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道を歩いていると目の前で杖を突いて歩いていた老婆が転んだ。

あ、転んだ。とは思ったが、それ以外は何も思わなった。

「やば、助けないとまずいかな」

 そう言ったのは土井。

「でもさ、助けると救急車とか呼ばないといけないとか面倒だし」

「そうそう。放っておこう」

 通り過ぎようとすると俺たちの横を中年の女性がサッと駆けていきその老婆に声をかけた。老婆は額から血を流していた。

「ほら、声をかけなくて正解だっだだろ?」

 その姿を見て、もし声をかけていたら浜屋が言った通り面倒なことになっていたかもしれないと思う。

「転んで迷惑かけるくらいなら歩かなきゃいいのに。そもそも、人に迷惑をかけそうな人間なんか死ねばいいのに。そうすればいちいち助ける助けないかなんて迷わなくて済むしさ」

「言えてる」

 俺の言っていることにケタケタ笑いながら二人も同意してくれた。

「てか、土井みたいに助けなきゃっていうやつがいるからそういう迷惑な奴らが何も考えずに歩くんだろ?」

「へへ、悪い」

 それからいつも通りゲームセンターに入ってしばらく遊んでいたら腹が減って、とりあえず店の外へ出た。時刻は十二時を回っていた。

学校に行かない時はだいたい浜屋、土井と三人でゲームセンターかカラオケにいて、腹が減ったらファーストフード店に行く。そんな一日の使い方をすることが多い。

 そんな日に俺たちは彼女と出会った。

 商店街を歩いていると、前から私服の女子高生らしき女子が近づいてくる。ポニーテルに大きめの黒いフレームのメガネ、華奢な身体つきでこの時間私服でその服装もどこのメーカーだからわからないダサいパーカーを着ている。この時間その格好で歩いていることから、これは不登校か何かだなとすぐにわかった。

「なあ。昼飯前に今日もやってみるか」

 そして、これだと思ったターゲットが見つかった時はこうしてナンパをする。

「ねえ。もしかして不登校でしょ?」

 俺は何のためらいもなく彼女に話しかける。彼女は無視して歩き続ける。

「無視しないでよ。ねえ。ちょっと時間ない?」

 それでも足を止めることはない。いつもこんな感じだ。特にこの手の大人し気なネクラ女子は口説くのに時間がかかる。

「はいストップ」

 こういう時は前に立って行く手を遮るのに限る。ここで多くの女子が嫌そうな顔で俯くが、彼女は目をそらすことなく真顔でジッと目つめていた。睨むでもない冷たい瞳は今までになく少しビビらせた。

「おい、このパーカ―どこのメーカー?」

 浜屋がいつものように調子に乗って彼女のパーカーを触りながら茶化す。何かいつもと違う雰囲気を持つ彼女にちょっと待てと俺は言い出しそうになる。

「俺らはちょっとお話しないと言っているだけなの。別に乱暴なことしないよ」

土井が彼女に優しく語り掛ける。しかしその目は下心があるイヤらしい顔だ。

「俺たち悪い奴らじゃないからさ。学校行かないのは同じだよ」

「そう奢るから。ね、頼むよ」

 呆然としている俺の代わりに二人が口説いている。それに対し、彼女は顔色一つ変えず微動だにしない。

 「おい、黒木。どうしたんだ?」

 静止して様子がおかしい俺に浜屋が話しかける。

「何でもない。ほら行こうぜ」

 気持を悟られたくないと思い、無理やりに彼女の腕を取って連れて行こうとする形をとる。それを彼女はすぐさま勢いよく振り払う。

「おおお」

 浜屋はその姿を観て、大げさに声を出していたが、振り払われた俺はその華奢な身体に似つかない力強い振り払い方にまた驚かされていた。

「気持ち悪! 変な髪型して」

 ボソッとだが彼女は確かにそう言ったのが聞こえた。

「おい、今なんつった!!」

 自分でも言うが俺は短気だ。ちょっとしたことでも頭に血が昇る。

 彼女はそんな俺にも何も答えずに真顔のまま微動だにしない。

「おい、こら!!」

 パーカーの右肩らへんを鷲掴みにして自分の方へ近づけさせようとする。

「調子に、、、」

 と、また彼女は勢いよくその手を振り払う。そして、表情一つ変えない。

「何だおい!!」

 その態度に完全に頭にきて俺は拳を作った。

「おい、黒木。みんな見ている。ここではまずい」

 土井に止められて辺りを見渡すと声を荒げたからか数人がこちらを怪訝そうな顔をしてみながら通り過ぎているのが見えた。

「わかっているよ!」

 俺は乱暴に吐き捨てて握っていた手を緩める。

「このネクラメガネが! 」

「うるさい、チンピラ」

 彼女はそう囁いて俺に肩をぶつけながらその場を去ろうとする。

「この野郎!!」

 完全に我を失った俺は拳を作って追いかけて後ろから彼女に殴りかかろうとする。

「止めろって」

「ここはまずいって。我慢しろ」

 そんな俺を二人が必死で止めて抑え込んだ。そんな俺たちに立ち止まることもなく彼女は離れていく。

 その少女をあの時の俺は姿が見えなくなるまでずっと睨み続けていた。

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