しまとしま
井田いづ
第1話
蝉が元気に歌っている。
わんわんわんわん、合わせる気の一切ない大合唱だ。どこまでも澄み渡る青い空、ソフトクリームみたいな真白の入道雲、照りつける眩い太陽、元気すぎる蝉の大合唱。季節はまさに夏である。
僕は校庭の片隅で水道水をばしゃりと浴びていた。隣では同じように女子生徒が豪快に水を浴びては、傍のスポーツドリンクを呷って、また水浴びに戻ってを繰り返している。
記録的猛暑──というわけではないのだが、このように暑い日に行われる体育の授業は本当にしんどい。水でも浴びてなけりゃ、やる気も出ない。帰る元気すら削がれる。
そんなわけで誰も彼もが水場に並び、超長蛇の水場待ちの列を耐えて耐えて、最後尾だった僕らまできたのはたっぷり十分、もしかしたら十五分も経った頃だった。頑張って耐えた分、水は大変美味しく、冷たさが脳に響いて心地が良い。
「あ、シマー、ちょっと良い?」
不意に聞こえたのはクラス委員長の声。ばっと水飛沫を飛ばしながら振り返れば、隣の女子も同じように振り返った。思わず、横目で視線をぶつける。それを見て委員長はおかしそうに笑った。
「あはは、あんたら、ほんとそっくりだね」
因みに僕の名前は
そのため、
「今のはどっち?」
などと毎回確認する羽目になるのだ。しかもクラスメイトたちも面白がって毎回『シマ』と呼んでは、
「縦の方」
「横の方」
「ストライプちゃん」
「ボーダー君」
「しまうま」
「よこしま」
「勉強できる方のシマ」
「体育得意な方のシマ」
エトセトラエトセトラ。方々が好き勝手呼びだす始末だった。
ああ、せめてクラスさえ違えばこんな面倒な話にもならなかったろうに! せめて苗字で呼べと頼むが、暖簾に腕押しとはまさにこのことだろう。皆して頑なに『シマ』と呼ぶのだ。
とは言え、こうも何度も間違えられたりすればシマ同士言葉を交わす機会も多くなるわけで、今年初めて同じクラスになったというのに、志麻と僕とは長年の友達のように仲良くなっていた。
クラス委員長はごめんごめん、と棒読みに謝ってから
「縦馬の方ね。コウジンが呼んでたよ」
「ええっ、何かなあ」
コウジンとは担任の渾名だ。名前を聞いて、すぐにうげえ、と志麻は顔を顰めた。コウジンは良い先生ではあるが、いかんせん話が長い。今は土曜の四限目。今日は簡易ホームルームもなく、このまま自由解散だったはずなのだが。
「えー、身に覚えないんだけど」
明らかに嘘っぱちの台詞に、僕は大袈裟にため息をついてみせた。
「身に覚えしかないんじゃないの? 今日も宿題を忘れたからだろ。志麻は忘れすぎなんだよ」
因みに、似ている似ていると散々言われるのだが、志麻と僕とは名前以外はそんなに似ていない。志麻は宿題をしょっちゅう忘れるし、テストも赤点ギリギリを走り抜けている。一方で、僕は宿題は忘れないし、テストもそんなに悪くない。
運動能力は志麻の方が断然上だ。球技も陸上もなんでもござれな志麻と比べ、僕はといえばひどく残念極まりない成績なのだ。足だけはまだマシな部類なのだが、持久走だとか球技だとかになるとてんでだめ、男子としてはもう少し体育で活躍したかったが、こればかりは仕方がない。今日の体育もシマシマ対決を挑まれたのだが、見事に完敗したのである。
きゅきゅ、と出しっぱなしだった水道を止めて、タオルで乱暴に頭を拭いた。
「あれ、嶋ー、今日部活は?」
さっさと帰ろうと歩き出したところで、志麻に呼び止められる。
「休み。軽くロッカーの掃除だけして帰るつもり」
「ふうん」
軽い返事に、思わず振り返る。
「何かあった?」
「いや、いいや。ばいばい」
志麻はさっさとポニーテールを揺らして行ってしまった。呼び止めておいて、勝手だなあ、なんて思いながら、僕も急いで教室に戻る。
早く着替えて、荷物をまとめて、そうだ。帰りは少し遠回りして帰ろうか。
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