呪われた幸運のアクセサリー アン/ラッキー
桃山ほんま
第1話 「春の心は穏やかに」
魔獣王の王都襲撃を退けた後、アルドたちは旅を続けながらも、たまに王都に立ち寄って復興の手伝いや住民の悩み事を解決していた。
今日も街で手伝いをしようと仲間たちと話し合い、手分けをすることにしたアルドは、一人バザール方面に向かっていた。
「ここら辺も活気が戻って来たな。改めて、王都は人の集まる場所なんだなって感じるな」
瓦礫が取り除かれた大通りに開かれたバザールの賑わいは、かつての景色を取り戻しつつあった。
地元の色とりどりの野菜や食料、値踏みする主婦。港町リンデから届いた鮮魚、声を張り上げて喧伝する商人。露天に並ぶ料理の美味そうな匂いが腹を鳴らす。異国の品を持ってきたキャラバン隊のテントには、珍しい彫刻品や布、ガラス製の品がある。
異国情緒ある品々の中に、いくつか古代の街で似たのを見かけた物があったりした。アルドはバザールの巡回もかねて、物見を楽しむ。
さらに奥に進んでいくと、さっきまでとはガラリと雰囲気が変わる。
さっきまでの区画は食料品などが並んだエリア。バザールを利用する主婦は大体、このエリアの端まで来て引き返す。まだ瓦礫が残っており、撤去待ちの瓦礫は道端に寄せられて危険だからだ。
食料品エリアの先、ここは手作りの加工品が並んでいたりする職人露店エリア。職人たちが露店で店番をしながら何かの制作をしている姿をちらほらと見かける。
危険さが残るこの場所でも多くの職人が店を出すのには理由があった。彼らは商売よりも自分の感性や心地よさを優先する。つまり、崩れたその通りは職人気質の人たちには刺激的で居心地がよかった。
さっきまでの華やかで騒がしい風景に慣れたアルドの目には、落ち着いて味気ない景色に映った。けれど、一つひとつ露店を覗くと、精巧で綺麗な雑貨や食器などが揃っている。
物珍しい物品の数々にアルドは感動の呻きを漏らす。
「うわ……すごいな……」
このエリアに足を踏み入れた時は一見地味だと感じたが、どの露店も個性豊かで同じ物が一つとない。
珠玉の作品が並ぶ露店の数々がアルドの目を惹きつける。各露店をゆっくり眺めていたい衝動に駆られるアルド。しかし、後ろ髪を引かれる思いを振り払い先に進む。
巡回を優先しなくちゃ。
すると、とある露店で大量の木箱を前に、困ったように首を傾げるエプロン姿の女性を見つけた。
「う~ん、どうすればいいのかしら」
「何か、トラブルか?」
アルドは本来の仕事を果たすチャンスだと、困っているらしき女性に声を懸けた。
「すごい量の荷物だな。どうしたんだ?」
女性は振り返り、アルドの姿を認めると軽く苦笑した。
「あら、こんにちは。実はこれ全部、配達の商品なの」
「配達ってことは、あんたは配達業者なのか? この量は大変だな」
アルドの疑問を、女性は快活に笑い飛ばす。
「違う違う。これはあたしが作った商品で、配達を頼んでたのよ」
女性はエプロンのポケットから実に精巧なイヤリング一組を取り出してアルドに見せた。
大き目のイヤリングに刻まれた名前を女性は指差した。
「初めまして、でしょ。あたし、アクセサリーを自作して売ってるウルーヨ。ありがたいことにお客さんの評判が良くて、遠くの人からも注文が届くようになったの。それで、キャラバンに頼んで配達をしてもらってるの」
自己紹介を終えると、ウルーヨはイヤリングをポケットにしまった。
商品を見せつけられたアルドは、その出来に人気が出るのも納得する。
「へぇ、繁盛してるんだな。でも、こんなに溜まって、その配達のキャラバン隊はどうしたんだ?」
ウルーヨが頭を掻いて、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……ええ、それがね。いつも配達を頼んでたキャラバンが王都襲撃の時に、魔獣に襲われちゃったらしいの」
「魔獣に!? 大丈夫だったのか?」
「幸い、荷物を預ける前だったし、けが人とかは居なかったらしいんだけど。装備と かが壊れちゃったらしくて。動けなくなっちゃったの。いくつかは別のキャラバン に頭を下げて配達を頼めたんだけど……。まだ、こんなに残っちゃったのよね」
そういって女性が木箱の山を見上げる。つられて見上げたアルドは、改めてその量に驚いて自然と顔がひきつった。
「これ、全部か? あんた一人じゃ無茶だろう」
事情を一通り聞き、ウルーヨという工芸職人がとても困っていると感じたアルド。
当初の目的通り、困っている人の手伝いをしよう。そう思い、アルドは口を開く。
「なあ、良ければ手伝う……」
「ちょぉぉぉぉぉぉっと、待っちたまえ!」
アルドの言葉を遮るように、どこかから大声で静止の言葉が届く。
何事かと、驚いたアルドは辺りを見渡す。ウルーヨは「またか」と呆れた様子だ。
すると、通りから小洒落た服装に琥珀色の石をあしらったネックレスをつけた男が、人の波によろけて転びそうになりながら登場した。
よろけているはずなのに、妙な踊りのようになって一直線にウルーヨの前にやってきた。奇妙な登場をした男は言葉を紡ぐ。
「やあ、麗しい僕のウルーヨ。キミの困り果てた表情も新鮮だ、今日も幸運の天使が 微笑んでいる。しかし、やはりキミには笑顔が映える。僕がなんとかしようじゃな いか!」
なんかポーズを決めている。劇の役者みたいだ。
男の持って回った言い方と突然の登場にアルドは困惑して言葉も出ない。しかし、女性は慣れた様子で普通に挨拶を返した。
「こんにちは、アルレッキーノ。今日も相変わらずね。でも、あなた一人じゃこれ全 部は……」
「安心したまえ、僕のウルーヨ。キミのためなら、僕は疾風にも負けない世界一の俊 足になれるのさ」
その場で走ってみせるアルレッキーノ。息が切れている。
「いえ、重いの」
「心配しなくていい、僕のウルーヨ。キミのためなら、僕は魔獣にだって負けない世 界一の力持ちになれるのさ」
力こぶを作ってみせるが、鍛えていないのか、たいしたものじゃない。
一々ポーズを決めるアルレッキーノを無視し、ウルーヨと呼ばれた女性が考え込む。
「……そう? なら、お願いするわね」
「任せておきたまえ!」
自信満々に胸を反らしていたアルレッキーノは、急にまごまごしながらウルーヨを見つめる。
「す、全てを配り終えた暁には、ぜひ僕とデートを……」
するり、とウルーヨは踵を返して店の裏に向かう。
「じゃあ、リンデの船着き場までお願い。そこで船に引き渡すことになってるの。あ たしは別の商品を配達してくるから、終わったらここに来て。お礼ははずむわよ」
そう言い残し、ウルーヨはいくつか木箱の乗った荷車を引いて出て行ってしまった。状況についていけないアルドと袖にされたアルレッキーノだけがその場に残された。
ウルーヨに無視されたアルレッキーノは木箱の山を見上げて固まっていた。
アルドはアルレッキーノにどう声をかけるべきか悩んで、とりあえず、妙な男に目を付けられる前にこの場を去ることにした。
「……まだあったのか。じゃあ、オレはこれで」
「待ちたまえよ、名も知れぬキミ!」
遅かった。ため息をついて、アルレッキーノの方を見る。
「なんだ?」
アルレッキーノは額に人差し指を押し当て、考え込むような素振りをしながら「ン~」と唸っている。なんだか、一々奇妙なことやってるな。
すると、納得したようにしたり顔をして、うんうんと肯いている。
「キミ、僕の手助けがしたいのかい? なら仕方ない。手伝ってくれたまえ」
「え、何も言ってないぞ!? お前、自分で大丈夫だって言ってたじゃないか」
「謙遜しなくてもいい、我が騎士よ。キミが僕のウルーヨをあわれに想い、その力を貸そうとしていたのを僕は見逃さないさ……。ずっと、見て聞いていたからね!」
「なんで見てたんだ……?」
アルレッキーノは詩を歌う吟遊詩人のように声高に、アルドのことを勝手に評価し始めた。
「キミは困っている人を見ると、助けずにはいられないのだろう? まさに、英雄にふさわしい素養! さあ、荷物を持ちたまえ、我が騎士よ。この一歩がキミとアルレッキーノの英雄譚の始まりを彩るのさ!」
アルレッキーノは一人で盛り上がったかと思うと、小さな荷物を二、三個持って一人で先に行く。
こちらの声にまったく耳を貸さない自分勝手なアルレッキーノ。その振る舞いに気圧され、アルドもすぐには状況を飲み込めなかった。
しかし、こちらの話も聞かず一人で先に行ってしまった以上、追いかけないわけにもいかない。
アルドは大きなため息を吐いた。
「……はぁ、仕方ない。リンデまでは危険だし、護衛ついでに手伝うか」
なんだか、体よく押し付けられたと感じた。改めて、アルドは残された荷物を見上げる。そして、忘れていたことに気付いた。
「……って、あいつ、少ししか持って行ってないじゃないか!」
ウルーヨの商品を借り馬車に乗せ、道中の魔物などを撃退しながら、アルドは港町リンデまでやってきた。
町に着いた時にアルレッキーノの姿は見えなかった。きっと先に船着き場に居るのだろうとアルドは考え、その時は特に気にしなかった。
アルドは重い荷物を一人で運ばされた不満があったので、合流したら文句の一つでも言ってやろうと思っていた。
涼しい潮風が顔を撫でる心地よさに、重い荷物を運ぶ疲れも少し紛れる。船着き場を目指している最中、アルドは巡回を兼ねて町の様子を眺める。
道行く女性たちが妙に楽しそうに色めきだっている。何かいいことがあったのか?
船着き場には大きな商船が泊まり、屈強な船乗りたちが忙しそうに荷運びをしていた。
「ふぅ……ホントに重かったな。一度も見かけなかったけど、アルレッキーノはどこにいるんだ?」
周りを見回して彼の姿を探してみるも、まったく見当たらない。ユニガンに居ても目立つ格好だから、リンデだと更に浮くと思うんだけど。
「まさか、すれ違ったりしてないよな?」
「……ん? すげえ量の荷物だな、一人で運んできたのか兄ちゃん。どうしたんだ?」
きょろきょろするアルドに気付いた船乗りの一人が、怪訝そうな顔をして声をかけてきた。
「ああ、実はユニガンのウルーヨって人から頼まれて、荷物を届けにきたんだ。頼んでたキャラバン隊が動けなくなったらしくてさ」
納得したように船乗りが肯く。船乗りの男はニカッと笑顔を浮かべた。
「ああ、ウルーヨさんの荷物か! お疲れ様、あんた一人で大変だっただろう」
「あれ、オレしか来てないのか? ちょっと、うるさい感じのキザっぽい男の人は来てないのか?」
船乗りは「う~ん」と唸って首を傾げた。
「いや、兄ちゃんしか来てないけどな。なんだ、まだ荷物があるのか? なら、悪いけど早くしてくれるか。出発の時間もあるんでな」
アルドは船乗りにサインを記入した書類を渡し、船への荷運びの手続きを頼んだ。船着き場から離れた場所で改めて、船着き場にアルレッキーノが来ていないか探した。
しかし、やはり見当たらない。
どこにいったんだ?
仕方ない。こういう時は聞き込みだ。
聞き込みと言えば酒場が定番だ。リンデの酒場はたしか宿屋の近くだったはず、運よくそこにアルレッキーノが居てくれたならいいのだが。
酒場に向かおうとした時、アルドはふいに、ここに来るまでに見かけた女性たちを思い出した。酒場に行くまでに、まず彼女たちに聞き込みをしてみよう。
○日焼けした若い娘のケース
「変な人? ええ、居たわよ。私のことをチョコのように煌びやかって言ってくれたの。正直、チョコを知らないんだけど嬉しかったわ。周りの男どもは、脳まで筋肉で出来たようなゴツイのしかいないし、日焼けを褒めたりしないもの」
○ふくよかで気の強そうな洗濯中の主婦のケース。
「ああ、あの男? こちとら家事で大変だってのに口説いてきたから、一発ひっぱたいてやったよ! ……けどまあ、旦那よりも褒め上手でいい男だったよ!」
○家のテラスでにぎやかに酒盛りをする老女仲間のケース。
「キレイだと褒められて、年甲斐もなくうれしかったのう」
「お世辞でも、若返った気になるわいの」
「ん? 彼ならセレナ海岸の方に向かったぞ」
リンデからセレナ海岸に出た所で、アルドはアルレッキーノ捜索の準備をしていた。
急いで向かいたいが、魔物が出没するのでしっかりと備えておかねばならないだろう。
「……けど、まさかリンデの女性に手当たり次第に声をかけてたとはな。子供も大人も、おばあさんも関係なくだもんな。あいつ、ウルーヨが気になってたんじゃないのか?」
装備の状態を確認しながら、アルドは呆れたように一人、愚痴をこぼした。
彼はアルレッキーノのあまりに女好き過ぎる点もだが、迂闊で無謀過ぎることに心底呆れ返っていた。
聞き込みをした女性の証言によると、アルレッキーノは口説き途中に肝心の荷物をセレナ海岸に落としたことに気付いたらしく、それを一人で取りに戻ったらしい。女性も危険だからと止めたらしいが、「自分には幸運の天使がついてる」と言って、一人でセレナ海岸に向かったそうだ。
それがついさっきのことらしいから、急げばまだ追いつけるかも知れない。
セレナ海岸のどこにいるかは不明だが、アルドはまずは橋の方に当たりをつけた。そちらの方が、道が整備されていて使いやすいし、魔物の出現頻度も少ない。リンデとユニガンを往来するならそこだろう。
走ることになるので装備の軽量化を図る。
最終確認を終え、遂に出発する。
無事でいてくれと考えながら、アルドは橋を目指して走った。
セレナ海岸の橋上。
そこから途方に暮れて海の方を眺めているアルレッキーノ。
「……落し物は探すと見つからないというのは本当なんだな」
「アルレッキーノ!」
「ん?」
聞きなれない声に名前を呼ばれ、アルレッキーノは声の聞こえた方を不審そうに見た。しかし、そこに現れたくせ毛の剣士に見覚えがなかったアルレッキーノは、適当にあしらおうとする。
「誰だい、キミは。残念ながら僕は忙しい身だ、キミとの談笑をたのしむ余裕はないんだ」
くせ毛の剣士は「えっ?」と驚き、困惑した表情のままアルレッキーノに近付く。
「まさか、もう忘れたのか? いや、そもそも名乗ってなかったっけ? えと、オレはアルドだ」
いまいちピンと来ていないアルレッキーノの様子にアルドは困り顔を浮かべる。
少し考えて、アルレッキーノが付けたあだ名があったのを思い出し、アルドは嫌々ながらもそれを口にする。
「たしか……えっと、騎士だ。あんたの騎士だよ」
騎士という言葉にアルレッキーノは反応し、「ん? おお!」と、やっとアルドのことを思い出した。
「我が騎士か。なんだ、キミも荷物を落としたのか。実をいうと僕もなのだ。麗しき海の女性たちに挨拶をしている内に、一つ荷物がないのに気付いてね。さあ、僕も一緒に探してあげよう」
「なに言ってるんだ。お前を探しに来たんだよ。こんな所に一人で来るなんて危険じゃないか!」
アルドが語気を強めて文句を口にするが、アルレッキーノはまるで反省した様子もなく、むしろ自信満々に胸を張った。
「ハハハ、安心したまえ。我が騎士よ。僕は世界一幸運な男だ、幸運の天使がついているからね、危険が迫ろうとなんとかなる」
「お前、なに言ってるんだ」
意味不明な妄言を言うアルレッキーノに、安心や呆れが色々あって、アルドは心底大きくため息を吐いた。変なヤツだ、と思いながらも、気を取り直して彼を早く連れ帰ろうと顔上げ、気付いた。
アルレッキーノの背後の岩陰から、ゆらりと現れた魚型魔物が彼を食べようと大口を開いている。
「アルレッキーノ、後ろだ! 下がれ!」
叫びにアルレッキーノが振り返る。
その時、アルレッキーノの脚がもつれて、仰向けにしりもちをつく。幸運なことにそのお陰で、彼の頭があった位置を抉る魔物の凶悪な口から逃れられた。
「おおう!? ま、任せた我が騎士!」
あたふたと慌ててアルレッキーノはアルドの背後に逃げて、大きな岩陰に隠れた。
アルドは橋を通せんぼするように立ちふさがり、同時に剣を引き抜いた。
◇
(バトル勝利後)
戦いを終えたアルドは他に敵がいないか気配を探り、安全を確認した後、剣を収めた。
アルドはアルレッキーノが隠れた岩に向けて声を上げた。
「アルレッキーノ、もういいぞ!」
返事がない。
待ってもない。
まだ返ってこない。
一抹の不安がアルドの頭を過る。
(まさか、また居なくなったりしてないよな。街に逃げてくれてるならいいけど、まだ近くにいるんだとしたら。最悪、戦闘音につられた魔物に襲われでもしていたら……)
急いで彼が隠れた岩陰を確認するアルド。
「アルレッキーノ! おい、いるのか!?」
「……おお、終わったんだな。流石だ、未来の英雄! それに僥倖だぞ、僕が逃げた岩陰に荷物があったんだ。今日も幸運の天使が輝かしく微笑んでいるのさ」
と、尻を向けた状態でアルレッキーノが喋っている。尻がぷるぷる震えている。
「……なに、してるんだ?」
「実は、荷物が、奥にあってね。中々、取れないんだッ」
荷物を取ろうとして一生懸命に頑張っているアルレッキーノを見て、今日一番のため息を吐くアルド。正直、怒りも湧かないほど呆れとくたびれしかないが、言わなければならないことは言わなければ。
「……アルレッキーノ、本当に危なかったんだぞ。もし一人の時に魔物に襲われていたら、最悪の事態だってあり得たんだ。一人で無茶な真似はしないでくれ、いつもいつも幸運ってわけにはいかないだろう?」
見事、荷物を取り出したアルレッキーノが満面の笑顔を浮かべて岩陰から出て来た。
アルドの忠告に、やはりアルレッキーノは自信の溢れた良い顔で応えた。
「しかし、キミが来た。キミが居た。そして、僕は助かり、無事に最後の荷物を届けられる。すると、キミと出会えたことが一番の幸運なんだろうな。とても感謝しているとも、さすがは我が騎士だ」
素直な感謝の言葉に、アルドも悪い気はせず、さっきまでの彼への不満も少しほだされたような気がした。
調子が狂った感じになったアルドは、とりあえず、それ以上言葉を重ねるのを止めにした。それに思い出したこともあった。
「本当にわかってるのか? 調子がいいというか、よくわかんない奴だ。……そうだ。残念だけど、もう船が出る時間だ。今から行っても船はいないし、諦めて一度ユニガンに戻ろう」
アルレッキーノが大げさなリアクションで驚き、この世の終わりみたいな顔をする。
「なんと!? ……なんということだ、僕にあるまじき失態だ。ウルーヨが悲しんでしまう。……その顔も美しそうだ」
自分の妄想で楽しそうにしているアルレッキーノを後ろから見て、気付かれないようアルドは肩を竦めた。
「……調子がいいだけかもな」
残った荷物一つを抱えたまま、アルドたちは王都のウルーヨの店に向かう。その途中、アルレッキーノは今回の失敗を嘆いたり、前向きにウルーヨとの会話の機会だと喜んだりと色々と変化した。
忙しいヤツだと思いながらも、一緒にいるからと会話に付き合うアルドだった。
夕暮れ時の王都ユニガン。
夕飯時ということもあって、バザールにはもうほとんど客も居らず、今朝混雑していた食料関係の店は既に閉まっている所もあった。隊商も次の街に向かう準備をし、今日の調子を商人同士で話し合ってたりした。
この時間だと、職人たちの店の方が活気がある。人が多い訳ではないが、熱心に商品を眺める、高そうな服を着た人物などがやって来ている。心なしか、今朝よりも職人たちのやる気が高そうだ。
ウルーヨの店にも、そういう熱心な客が何人も来ていた。
本当に人気なんだな、と改めてアルドは感心した。
こちらに気付いたウルーヨが、客に何か断って、こちらにやって来た。
「アルレッキーノ! 全部届けてくれたのね、お疲れ様」
ウルーヨに声をかけられたアルレッキーノは余程嬉しかったのか、落ち込んでいたのが嘘のように元気になる。しかし、配達できなかった荷物のことを思い出し、彼は素直に頭を下げた。
「僕の天使ウルーヨ! キミに会えなかった寂しさも、夢にまで見たキミに会えば吹き飛んでしまうよ。ああ、しかし、なんたること! 許してくれ、ウルーヨ。僕はキミの荷物を全部届けることができなかった……」
「オレからも謝るよ。船がもう出てしまう時間で、一つだけ間に合わなかったんだ」
ウルーヨに小言の一つでも言われるかもと思っていたが、ウルーヨは不思議そうな顔している。
「……もしかして、アルレッキーノが持ってる、それのこと?」
ウルーヨが指差したのは、まさにアルレッキーノが見つけた最後の荷物だ。
申し訳なさそうに、アルレッキーノはそれを差し出した。
「ああ、僕の失態の証だ。かくなる上は、これは僕がキミへの愛に誓って、キミの傑作を心待ちにする待ち人に届けてみせよう!」
誓いを立てるアルレッキーノに、ウルーヨは楽しそうに微笑んだ。
「あら、そうなの? けど、そんなに気にしなくていいわよ。だってそれ、試作品だもの」
「……えっ?」
予想外の返答に固まったアルレッキーノに代わり、話を聞いていたアルドが聞き返した。
「試作品? これ、配達用の商品じゃないのか?」
「ええ。ほら、箱の底に試作品って書いてるでしょ。きっと、間違って荷物と一緒に持っていっちゃったのね」
ウルーヨが固まったままのアルレッキーノから試作品の箱を取り上げ、よほどこちらの反応が面白いのか悪戯が成功した子供みたいに、アルドたちに嬉しそうに箱を見せつけてくる。
確かに、アルレッキーノの持ち方だと底になっていた面に試作品と書かれていた。というか、底になっていた面が本来上だったようだ。
「けど、ほんとに助かったわ。そこのあなたも、アルレッキーノを助けてくれてありがとう。彼、他人の話を聞かないし、女性を見かけると声をかけにどっか行っちゃうから大変だったでしょ?」
「あ、ああ。いや、そうだな……」
「アルレッキーノ、それお礼にあげるわ。試作品だけど、あなたの言う通りに傑作よ。やっぱり幸運の人ね。そろそろ戻るわ、お得意様なの」
アルレッキーノに試作品の箱を押しつけたウルーヨは小走りで店に向かい、客の相手に戻った。
夕日に照らされたその場には、未だ固まったままのアルレッキーノとなんとも言えない気持ちになったアルドだけが残された。
なんだかアルレッキーノのことが居た堪れなかったし、自分も妙に疲れがどっと出たので、アルドも仲間たちの待つ宿に帰ることにした。
「えっと、じゃあ、オレはこれで……」
「……ふふ…ふ……彼女の試作品を貰う幸運だったのさ……」
アルレッキーノの強がりにも似たその呟きを背に受けながら、今日は妙なヤツに出会ったな、と思いながらアルドは帰り道についた。
夕日が落ち、ユニガンにもう夜が来る。
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