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教室に入ると静まり返って、久しぶりに学校へ来た俺へ視線が送られる。
毎回の反応だ。
どういうつもりでそういうことになっているのかわからないが、特別気にならず、その教室の中を歩いて自分の席に座る。
また入る前のように会話がチラホラとはじまる。
どいつもこいつも優等性ばかりでつまらない。クラスメイトとは一人を除いて会話を殆どしたことなどなかった。特別仲良くしたいとは思わなかった。そう一人を除いてだ。そしてその一人が教室の扉を開けて入ってくる。
菅谷の姿を確認すると俺はゆっくりと彼の方へと歩く。
「久しぶり」
あいさつ代わりに彼の尻に少し強めの蹴りを入れる。
「お、おはよう」
菅谷は前のめりによろけて床に手を付くと振り向きざまに挨拶してくる。
「今日も頼むぜ。この学校で面白いことお前をいじるしかないからさ」
「ええ? そうなの?」
起き上がりながら彼はニコニコと笑う。コイツも俺に対して初対面からビビッていなかった。
だが、コイツの場合は馬鹿なだけだ。
菅谷は高校へ入った時からのたまに学校へ来た時のおもちゃだ。殴っても蹴ってもヘラヘラしているし、金をカツアゲしても嫌顔一つしない。格好の遊び相手だ。
「お、宿題なんかでているんだ」
彼の鞄を勝手に物色して宿題らしきプリントを取り出す。
「そうだよ。良かったら映す?」
菅谷は馬鹿なくせに勉強ができる。そこだけはいけ好かなかった。その場でそのプリントをビリビリに破く。
「あ」
さすがの彼もこれには笑顔が凍りついた。その顔が見たい。何人かが俺の方を見つめる視線が少し気になった。
「何だよ」
周りを見渡すように睨みつける。数人が俺から顔をそむける。それでいい。臆病者は黙ってろ。
「ああ、これは修復不可能だ」
そんな余計なことしていると、破いたプリントの破片を拾いながら菅谷は笑顔が戻っていた。
「馬鹿は死んでも治らないな。でも面白!」
拾っている彼の背中を思い切り蹴とばした。その反動で近くの机に彼が激突する。そこにいた女子生徒が悲鳴のような声を上げる。今度はそんなものは無視した。
「ちょっと今のは痛かったな」
菅谷はそれでも起き上がり笑顔を絶やさなかった。変な奴。
「あれ? よく見たら目の下青くなっている。殴られたの? 大丈夫?」
嫌なことを思い出させやがる。菅谷と一緒。俺にビビらない奴。あんな経験初めてだった。俺は生まれて物心ついたときから負ける戦いはしない。喧嘩するときは相手の強さを分析して絶対に勝てると確信してから戦う。それがあの日は、女ということで完全に油断していた。
「他に怪我していない? 良かったら手当てしてあげようか? って絆創膏しかないから、保健室に…」
今度は思い切り彼の顔面を殴りつけた。よろけて別の机に倒れる。さっきより大きい悲鳴が教室に木霊する。いつしか教室は静まり返っていた。
「おい、立てよ菅谷!!」
倒れている彼の制服の襟を掴み無理やり立たせようとする。
あれは油断していたんだ。負けたんじゃない。現にほとんどあの時の記憶はない。夢だったんじゃないかとさえ思う。
だが、今腹が立っているのは現実だった。
教室が騒ぎ出す。「もう止めてとか」「先生呼んでくる」などという声が聞こえた気がした。構わず拳を作り振り上げる。
「おい! 何している!!」
そこへ駆けつけたと思われるジャージ姿の男子教師が息を切らしながら教室へ入ってくる。
「こら! 何しているって言っているんだ!!」
俺の姿を見るなり、教師が俺の方に怒鳴りながら向かってくる。
「別に」
ここで教師と戦っても面倒だから、菅谷を掴んでいた離して何事もなかったかのようにその場から去っていく。
「おい、大丈夫か? 殴られたのか?」
「はい、僕は大丈夫です。ちょっとプロレスごっこが白熱しちゃって」
そう言って、菅谷はゆっくりと立ち上がる。そんな彼の目の下は俺と同じように少し青くなっていた。
「……ホントか? 何かあったら言うんだぞ。おい、黒木! 今度こんな暴行を見かけたら即退学だからな!!」
「うるせえなあ。菅谷なんて何やったってヘラヘラしているんだからどうだっていいじゃないか」
自分の椅子に乱暴に座りながら舌打ちをする。
「あ!? 何か言ったか⁉」
「うるせえ!! わかったて言っているだろ!!」
「何だその態度は!」
そこへ朝のホームルームを開始を告げるチャイムが鳴り響く。
「黒木! あとで職員室こい!」
そう言って教師は教室から出て行った。
「行くか馬鹿!!」
それに対して隣の机にあったクラスメイトの筆箱を手に取って教室のドアに向かって投げつけた。
「ストライク!」
見事ドアに当たった筆箱はガシャンと音を立てて中身が飛び散っていた。また数人のクラスメイトが悲鳴を上げる。
「うるせんだよ! いちいちキャーキャー」
いい加減目障りになったので、悲鳴を上げたクラスメイトに向かって怒鳴りつけてやった。それから静まり返った状態で机を治しはじめて、担任の教師が教室に入り授業が始まった。ホームルーム中、うつむいて泣いている女子生徒もいた。
その光景を見つめていてつくづくこのクラスメイトと学校はつまらないと思った。ここには俺の居場所はない。
退学しようかなとふと思ったが、将来のことを考えるのもそのうち面倒になり、そこからずっと俺は机に突っ伏して居眠りして一日を過ごしていた。
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