第2話 「暮がたき夏の想い出」

 AD300年、近頃暑くなってきた王都ユニガンの昼時。

 商人たちが活動する早朝も過ぎ、バザールの活気が落ち着いてきていた。皆が昼食を食べようと休憩に入っていた。

 大工職人に頼まれて朝から修復作業を手伝っていたアルドも、宿で持たせてもらった弁当を食べる場所を探していた。しばらくして、バザール近くで腰掛けるのに丁度いい切り株を見つけた。

 昼下がりなのもあって、周囲は人通りも少なく静かだ。

切り株に座りって弁当箱を持つと、結構な時間が経っていたのに、まだほんのり温かい。

 保温されていることに驚き、アルドは宿の人が言っていたことを思い出した。

『それ、王都の箱職人が作った保温式弁当箱なんですよ。壊れた家屋の木材を再利用したんですって』

 どういう仕組みかは自分にはさっぱりわからない。未来出身のリィカやエイミなら、すぐにわかるんだろうか?

 そんなことを考えながら、まだ温かい弁当箱のふたを開ける。すると、『お豆の王国風スープ』の香りがふわっと広がる。

「すごい……ホントにまだ温かい」

 今の時期は温かいけれど、やはり温かいスープを食べたくなる時もある。力仕事をした後などは体に沁みるだろう。

 期待の高まりを感じつつ、弁当箱についていたスプーンでスープを一掬いして、口に運ぶ。

 期待以上の美味しさに大変満足して、一人小さく笑顔がこぼれる。

 アルドがいい気分になって食べ続けていると、その姿を認め、声をかけてきた人物がいた。

「……あっ。ねえ、そこの剣士さん!」

 スプーンを運ぶ手を止め、急に声をかけられたアルドはそちらを見る。

「ん。 もしかして、オレか?」

 そこには、職人が着るようなエプロン姿に不釣り合いな精巧なネックレスをかけた女性が立っていた。

 アルドには、その女性に見覚えがあった。前に見た時には、ネックレスはしていなかったけれど。

「あれ、確かあんたはウルーヨ、だったよな」

「そうそう。覚えててくれたんだ?」

 アルドが名前を憶えていることに、ウルーヨの方が目を剥いた。

 相手が驚いているのに気付いたアルドが、焦って弁明をしようとする。

「ご、ごめん! アルレッキーノがあんまりにも言うもんだから覚えちゃってた。なんか、悪いな」

 焦るアルドの様子に、ウルーヨが楽しそうに微笑む。

「隣いい?」と聞いてきたウルーヨに、切り株の半分を譲るアルド。

「全然、いいわよ。お客さんにもそういう人多いし。こっちとしては、宣伝になってありがたいわ」

「たくましいな。前にも思ったけど、悪戯とか好きなタイプだろ」

「そんなことないわよ。自分で悪戯を仕掛けたりしないもの。けど、人が焦ったり驚いてる様子って、ちょっと笑えてこない?」

「……まあ、少しは。それで、どうしたんだ?」

 ウルーヨは食事を続けることをアルドに勧めてから、本題に入った。

「実は今、アルレッキーノのプレゼント用に特別なアクセサリーを作ってるんだけど、素材が足りなくて。珍しい物だから、情報を探してるところなの」

 これね、と言って見せたのは、彼女が今首から提げているネックレス。

(プレゼントを身につけているのか、珍しいな)

 良く出来たネックレスで細かい所までこだわっている、ように感じる。自分が旅の道中に持ち運んでいるものとも引けを取らない出来だと、素人目に見て思う。しかし、よく見ると確かに、どこかまとまっていないと言うか、メインになるものがない気がする。

「へえ、良く出来てるな。足りない感じはわかるけど、何が足りないんだ?」

「探してるのは、ヒカリテントウっていう虫よ」

 思わず咳込むアルド。それを見て、ウルーヨはニヤニヤと嬉しそうだ。やっぱり、悪戯好きだろ。

「虫をアクセサリーの素材にするのか!?」

「結構人気あるのよ、虫アクセサリー。希少品の収集家とか虫好きの人が高く取り扱ってくれるの。最近だと、新しいファッションとして使ってくれるご婦人もいるわ」

「世の中、色んな好みがあるんだな……。そのヒカリテントウってどういう虫なんだ?」

 聞きながら、アルドはちょっと食欲がなくなったので弁当箱を閉じた。

 一方、ウルーヨはエプロンのポケットから、ボロボロの分厚い手帳を取り出した。ページの一枚いちまいに隙間なくビッシリと、様々な宝石のスケッチと加工法が書かれていた。

随分古い頁もあるようで、一冊のメモに新しくページを加えて長く使っているようだ。

そのメモをめくりながら、ウルーヨは楽しげにヒカリテントウについて語り出した。

「ヒカリテントウは光を蜜に溜めこむ性質がある特殊な虫なの。さらに面白いのは、普段は夜行性で月光を溜めるの。月光を溜めると、液状の蜜を出すんだけど、逆に日光を蜜に溜めると蜜が凝固して、宝石のように固く、美しくなるのよ。この蜜が蜜石という宝石なの」

 時代を旅するアルドだからこそわかったことだが、ウルーヨが開いているヒカリテントウの古いページには、BC2万年頃で見たことのある魔物の姿などが書かれていた。

(まさか、これ、古代から残ってるのか?)

 メモの時代が気になったアルドはそれについて尋ねた。

「なあ、そのメモいつから持ってるんだ?」

「うちの、何代前だっけ? とりあえず、大昔のおばあちゃんの頃から引き継いでる素材の加工法を書きとめたものよ。全部、うちの一族が研究したものなのよー」

 研究資料がBC2万年から引き継がれている。時代を行き来する自分の感覚でも、途方もない話だと素直に想う。

「研究ってそんな昔から? ウルーヨの一族って、なにやってるんだ?」

「ああ、そっか。あたしの一族は、んー……アクセサリー職人、みたいな?」

「なんで歯切れ悪いんだよ」

 誤魔化すように、ウルーヨがメモに描かれたヒカリテントウのデッサンを開いて見せてきた。

 古いページに描かれているデッサンを見ても、アルドにはまったく見覚えがない虫だった。

「これ。これがヒカリテントウ」

「へえ、こんなのか。悪いけど、そんな虫は見たことも、聞いたこともないよ」

 それを聞いたウルーヨが「やっぱりかー」と大仰に天を仰いだ。

 残念そうな顔を隠そうともせず、口を尖らせる。

「困った。あとはヒカリテントウだけだったんだけど。キャラバンに聞いてもダメだったのよねぇ」

「そんなに希少なんだな、他に替えは効かないのか?」

「ダメね。ヒカリテントウは今回の目玉だから特別なのよ」

 ウルーヨは件のネックレスを掌に乗せ、蜜石がはまっていないそれを愛おしそうに撫でた。

「さっき、何か足りないって言ってたでしょ。アクセサリーはいかに目玉となる宝石を惹きたてるか、そのバランスを探り最高の先を目指す芸術なの。どれだけ側を丹精込めて緻密に作ろうと、宝石と合わないならそれは駄作。逆もまたそう」

 今までにない真剣な職人の顔をしたウルーヨは一度伸びをして、ぼやきを漏らす。

「だから、どうしてもヒカリテントウがいいのよね。大昔は一杯いたらしいけど、今じゃ特別なルートでもないと見つからないのかしら……」

 昔、メモの古さ。その二つが、アルドの頭に一つの可能性を気付かせた。

「昔か。なあ、そのヒカリテントウが沢山いた頃って、いつぐらいなんだ?」

「確か、恐竜ってのがいた時代に発見されて、加工法もその頃に発見されたはずよ」

「恐竜か……それなら、何とかなるかもしれない」

 自分は見たことがないけれど、古代にいる虫ならサイラスが何か知っているかもしれない。他にも、古代出身の仲間に聞けるだろう。

 思わぬアルドの助け舟に、ウルーヨは驚いたが、すぐに満面の喜びを浮かべる。

「ホントに!? ねえ、どうするのかはわからないけど、このアクセサリーはどうしても作りたいの。どうか、ヒカリテントウを持ってきてくれないかしら」

 ずいっと身を乗り出して頼み込んでくるウルーヨに、アルドは気圧されてしまう。

 アルドにしてみると、ウルーヨがアルレッキーノのために必死になってプレゼントを作るのが意外だった。彼のアプローチを迷惑がっているようには見えないが、真剣に取り合っているようにも見えず、上手にあしらっているような印象を受けたからだ。

 いや、アルレッキーノのためだけとは限らないかもしれない。自分にはわからないが、手を付けたからには最後までやりきろうとする職人の矜持みたいなものがあるのを、仲間を見ていて知っている。

正確なところはアルドには推し量れない。けれど、プレゼント作りに協力してほしいと頼まれて、無下にする理由も、アルドにはなかった。

「わかったよ。ヒカリテントウが手に入るか分からないけど、当てを探してみる。ヒカリテントウの居そうな場所を教えてくれないか?」

「ありがとう! ヒカリテントウは水の多い場所を好むの。どうか、お願いね」

 ウルーヨとわかれた後、アルドはサイラスを探した。

崩壊した屋敷跡で発見したけれど、彼は復興作業で手が離せず同行できなさそうだったので、ヒカリテントウの生息場所を教えてもらい、アルド一人でBC2万年の水の都アクトゥールに向かった。



 アクトゥールには水の都と言うだけあって、船や噴水、用水路などの水と共に生きる設備が揃っている。街中を流れる水のせせらぎと穏やかな潮風が、不思議と気持ちを落ち着かせるような気がする。

 アルドは聞き込み対象を絞るため、サイラスの証言を細かく思い出す。

 証言内容は大したものではない。彼によると、ヒカリテントウはそこら中にいる虫で蜜が甘くトロトロしてて、おやつとしてよく食していた。

 ウルーヨの蜜が固くなるという証言と合わない気がする。それにサイラスの食の趣味は正直、有用には思えないが、もしかしたらこの時代では食用なのかもしれない。

 自分の知らないこの時代の当たり前があるだろうと結論を出し、アルドは聞き込みに向けて気を引き締め直す。



 宿の人から得た情報によると。やはりヒカリテントウとはこの時代、当たり前に生息する虫らしい。丁度、今の季節は数が多くなるらしい。子供の手ぐらいの大きさの虫で、保存してある果物を食べるから厄介がられている。蜜はトロトロした液状で使い道はないらしい。

 ちなみに食用ではない。聞いてみたら、信じられない物をみるような目で見られた。

 聞き込みを続ける中で、小舟が泊まる船着き場にアルドはやってきていた。一先ず、集めた情報を整理しようと人通りから離れたところに来たのだ。

とはいえ、気になる情報と言えば、ウルーヨの言っていたヒカリテントウとこの時代のヒカリテントウは生態と生息数が違うということぐらい。肝心の捕まえ方や固い蜜のヒカリテントウがいない理由は掴めていない。

 アルドは自分の見積もりが甘かったと反省していた。当たり前にいる時代だから簡単に手に入ると思っていたが、当たり前過ぎて誰も気にかけないし、捕まえようともしていない。

――時代が進むとまったく見当たらなくなっているなんて、信じられないだろうな。まあ、それは恐竜も同じか。

時代の違いを噛み締めていると、アルドは船着き場で漁師や商人を相手に商売をやっている露天商を見つけた。敷物の上で保存食や布を売っている。

アルドは客入りが少なく退屈そうにしている商人に声をかける。

「なあ、ヒカリテントウって知ってるか? 捕まえたくて探してるんだけど、見つからないんだ」

 気を抜いていた商人はアルドに驚いた様子だったが、すぐに気を取り直して待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべる。

商人はわざとらしく手を揉みながらアルドを接客し始めた。

「兄ちゃん、ヒカリテントウが欲しいのかい? いい所に来たな、丁度うちで取り扱ってるよ。捕まえるなんて面倒なことせず、うちで買ってきなよ!」

「売り物なのか? 町の人に聞いたら、使い道はないって言ってたけど、何用なんだ?」

「こいつは食用なのさ」

「食用!? まさか、ホントに?」

 まさかの答えにアルドは驚く。ホントにサイラスの言う通りだったのか?

「ああ、そうさ。流石にこいつに目を付けるだけあって耳聡いねえ」

ニヤニヤ笑う商人はアルドに耳を貸せとジェスチャーで手招きする。仕方ないので、アルドはそれに従った。

 商人が実はな、と小声で話しだす。

「オレは海向こうの国の商人仲間から聞いたんだ。砂漠にある国での話しなんだかね。そこではなんと、ヒカリテントウの蜜が滋養強壮に効くスーパー食料なんだってよ」

「はあ」

「こりゃチャンスだとオレは思ったね。使い道がない虫だが数は多いし、捕まえるのは簡単だからな。いい商売だと思ったんだ。……で、どうだい?」

「はあ……」

 商人は大量に集めたヒカリテントウを詰めているツボを見せつけてくる。

上機嫌の商人を尻目に、面倒な商人に捕まったと、アルドは少し前の自分に悪態をつきたくなる。

 このままだと何も言えずに、あれよこれよと買わされそうだと判断したアルドは、本題を持ちかけてさっさと目的を済ませにかかる。

「捕まえるのは簡単ってことだけど、どう捕まえるんだ?」

「あん? ああ、ヒカリテントウは夜行性だがよ、昼間は水草で陽を浴びて昼寝してんのさ。そこをヒョイッとね。いやぁ、大量さ大量」

 胡散臭い商人だが、未来の大繁盛に気を良くして簡単に口を割る。アルドにしてみれば有り難い話だった。

捕獲方法は簡単。これで捕まえることが出来るだろう。

しかし、と思う。この男が見せたあのヒカリテントウの量は相当なものだった。もしかしたら、あの中に蜜が固いヒカリテントウが一匹ぐらい……

(ここで数匹買えば捕まえる必要はないか?)

 購入を真剣に検討し始めたアルドは、一つ気になることを質問する。

「なあ、そのヒカリテントウは全部、蜜が液状なのか?」

「ああ、もちろんさ。全部、食用だからな」

「そうなのか……。蜜の固いのを探してるんだけど、その中にいないか?」

 アルドにしてみれば何気なくした質問だった。だが、商人はそれに激しく気分を害したのか、急に不機嫌な顔をする。

「なんだ、あんたもかよ。そういうことなら他をあたってくんな! ま、この辺りのは全部オレが捕まえてるがな。大繁盛のチャンスは逃さんのよ、ガハハ!」

 まったく意味の分からないことで勝ち誇る商人に、事情を聞こうとするアルド。しかし、アルドが客にならないとわかるや、商人はシッシッと邪険にし話も聞いてくれなかった。

 商人の目につかない所まで来たアルドは大きなため息を吐く。

「はぁ……なんだったんだ?」

 急な心変わりの理由は不明だが、アルドの印象だと、もうあの商人からヒカリテントウを仕入れるのは無理そうだった。しかも、あの商人が言うにはヒカリテントウは根こそぎ乱獲されてしまっているようだ。

 自分がアクトゥールでヒカリテントウを見かけなかった真実はハッキリしたが、蜜の固いヒカリテントウを捕獲出来なさそうだとも判明してしまった。

 捕まえるのが難しいなら買おうかとも考えたが、さっきの商人は論外だとして、聞き込みの印象から、他にヒカリテントウを商品として扱っている者は皆無だろうと思う。

「どうしたもんかな」

「ね、そこの剣士さん」

 思わずボヤキが漏れるアルドに、聞きなれない声の女性が声をかけてきた。

 振り向くと、職人がよく着ているエプロン姿の若い女性が近付いて来る。そして、アルドの目の前まで来た女性はアルドの服装をじっくりと観察しはじめる。

「ちょ、な、何してんだ!?」

「ちょっと、じっとしてて。見てるんだから」

 全身をくまなく観察しながら「うーん」と唸る女性。最初は拒絶していたアルドだが、一向に辞める気配のない女性に諦めて、気恥ずかしさを感じながらもされるがままにした。

 女性はそれなりの時間をかけて、細かなところまで観察している。直接触ってきたりはしないが、我慢しているせいか手がワナワナしている。

 観察を終えた女性は納得したように何度も肯いた。

「うん、うんうん! キミの装飾が珍しかったから気になっちゃってね。あたし、ソルードっていうの。ね、そのアクセサリーってどこで手に入れたの? まったく見たことないモチーフや素材……異国の職人?」

 さらなる興味を示す女性に、アルドはまずいなと察した。このまま放っておくと、未来の余計な知識を彼女が得てしまうだろう。

 だから、アルドはお決まりの対処法をとった。

「お下がりでな、大事なものだから見せたりは出来ないぞ」

 旅を通して、アルドはこの手の関心に慣れていた。だから、この対処も言い慣れたものだった。

 ソルードと名乗った女性も、アルドの返答を聞いて最初は残念そうな顔をしていたが、すぐに切り替えて「そうだ」と話題を変える。

「キミさ、さっき商人さんとヒカリテントウでもめてたでしょ。それで聞いちゃったんだよね。蜜の固いヒカリテントウを探してるんでしょ? ね、なんで?」

「それは……」

 言いよどむアルド。未来のことに触れない程度に言ってもいいと思うのだが、ソルードがあまりに期待のまなざしを向けてくるから、何がそんなに関心があるんだろうと不思議に感じ、思わず言葉が詰まった。

 しかし、アルドにしてみれば目的のヒカリテントウの情報は喉から手が出るほど欲しい。

 少し考えてから、アルドは今か今かと答えを待っていたソルードに、言い過ぎない様に簡単な事情を話すことにした。

「実は知り合いのアクセサリー職人が、ヒカリテントウの固い蜜でアクセサリーを作りたいらしくて。事情があって、オレが仕入れを手伝ってるんだ」

 アルドの事情を聞いたソルードはガクリと俯いた。

思いもよらぬリアクションに戸惑ったアルドが声をかけようとすると、ソルードはさらにぷるぷると身体を震わせはじめた。

 そして、いきなりアルドの両肩を掴みバッと顔を上げたかと思うと、すごい勢いで湧き出る疑問と感情を遠慮なくぶつける。

「やっぱり! ね、その職人はどのくらいの大きさの蜜石で作る気? そもそも、どうやってヒカリテントウの凝固した蜜を加工するつもりなの? そういえば、どうしてヒカリテントウに目を付けたんだろ。もしかして、もう加工法が確立されてる? そんな! せっかく研究してるのに悔しいー! けど、知りたいわ。ね、教えて!」

「ま、待ってくれ! そんな一度に言われても困るよ。なんでそんなにヒカリテントウの加工法が知りたいんだ?」

 アルドの言葉に少し冷静さを取り戻したソルードは、羞恥に顔を赤らめ手を離し、一歩下がって自己紹介を始めた。

「私、工芸職人なのよ、独学なんだけどね。それで今、ヒカリテントウを使ったアクセサリーを制作しようと思ってて、加工法の研究中なのよね」

「加工法の研究?」

「ええ。知ってると思うけど、ヒカリテントウは液状の蜜が一般的。けど、固い蜜も確認されてるの。その理由が不明なんだけど、当たり前にいる虫だから、まともに研究もされてない。けど……」

 わざと言葉を切って、ソルードは自慢げな顔をして胸を張った。

「このソルード! 蜜石が日光と関係あるのを知っているのです! だから、ヒカリテントウの蜜石で新作アクセサリーを作ろうと思っているの。実は、加工方法が載ってる資料があるんだけど、抜けがあったり間違ってたりしてて、検証と修正を重ねて研究してるの。で、キミよ!」

ソルードはアルドを指差した。当のアルドは「オレ?」と首を傾げる。

「そう! キミの知り合いはヒカリテントウのアクセサリーを作るんでしょ、しかも蜜石で。それってつまり、加工法を知ってるってことよね。お願い、なんでもいいの。何か知ってること教えて!」

「知ってることって言われても、オレもメモを覗いただけだし。悪い、ホントに詳しくは知らないんだ」

 ソルードは見るからに残念そうな顔でがっくりと肩を落とす。よほど期待していたんだろう。

 しかし、申し訳なさとは別に、ずっと感じていた疑問も大きくなった。

 ソルードもウルーヨも加工が難しいのに、どうしてそんなにヒカリテントウのアクセサリーに拘るんだろうか。

宝石並に綺麗、アクセサリーとしてのバランス。理由は色々聞いた。しかし、二人の職人がヒカリテントウに執着する熱量には、それ以外の理由がある気がする。

 落ち込みから立ち直ってブツブツと何かを悔しがっているソルードに、アルドは浮かんだ疑問を素直にぶつけてみる。

「なあ、知り合いの職人もどうしても使いたいって言ってたけど、蜜石のアクセサリーってそんなに特別なのか? 何か他と違うのか?」

 アルドの質問にソルードは困惑した表情を浮かべた。

深刻そうな顔で唸るソルードに、アルドは不安を煽られる。

「何も聞いてないの? それって……うーん」

「頼む、教えてくれ。そんな反応されると、余計に気になってくる」

「だよね……。うーん、その職人さんのこと知らないし目的はわからないけどね。ヒカリテントウのアクセサリーって、結構効果のある呪具なのよ」

 呪具。つまり、呪いに使う道具、あるいは呪いのかかった道具。

今、自分が腰に帯びている剣もそうだ。かつて、これで大変な苦労をした記憶が蘇る。

「呪具って、そんな危険なものだったのか!?」

「確かよ。ホントは嫌だけど、一族の名に懸けて保証してあげる。あたしもそれ目的で作ろうと思ってたし」

 呪具を作るのが目的と聞いて、アルドはソルードへの警戒を強めた。何か危険なことをやろうとしているなら、ソルードもウルーヨも止めなければ。

 そんなアルドの視線を受けて、ソルードはやれやれと首を振った。

 陽が少し傾き、きらきらと光るアウトゥールの海を背に、アルドをまっすぐ見てソルードは口を開いた。

「悪いイメージはわかるけど、そんなんじゃないわよ。呪いって要は想いなの。だから、全部が悪いものってわけじゃない」

 喋るソルードの顔は決意にあふれていたように、アルドには見えた。

 アルドの旅は、時代を超えた呪いと化すほどの強い想いに苦しめられている。だからか、アルドには呪いが想いというソルードの言葉がすんなり納得できたというのもある。

 ソルードはさらに事情を話す。

「新作も、あたしの工芸品を素敵だって言ってくれた人たちに、日頃の感謝と祝福を込めてプレゼントするの。信じてもらうしかないけど、悪意を込めるつもりはないの」

 出会って数時間も経っていないが、アルドにはソルードが好きなものにまっすぐな好人物に映っていた。だからこそ、彼女が悪意のある呪具を人に渡すことはないと信じられる。

 だから、アルドはまず、ソルードに頭を下げた。

「……ごめん。呪いに困らされたことがあったから、警戒してしまった。事情も知らずに疑って、嫌な気にさせてしまってすまない」

「いいって。悪いものがあるのも確かだし」

 さっきの表情からケロッと変わって、ソルードは笑顔でなんでもないと手を振る。

 器の大きいソルードに感謝しつつ、アルドは彼女自身について気になることがあった。

「けど、ホントに詳しいな。呪具ってそんなに一般的なのか?」

「ああ、私の一族って呪具作りの職人一族なの。さっきみたいなことがあるし、ホントは隠してるんだけどね。家督継いだって作品を人目にさらすことができなくなるし、だったら工芸職人になりたかったの」

「そうだったのか。けど、それ話して大丈夫なのか?」

「いいの、いいの。一族のこととか、掟とかにあんまり興味ないの。あなた、良い人っぽいし、いいわよきっと。けど、あなたの知り合いもプレゼントにヒカリテントウを使いたいってことは、もしかして同胞なのかしら?」

 そのことはアルドも気になっていた。ウルーヨは一体、どういった目的で、アルレッキーノに呪具を渡すつもりなのか。

「わからない。オレはアクセサリーの工芸職人だとしか知らないんだ。一体、どうして呪具なんか必要なんだ」

「どんな気持ちかは本人じゃないとわからないわ、今悩んでても仕方ないわよ。ほら、これ」

 ソルードはエプロンのポケットから小さなビンを取り出し、それをアルドに手渡した。

 そのビンにはウルーヨのスケッチで見たのとそっくりな、蜜の固いヒカリテントウが数十匹閉じ込められていた。

 驚いているアルドに、ソルードが親しそうな笑顔を浮かべた。

「それをその職人さんに渡してあげて。どんな理由であれ、同じアクセサリー職人として応援しちゃう! それにキミに会えたおかげで、ヒカリテントウの蜜を加工できるってわかった。悔しいけど、やる気が湧いて来たわ。第一発見者になれないけど、自分で方法を見つけて、今度の新作は絶対いいものにする!」

「ありがとう! きっと加工法は見つかるよ。頑張ってくれ!」

「うん」

 決意を新たにしたソルードに別れを告げ、アルドは現代に戻ってきた。

 その道中、アルドはウルーヨのことを考えていた。自分がどう決断を下すにしろ、まずは理由を本人に聞かなければならない。



 日が暮れはじめた時間、アルドは王都ユニガンに戻ってきた。ウルーヨから頼み事を受けて、三日が経っていた。

 バザールのウルーヨの店まで行き、彼女からの申し出で店を離れた場所に二人はやって来ていた。

「ウルーヨ、当てが当たったよ」

「まあ、ホント? すごいわね!」

 ヒカリテントウが入ったビンをウルーヨに渡す前に、アルドは神妙な顔つきでやるべき事を始めた。

「その前に聞かせてほしいことがある。これを手に入れる時に、ヒカリテントウは呪具に使うって聞いたんだ。どうしてこれを作りたいんだ?」

 ウルーヨはしばらく黙っていたが誤魔化しきれないと観念したのか、バツの悪そうな表情で応えた。

「……知られちゃったか。思ってる通り、呪具を作るつもり。彼を呪った呪具をね」

 芝居がかった喋り方、どこまでもマイペースな人柄、そしてウルーヨへの激しいアプローチ。女性関係に難がありそうだから、恨みを買っていないタイプだとは言えない。

しかし、目の前のウルーヨが彼を邪険に扱っている様子はなかったはずだった。

「どうして、彼に呪いをかけるんだ? そんなに嫌ってるようには見えなかったのに。それとも悪い呪いじゃないのか?」

 ウルーヨは困ったように頬をかいた。信じてもらえるのかわからないが、と前置きをしてから、彼女は事情を話し始めた。

「悪い呪いと言えばそうなんだけど、結果はそうじゃないの。彼の幸運を枯れさせないためなの」

「……どういうことだ?」

「私、大昔から続く呪具を作る一族の娘なの。蜜石の加工法は先祖が見つけたのよ。跡を継ぐのが嫌で放蕩してるんだけど、その旅で彼と出会ったの。その時一度だけ、疎ましく思って呪いを込めたアクセサリーを送ったことがあるの」

(ちょっと気持ちはわかるな)

 アルレッキーノのキャラクター的に最初の頃は疎まれても仕方ないだろう。

「だって彼、初めてからあんな調子よ? 今は慣れたし、私も女だから好ましく思うけど、最初は鬱陶しかったわよ。一族から逃げ出した旅の途中で、商売も軌道にのる前。イライラしてて当然」

「だからって、呪ったのか。随分、思い切ったな」

「軽めの不運の呪いよ、軽め。ちょーっと、頻繁に小石につまずくようにしてやろうって思っただけ。けど、私の作った呪具と彼は相性が良くなかったみたいで、効果が反転しちゃって……」

「反転って。そんなことがあるのか?」

「余程、相性が悪かったのね。不運のネックレスが幸運のネックレスに変わったんだもの」

「じゃあ、幸運の天使って、本当だったのか。あれ、でもじゃあ、なんでまた呪具を渡そうなんてしてるんだ。相性は悪いんだし、今はそんなに嫌じゃないんだろ?」

「そうなんだけど……。彼、幸運になったことで調子に乗っちゃって、危険な目にも無謀になっちゃったの」

 そう言うウルーヨの目は、本気でアルレッキーノの事を心配しているようだった。

 確かに、前に一緒に行動した時にも、アルドが居なければ危なかったタイミングは多々あった。あの時は根拠のない自信だと思っていたが、それが全部本当の話だったとは。

「ああ、確かに。魔物がいるような場所でも、全く警戒心がなかったな」

「正直、そんな長く効果の続く物じゃないから、大変なことになる前にいつも新しいのを渡してたの。彼が怪我するのは、私も嫌だから。……これが私がアクセサリーを渡す理由よ。納得してくれた?」

「ああ、事情はわかったよ。けど、本人に伝えて無謀なことを止める様にはできないのか?いつまでも危険だし、ヒカリテントウはもう手に入らないぞ」

「そこなのよね……。それとなく言ったことはあるけど、聞く耳を持ってくれなかったから。とりあえず、今は新しいのを渡す以外に方法がないの」

「……わかった。けど、いつかは解決しないとダメだ。約束してくれ、でないと材料は渡せない」

 少し躊躇っていたが、ウルーヨはゆっくりと肯いた。あれだけヒカリテントウを探していたのだから、彼女も本気で悩んでいたのだろう。

 だから、アルドは彼女を信じる事にした。ビンをウルーヨに手渡す。

「……ちゃんと話を聞いてくれて、ありがとう。すっごく嬉しかったわ。じゃあ、私は制作に入るから。さよなら」

 ウルーヨはビンを大事そうに抱えながら、少しだけ目尻を赤くして夕方の街に去って行った。

一人残されたアルドは古代で出会ったソルードの言葉を思い出していた。

「本当に、悪い想いじゃなかったな。あの時、信じてよかった」

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