりあったらまた負ける。直感でそう思った。だが、今回は助っ人もいて武装もしている奴らもいる。負けるはずがない。すぐにそう自分に言い聞かせる。

「今度は手加減しねえぞ!!」

 俺は不意打ちで女に殴りかかる。しかし、一瞬姿が見えないかと思うと鳩尾のあたりに意識が遠のくような激痛が走りその場に膝をついた。

 まただ。やはりコイツには敵わない。

 そう直感が言っている気がした。

 俺が呼吸が上手くできず苦しみに耐えうずくまっている間、男たちの怒鳴り声が聞こえる。バッドが地面に打ち付けられる音、拳が肉とぶつかる音。事態はどうなっているのか。

 変わらず呼吸ができない中、無理矢理頭を上に挙げる。そこには思いもよらぬ光景が広がっていた。俺が倒れているわずか数分で男たちが五人その場に俺と同じように蹲っていたり失神して倒れている。残された男たちも懸命に女に一発食らわそうと攻撃を加えているが、その攻撃はことごとく避けられまた一人彼女の一撃で地面に倒れていた。

 ヤバい。

 このままだと全滅して意識のある俺は女に止めの一撃を打たれる。

 気が付いた時は駆けだしていた。さっきほどまで動けなかったはずの身体なのに、止まることなく振り返ることなく走っていた。走る以外何も考えなかった。

 変わらず、人と人とが殴りあう音とそれに紛れて悲鳴のような声が聞こえた気がする。気に止めず走り続ける。

 繁華街に出たところで足を止めて後ろを振り向く。誰も付いてこなかった。急にまた激痛に襲われて人目もはばからずその場に倒れる。呼吸が落ち着かない。口が開いたままになっている。

 こんな経験は勿論初めてだった。不思議と悔しさや苛立ちはもうなかった。それと引き換えに、安堵感が俺を包んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る