第2話
外は真昼間、茹だるような暑さである。
生ぬるい風をかき分けて僕は馴染みの駄菓子屋の前まで自転車を飛ばした。目当ては勿論、店先にどどんと置かれたアイスのショーケースだ。
ヨーグルト風味のサクサク系棒アイスも良い。はたまたカップ系にして、河川敷まで戻って食うも良かろう。またまたミルク味のアイスキャンディも捨てがたいし、ソーダ味のザクザクしたアイスキャンディも捨てがたい。せっかくだから二つ買っても良いのだが、一人で食べると溶けてしまうので買えるのは一つだけだ。
うんと悩んでから、僕はチューブ型のシャーベットアイスを一本買うことにした。ついでにりんご風味のラムネも一本、更についでにスーパーボールのくじまで引いた。これだけやっても五百円玉でお釣りが返ってくるのだから駄菓子屋様様である。きらきらとした糸引き飴、心躍る小ぶりのお菓子たち、壁に誇らしげに飾られたくじの商品たち。おまけにどれもこれもが子供のお小遣いでも太刀打ちできてしまう単価の安さなのだから、ついついあれもこれもと買ってしまう。
僕が引き当てたのは、少し大きめのスーパーボールだった。深い紺色に緑やピンクの星型のラメがたっぷりと入っていて、まるで銀河のようで、僕は気に入った。
良いおもちゃも手に入れたし、それでは待望のご褒美アイスを……なんて齧りかけた時、ふと目の端に見知った顔が映った。
「あれ、志麻じゃん。コウジンに捕まってた割には早かったな」
つい声をかければ、ポニーテールが大きく跳ねて止まった。止まって、僕の手元をまじまじと見つめる。
「あれ、嶋、まだ帰ってなかったの?」
「まーな」
「チューブアイスじゃん、半分頂戴よ」
当たり前のように振り返るなり、手を差し出してくるのだから流石である。
「お前なあ」
「良いじゃん良いじゃん。シマシマのよしみでさ」
「意味わかんね」
言いながらも、仕方がない、僕は良い奴なのだ。チューブアイスをポッキン、と半分こに折って押しつけた。
「何味?」
「見たまんま葡萄味」
「好き。ありがとう」
ラムネは自転車の前カゴに投げ入れて、アイスを堪能しながら二人で歩き出した。志麻は徒歩なので、僕も合わせて自転車を押して歩く。
「コウジン、なんて?」
「宿題、追加でやれだってさ。もうたんまり山盛りよ。前のテストも赤点ギリギリだったし、もう一人のシマはしっかりしてんのにーってさ」
「それ、僕は体育の先生に言われるやつだ」
こっちのシマにできるのだからもう一人のシマにも当然できると考えて――――はまさかいないだろうけれども。
「そこんところ一緒くたにしないで欲しいよな」
「わかるー」
調子良く言いながら、てくてくと街を歩く。日陰を縫うように歩く。
「ていうか嶋はなんでまだこんなところで油売ってたの。部室の掃除って言ったってのんびりしすぎじゃん?」
「今日はまっすぐ帰る気分じゃないだけだよ。なんとなくだけど。でも暑いし、今からファミレスでドリンクバーか、図書館行こうかなって」
「要は暇なのね」
くすくすと面白そうに笑うと、志麻はきららと瞳を光らせた。
「そういうことならさ、嶋、今から時間ある?」
「今日は特に何もないけど」
塾もないし、宿題も特にない。明日もあるのにわざわざ土曜の昼から予習復習を丹念にするほど殊勝でもない。つまるところ、暇ではある。
「志麻はなんかあんの?」
「いやさ、ちょっと探検に行こうと思ってさ」
「探検?」
こんな歩き慣れた小さな街で? と首を傾げれば、大変元気よくイエスと返事が返ってきた。
因みに志麻が探検を言い出したのはこれが初めてではなかったりする。入学式直後にも誘われたし、誘いに乗った。
「新しく探検するところなんかあったっけ」
「あるある。最近話題になってる話知ってる? 北山でお化けが出るって話。そのお化けを見てから、逃げ回る虹色の鈴を手に入れると、なんかめっちゃくちゃいいことがあるとかさ」
「いんや、知らない。お化けと逃げ回る鈴ってシュールだな。鈴に脚でも生えてんの?」
「あはは、それは傑作! ええと、見た目はよくわからないけど、誰もいないはずなのに鈴の音がずうっとついてくるんだってさ。姿も見えないし、鈴の音色だけがついてきて不気味なんだってさ」
「大体なんだ、めっちゃくちゃいいことって。抽象的すぎるだろ」
「んー、美味しいタピオカが安く飲めるとか? テストがノー勉で赤点回避とか? 好きなあの子とお近づきになれるとか? 好きなあの子と手も繋げちゃうかも、とか?」
めちゃくちゃ曖昧だし。恋愛系が多いのは女子だからだろうか。というかタピオカと同列でいいのか。
「結局志麻も知らないんかい」
「あはは、まあ良いじゃんか。私さ、このあと北山探検しようと思うんだよね。一緒行かない?」
いやにきらきらした瞳で見つめられて、ウッと言葉に詰まる。誤魔化すようにチューブアイスを一気に吸い上げた。
「お宝見つけたら山分けしようよ。ほら、アイス代の代わりだよ」
「やっすいアイスですな」
「事実これ六十円もしないでしょ」
「へいへい、いいよ。一緒行こう」
などと、内心はわくわくしてるのにそっけない声を出した。お宝、探検、謎の逃げ回る鈴、これに心躍らない男子高校生がいるだろうか。
それに、暗くなるまで大分時間もあることだし、自転車に乗ればすぐの距離だ。念のため辺りを見渡してから、僕は後ろの荷台を指さした。
「仕方ない。後ろ乗せてやるよ」
「え、バレたらやばいヤツじゃん」
「即行でやばいな。けど、早く行かないとすぐ暗くなるぞ」
「そっかあ」
僕らは残りのアイスを食べ切って、ゴミは前カゴに入れて、自転車に跨った。丈の短いスカートでは痛かろうとスポーツタオルを鞄から引っ張りだして荷台に巻きつける。
「いいのに」
「怪我したら面倒」
「あはは、そっかそっか。じゃあくれぐれも安全運転頼むよ」
「そんじゃ、車も少ないから川沿いで行くかあ」
「そうしましょ」
志麻が乗ったのを確認してから、二人分に重くなった自転車を漕ぎ始めた。
緩やかな生温い風を追い越して、きらきらと真夏の光を放つ川を辿って、北山へ向かった。
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