第4話「冬に人は去り、また」

 アルドが王都ユニガンのバザール付近を巡回していると、彼を呼び止める声がして、そちらを振り返った。

 大量の荷物が載った荷車を引いているアルレッキーノが、こちらに手を振っていた。荷物が重いからか、息が荒い。

「やあ、アルレッキーノ。また配達の手伝いをやってるのか?」

「そうなんだよ、我が騎士。ウルーヨが新しい作品の着想を得たらしく、制作に集中したいとね。そこで普段の配達を僕に頼ってきたと言う訳さ。これは間違いなく共同作業、そして信頼の証。しっかりと期待に応えねば、な!」

 いつにも増して機嫌がよいアルレッキーノに苦笑しながら、しんどそうな彼にアルドは手伝いを申し出る。

「相変わらずだな。時間に余裕もあるし、荷物の量が多いならオレも手伝おうか?」

「それには及ばんよ。これで最後だからね」

 アルレッキーノはそう言って、力こぶを作ってみせて断った。

初めて会った時よりも、明らかに筋肉がついている。何度も配達を手伝っているんだな。

 そう言うなら、とアルドが去ろうとした瞬間、アルレッキーノは急に心変わりしてアルドを呼び止めた。

「……いや、やはり手伝ってくれ。荷物持ちは必要ないが、護衛を頼むよ」

「それは構わないけど、どこまで行くんだ?」

「リンデの船着き場だ。何、安心してくれ。今度はしっかりとキミについていくよ」

 アルドは肩を竦めてみせる。

「ぜひ、そうしてくれ」

 アルドは荷車の後ろに回り、力いっぱい押した。アルレッキーノもそれを止めず、必死に荷車を引く。二人は互いに初めて一緒に配達に行った時のことを思い出して、軽口を言い合いながらリンデに向かった。



 二度目のリンデへの配達は初回と比べて、全てが順調に進んだ。

魔物もほとんど出現せず、アルレッキーノも町の女性に目を奪われる事はあっても、そのまま追いかけたりはしなかった。

 トラブルもなく目的地のリンデの船着き場に着くと、まだ昼前の時間で漁師たちも休憩に入ったぐらいのタイミングだった。自分が話をしてくると言って、アルレッキーノが率先して船乗りたちの所に行ったので、アルドは荷車に残って荷物番をしていた。

 潮風と共に流れてくる捌かれた魚の生臭さを感じながら、アルドは手持無沙汰にちょっと伸びをしたり、周囲を見てみたりした。

 朝早くから漁に出ていた漁師たちは既に帰ってきており、今日の後始末や明日の漁の準備などをしている。中にはそういった作業を全て終え、仲間と酒場に向かう船乗りたちもいる。逆に女性たちは忙しそうに、手際よく炊き出しの準備を進めている。

 遂には、装備の点検を始めようとしていたアルドに陽気そうな声がかかった。

「搬入も終わったそうだ。どうだい。今度は時間通り、すべての品を運んでみせたぞ。これで名誉挽回だ」

 そう言って、アルレッキーノは胸を張った。

 彼の態度にアルドは一瞬首を傾げたが、すぐに初回の配達を思い出す。

「もしかして、最初の時のことか? そのために護衛を頼んできたのか。意外と根に持つんだな」

 意外な殊勝さを見せたアルレッキーノがキャラに似合わずおかしくて、アルドはくつくつと笑った。

 アルレッキーノはそんなアルドに普段のような自信過剰気味な態度で返した。

「まさか。記憶力には自信があるだけさ。それにキミに付き合ってもらったのは、少し話がしたかったからだ。ウルーヨがいると話にくい内容でね」

「なんだよ、改まって」



「それで、話って?」

 人通りから外れたところで、二人は軽くなった荷車に体を預けていた。

「以前に僕らが恋路を導いた花屋がいたろう? 彼から酒場のマスターを通して手紙が届いてね。どうやら、僕の作った物語が現実となったようだ」

「それって、うまくいったってことか?」

「ああ。彼は意中の彼女の下に辿り着いたらしい。今はご家族に認めてもらえるよう、二人で必死に策を練っているそうだ」

「良かったけど、お前が作った話のせいか、ちょっとズル賢くなってないか?」

「恋の勢いとは、人を強かにするものさ。あのネックレスも無力ながら幸運を呼び込んだようだ」

 機嫌よく話していたアルレッキーノの顔が一転、不安に曇る。

「しかし、不運も呼ばれてしまったんだよ……」

「不運? 何かあったのか。まさか、今度はホントに悪い呪いが――」

 そうアルドが心配していると、彼は普段の様子から想像も出来ないほど苦悩した表情で叫んだ。

「――ウルーヨが、あのネックレスを返してほしいと言ってきたんだ!」

「……え?」

「どうすればいいんだ、我が騎士よ! 取り返すのは無理だし、何より彼女がなぜ返却を求めているのかわからん! 嫌われた? それは嫌だあ!?」

 泣き出しそうな顔でアルレッキーノがアルドに抱きつく。それを引き剥がそうとしながら、アルドもウルーヨがそんなことを言い出す理由を考えてみた。

 アルドが覚えている限り、彼女がアルレッキーノを嫌っている様子は微塵もなかった。

 むしろ、あのネックレスは彼の安全を想って彼女の手で作られた、呪われた幸運のアクセサリーだ。それを回収しようとするなんて、ウルーヨの彼への気持ちになにか変化でもあったのだろうか。

 アルドはアルレッキーノに過失がないか確かめた。

「確かにいきなり返せってのも、おかしな話だよな……。お前、嫌がることを何かやったんじゃないか?」

「彼女の美貌を褒めて、デートに誘って、フラれた後は仕事を手伝って、一日の最後には万感の思いを込めて愛を伝えてるだけだ。毎日欠かさず」

「ず、随分熱心だな。いや、ウルーヨも今は嫌じゃないって言っていたしな。うーん……」

 どうにも明確な事情が見えない。これはもう、どうしようもないな。

「本人に聞いてみたらどうだ? ここでオレと考えても仕方ないだろ」

 そうアルドが提案してみるものの、アルレッキーノは自信なさげに首を横に振った。

「それで二度と顔も見たくないとか言われたら、僕は立ち直れない。このまま波に攫われ、広大なる海に沈むしかない!」

 元気はないがいつもの芝居がかっている感じは同じなので、どっちなんだと呆れながら、アルドは言葉を返す。

「だから落ち着けって。いつも適当にあしらわれるのは気にしてないのに、こういう時は全然ダメじゃないか」

 アルレッキーノ本人も自覚があるのか、図星を言い当てられて当惑している。

「し、仕方ないだろう。ウルーヨは僕にとって本気で好きになった初めての人なんだ。職業柄、頻繁に旅をしているから女性と仲良くする機会もよくあったさ。しかし、彼女は僕の特別だった」

 アルレッキーノは彼の本心を吐き出していく。

 芝居がかっておらず、人目を引く大声でもなく、派手でもない。

 けれど、アルドはその言葉/様子から目を離せなかった。

「恋愛は僕が探究してきたテーマだ。けど、本気になってしまったら、どんな知識も真っ白になった頭と心には意味がなかった。自分の気持ちが抑えられず、いつも気を惹こうとしすぎてしまう。彼女の言葉一つで、笑顔を見るだけで、胸が満たされる想いだった」

 呪われ続けた男は、呪い続けてきた女を想い、わずかに目を伏せ言葉を紡ぐ。

 その声には、その想いへの真剣さと心からの熱意が籠もっていた。ソルードやオクテーが見せたようなそれが。

「例え呪いだろうと、彼女に思われているだけで、心底嬉しかったのさ」

「……お前、意外と繊細だったんだな。いつも別の女性を口説いてたりするから、正直、軟派で適当な奴だと思ってたよ」

「女性は素晴らしいからね。愛の言葉は送るべきさ」

 彼は少し冷静になったのか。いつものアルレッキーノらしさを取り戻した直後、にやけ面を浮かべた。

「……それに、彼女の呪いで幸運になってるとか、彼女に包まれてるようで自慢したかった。幸運を証明して彼女の呪いを感じたくて、多少危険なこともやったとも!」

「それは……アレだな……」

 反応に困るアルドは、呻き程度の声で内容のない返事を返した。

 それを全く気にせず、アルレッキーノはアルドに問題解決を依頼してきた。

「頼む、我が騎士! なぜ、僕からネックレスを取り返そうとするのか聞き出してくれ!」

 すでに、アルドの答えは決まっていた。

 何度か交流を重ねる中で、アルドはアルレッキーノに嫌悪せずとも、好印象と呼べるほどの出来事がそれほど多くはなかった。むしろ、自分勝手で自身の幸運を信じて無茶をする姿勢は、アルドの中で困りごとでさえあった。

 それに、ウルーヨに首ったけな癖に他の女性に軟派なところは、アルドには理解できない感覚だった。しかし、恋愛に悩む花屋を作り話とはいえ親身になって手助けしたところや、本気の恋愛に焦った彼が先程告白した本心。それらは、今まで自分に見えていなかったアルレッキーノの本当の姿のようにアルドには思えた。

 そして、幸運の男とは程遠いその姿に、アルドは間違いなく好印象を持った。

 だから、自分の素直な答えを言い放った。

「お前の気持ちはわかった。任せてくれよ。」

 落ち込んでいたアルレッキーノの表情がパっと明るくなる。

 少し打ち合わせをして、アルレッキーノが遅れてユニガンに帰還して、その間にアルドが一人でウルーヨに事情を聞きに行くことになった。

 

 

 ユニガンのバザール、その中でも工芸職人の露店が並ぶ区画でアルドはウルーヨを探していた。

 店が閉まっていて、行き場所を示す手がかりもなかった。仕方なく、偶然見かけたウルーヨの店の常連商人にアルドは彼女の所在を尋ねた。

「なあ、ちょっといいか。ウルーヨがどこに行ったかしらないか?」

「ああ、ウルーヨか。彼女なら新作の材料を探しに行くって出て行ったぞ」

 行先も尋ねたが、そこまでは商人も把握していなかった。

 折角策を練ったが、本人が居ないのでそれも空振りにおわった。アルドはアルレッキーノが帰ってくるのを待つことにした。

 少しして、予定通りアルレッキーノが戻ってきた。彼は不安げな目をしながらも、勤めていつもの調子でアルドに声をかけた。

「我が騎士、どうだ。ウルーヨに理由を聞けたか?」

「ああ、それが――」

 自分から聞いてきた癖に、アルドの言葉を遮るように、アルレッキーノは耳を塞いでそっぽを向いた。

「ああ、いや言うな! やっぱり聞きたくない。こんなにも胸がざわつくのは、きっと良からぬことがあるからに違いない!」

「おい、話を聞いて――」

「おや、そういえばウルーヨが店にいないな。この時間は常連の商人も来るからと、いつも店番をしていたはずだ。もしや、彼女は街にいないのか?」

 推理力というべきか、日頃の執拗な店通いが功を制したのか。アルレッキーノが奇跡的な理解力を示したので、アルドはそのまま簡略的に伝えることにした。

「ああ、そうなんだ。ウルーヨはこの街に居ない」

「なに! おい、我が騎士よ。何故、それを早く言わない! 彼女を探さなくては」

「お前が話を聞かなかったんだろ!? それに探すったって、どこに行ったかわからないんだぞ」

「言っただろう、胸騒ぎがするんだ。彼女に何かあったのかもしれない。僕の直感が告げている、月影の森に彼女がいる。ついてきてくれ、我が騎士」

「それは構わないけど、ホントにそこに居るのか?」

 アルドの当然の疑問に、さも当然かのように、アルレッキーノは力強く肯いてみせる。

「間違いない、僕の直感を信じてくれ!」

「……わかった。ウルーヨを探しに行こう」

 アルレッキーノの言葉を信じ、二人は月影の森に走った。



 月影の森にて、ウルーヨは新作に使う希少な素材を探していた。

 しかし、これが中々見つからず、つい夢中になって奥まった所まで来てしまっていた。

「ここにもないわね。もっと奥かしら」

魔物が棲みつく危険な場所だということも忘れ、ウルーヨは素材を探しにさらに奥を目指そうとする。

 すると、奥から何かが蠢く音がした。

 音に気付き、違和感を覚えたウルーヨの足が止まる。慎重に耳を澄まし、周囲を探る。

 静寂。夜のように昏く深い森の中、虫や植物の発光のおかげで周りがよく見える。

何もいない。静けさ。

 気付いていなかった冷えた空気が、素材集めに熱中していた彼女を冷静にさせた。

途端に、彼女の脳裏に、この森には危険な魔物が棲んでいることを思い出させた。

一度、引き返そう。入口まで。

 そう思い、ウルーヨが踵を返したその目線の先。彼女の背後の草むらから、白く大きなバラのような魔物が、触手を彼女の方に伸ばしていた。

「嘘、居た(・・)!? けど、どうしよう……」

 ひとまず、ウルーヨが触手から逃げようと彼女の背後、すなわちさらに奥へ行こうとした。しかし、そこにも同じタイプの魔物が現れ、彼女を捕えようと触手を蠢かせていた。

「挟まれた!?」

 絶体絶命の窮地に陥ったウルーヨは、手にした新作のアクセサリーをぎゅっ握りしめた。

「助けて、アルレッキーノ……」

 最後の言葉は想い人に助けを求めるものだった。

 その願いを消し去ろうと、魔物が触手同士を触れ合わせて奇妙な咆哮を上げる。

 


「待たせたね、僕のウルーヨ!」

 魔物の咆哮を消し去らんばかりに大声で叫びながら、アルレッキーノがウルーヨを庇うように立ちふさがる。

 彼の背を見つめながら、ウルーヨは驚きを隠せない。

「あ、アルレッキーノ。どうしてここに……」

 アルレッキーノは魔物に怖がる彼女を安心させようと。そして、彼(・)へのありったけの信頼を証明するように、強がった笑顔をウルーヨに送った。

「キミと僕は幸運(・・)だ、彼がいるんだからね」

「――はあああ!」

 気合いのこもった叫びを上げ、最初にウルーヨの背後にいた魔物の後ろ――その背後から、全力疾走のアルドが剣を引き抜き、大きく跳びあがった。

 そして、落下と同時に、上段に構えた剣を振り下ろした。

 ウルーヨとアルレッキーノに向かっていた触手を切り払ったアルドは、二人の前に立つ。

「二人とも、避難してくれ。こいつらは、オレに任せろ!」



(バトル勝利後)



 剣を収め、アルドは避難していた二人の下に駆け寄った。

「二人とも、無事か?」

「ああ、問題ないとも。キミのお陰でウルーヨも無事だった」

「いや、アルレッキーノのお手柄さ。お前の直感を信じなきゃ間に合わなかった。それに、魔物に襲われてるウルーヨを見つけて、躊躇なくその間に割って入った。そのお陰で、魔物たちの隙をつくことができたんだ。彼女を救ったのは間違いなく、お前の幸運だよ」

 アルドが自分を褒めたのが余程珍しかったのか、アルレッキーノはいつにも増して有頂天になった。

 胸をこれでもかと張って、天を仰ぐような姿勢で揚々と声高に調子に乗った。

「ふっ、そうだろうとも! やはり僕は、ネックレスがなくとも幸運な男なんだよ」

 そして遂、うっかりで墓穴を掘った。

 アルドが特大のため息を吐いて、左右に頭を振った。

「おい、大声で言っちゃってるぞ……」

「……あ」

 錆びて動きが鈍いロボットのように、アルレッキーノがぎこちなく彼女の方を伺う。

 ウルーヨが呆れたようにため息をつく。

「はあ。そういうことね。どうしてここにいるのか聞くつもりだったけど、大体はわかったわ。アルレッキーノ(この人)がネックレスを失くして、その相談中であなたもいたのね」

 ウルーヨの理解力に観念したアルドは、首を縦に振った。

「ああ、まあ。そういうことなんだ。けど、スゴイな。なんで、そこまでわかるんだ?」

「この人の人柄はわかってるつもりだからね」

 肩を竦めるウルーヨに、アルレッキーノが頭を下げた。

 ウルーヨが目を丸くする。

「すまない、ウルーヨ! 言い訳はしない。キミの推察通り、キミからのプレゼントは他人に渡してしまった。誓ってキミの想いを蔑ろにしたわけではない。その時は――」

 続きを言おうとしたアルレッキーノの言葉を遮り、彼の肩に油と作業で汚れた手を置いて、ウルーヨは優しい微笑みを浮かべた。

「そうするべきだと思った、でしょ? 初めて会った時にも同じこと言って、ずっと人から恐れられてた私を口説きに来たわよね。どうせ、プレゼントした相手も困ってて見過ごせなかったんでしょ」

 ウルーヨは大きく伸びをした後、倒れた魔物の近くに行った。アルドが静止したが「大丈夫」と言って聞かなかった。

 そして、魔物の死体を検分しながら、彼女は喋り出す。

「ホント、変な人。誰かの為に本気になれちゃうし、幸運一つで危険にも飛び込んで来るし。呪具なんて渡さなきゃ、こうはならなかったのかしら?」

 アルレッキーノが呪具のことを知っているのを黙っていたアルドは、彼女がさらっと言った言葉にビックリした。

「ウルーヨ、それ言っていいのか?」

「ええ。もう言うつもりだったの。キミに言われた後、色々考えた結果ね。約束したし」

 何かを魔物から発見したウルーヨはそれを取り、エプロンで汚れを拭きとった。少しそれを検め、納得したように肯く。

 彼女はアルレッキーノに向かい合った。彼も彼女から言葉が紡がれるのを待った。

 アルドは二人の行く末を見守ることにした。

「アルレッキーノ。私、あなたに言わなきゃいけないことがあるの」

「なんだい?」

「私は呪具作りの一族で、あなたに渡していた特別なアクセサリーは、私が作ったあなたを呪う呪具だったの。あなたの幸運は、私の呪いとあなたが相性最悪だから起こった、まったくの偶然。私はあなたにそれがバレるのが怖くて、隠すつもりであなたにプレゼントと称して呪具を渡していたの。あなたが幸運の男であり続けて、私の罪が隠れるように」

「……」

「幻滅したでしょ? 呪具なんて作るから、やっぱり性根もちょっと捻くれてるのよ、ちょっとだけね」

 今にも崩れそうな笑顔を張りつけたまま、ウルーヨはジェスチャーでも少しと主張する。

 そんなウルーヨに、アルレッキーノも本心を言葉にする。

「全部、知っていたよ。知ってて、黙っていたんだ」

「そうなの」

「知っていることを伝えれば、きっとキミは僕の前から姿を消してしまう。それは耐えられない。キミを失うくらいなら、キミに呪われる続ける方がいいと思った。キミという幸運に縋っていたんだ。ずっと、騙していてすまない」

 二人は沈黙した。

 この沈黙は何が理由か。失望したのか、言葉にならない気持ちを噛み締めているのか。

 わかっているのは。

――この沈黙が破られた先に待つのは、避けられぬ変化だけ。

 けれど、この二人には、不運の呪いが幸運の加護に化けるという、奇妙な絆があった。

「……あなたも捻くれてるわね。じゃあ、やっぱりこれを渡さなきゃ。私たちが始めた幸運を終わらせなきゃね」

「キミがそれを望むなら。……我が騎士。いや、アルド」

「……なんだ?」

「幸運の男は今日で店じまいとなる。我々の英雄譚のその最後を、見届けてくれないか?」

「わかった。オレでいいんだな?」

「私たちみたいな変で面倒なのに、最後まで付き合ってくれたんだもの。あなたしかいないわ」

 二人の決意に、アルドは無言の肯きで応えた。

それを見て、ウルーヨがアルレッキーノに近付く。手には、窮地の時も握りしめていたアクセサリーが握られている。

「……さっきの魔物が最後の素材を持ってたわ。隠し事はなしで全部言っちゃうけど、これはあなたを想って作った呪具。良い効果の呪具よ。きっと、あなたと反作用を起こして、今まで培った幸運を消してしまうでしょう」

 万感の想いを込めて、ウルーヨはアルレッキーノの幸運を願った。

「――これ、呪いのこもったプレゼントよ。アルレッキーノ」

「嬉しいよ、ウルーヨ。キミに呪われて(想われて)、キミからのプレゼントが貰えるなんて。これは世界一の幸運だ」

 アルレッキーノがウルーヨからアクセサリーを受け取った途端、アクセサリーは眩い光に包まれる。

 そして、徐々に光がアクセサリーに収束し、アクセアリーは誰が見ても素敵だと思える輝きを放っていた。

 ウルーヨの言っていた、アクセサリーの芸術が完成した瞬間なのだろうとアルドは思った。しかし、何も変化らしい変化が見えず、首を傾げる。

「終わった、のか? 何も変わってないように見えるけど」

 ウルーヨが肩を竦める。

「まあ、あった幸運がなくなっただけだしね」

「ハハハ、当の本人もまったくわからないね! まあ、帰ろうじゃ――うおおう!?」

 ぼっ、ちゃぁぁぁん!

 先に帰ろうとしたアルレッキーノが盛大に転んで池に落ちた。

 その様子を見て、アルドとウルーヨは苦笑した。

「何もない所で転んで池に落ちるって、定番すぎる不運だな」

「今まで幸運だった反動かもね。だとしたら、当分はそうじゃない?」

 一人で池から這い出てきたアルレッキーノが不満そうな濡れ顔でぼやいた。

「……ついさっきまで幸運の男だったのに、すぐにこれはショックだ」

うなだれるアルレッキーノから少し離れた所で、アルドがウルーヨだけに聞こえるように声をかけた。

「そういえば、二人はこれからどうするんだ? お互いの秘密は話したし、気持ちも伝えあった訳だけど」

「そうね。やっぱり、一度実家に帰って、家業についてしっかり考えないとね。避けておきながらそれに頼って、挙句に我関せずってのは身勝手すぎるし」

 ウルーヨはエプロンから例の加工法が載ったメモ帳を取り出し、じっとそれを見つめた。

「ヒカリテントウの加工法を見つけた、尊敬する職人ソルードの末裔として、技術を残す道を探してみたいの。だから、アルレッキーノとは、ここでお別れしなきゃね」

「いいのか? その、折角わだかまりなく付き合えるのに」

「良くはないけど、彼が好きになってくれたのは、自分に正直な私だもの。私は彼の好きな私でいたいの」

 彼女の作った芸術にも引けを取らない綺麗な笑顔を浮かべる。

 いい笑顔だ、とアルドは感動した。そして、思い出したことがあった。

 濡れた服を絞っているアルレッキーノを横目に、ウルーヨはアルドに耳打ちした。

「彼へのお別れは取っておくわ。それじゃあね、剣士さん。色々ありがとう」

 そう言い残して、ウルーヨは静かに去った。

 きっと、ユニガンに行っても、彼女はもういないんだろう。そんな予感がアルドにはあった。短い期間だったが、自分も彼女のさばさばした性格がわかってきていたようだ。

 一人ウルーヨを見送ったアルドに、落ち着いた調子でアルレッキーノが声をかけてきた。

「彼女は行ったかい」

「お前、わかってたのか? なら、なんで止めなかったんだ」

 アルレッキーノはわざとらしく肩を竦めた。理由を掴みかねている自分を馬鹿にしているらしい。

「お互い、証明したいんだ。幸運や呪いじゃない、自分たちの想いの強さを。僕が作ったアキナキの裏話のようなね。なあに、僕はいつも彼女に追いついてきたんだ。外付けの幸運はなくなったが、今度からは実力の幸運で彼女に辿り着いてみせるさ」

「……ああ。きっと、お前なら見つけられるさ。オレはお前の幸運を信じてるよ」

 アルドのその言葉が意外だったのか。アルレッキーノは驚いた表情をした。

 そして、最後のセリフと言わんばかりに万感の想いを込めて、言葉を紡いだ。

「キミに幸運を信じられるのは初めてだね。ありがとう、アルド。

さあ、僕らの英雄譚は終わり、ここからは別々の英雄譚を紡ごうじゃないか! さらばだ、旅の騎士よ。一時の冒険、実に楽しかったぞ!」

 芝居がかった男を見送りながら、アルドは「そういえば」と、ふと思った。

 呪いが幸運に化けるというのは、あながち身近なことだった。腰に呪われた魔剣を持ち、それに命を救われた自分とて、彼と一緒だったのだ。

 なら、彼の未来に恵まれた出会いがあること、その出会いが導く幸運があることを無条件で信じられる。

 だって、呪われた幸運によって彼と出会ったアルド(じぶん)が、多くの仲間にそれを教えられたのだから。

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呪われた幸運のアクセサリー アン/ラッキー 桃山ほんま @82ki-aguri

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