ユカリのいじわる心

(あ、赤い糸を捕まえてくれたー! 本当に運命の赤い糸ってあったんだ! 星の王子様が本当に現れた! 願いがなかったんだ!)

ユカリは、本気で思った。そして彼の顔をよく見てみた。

(年上、高校生かな? 何か声をかけないと。でも何を話したらいいの……)

ユカリは、彼が声をかけてくれたことが耳に入らず、ぽーっと彼を見つめるだけだった。

すると彼の表情が少し変わったことに気づく。ユカリははっとし、慌てて答える。

「ありがとう、お兄ちゃん……」

ユカリは思った。

(今日は、お気に入りのワンピや帽子をしていてよかったー。彼に大人っぽく見えてるかな……)


普段のユカリなら、そんなことは思いもしない。しかし神社でお祈りした後に、イメージどおりの彼が目の前に現れたのだ。

(これは女神様が、運命の赤い糸の人に巡り合わせてくれたんだ!)

ユカリは運命の人、星の王子様、ナイトが現れたかの如く、彼を美化した。ユカリは声をかけようとするが……。

(やっぱり声かけるなんてできない、どうしよう、どうしよう……)


ユカリは心の中で動転していた。——すると彼から話しかけてきた。

「よかったね。お嬢ちゃん」


ガーン!

ユカリはショックを受けた。ユカリは、ただでさえ小学生に見られることに強いコンプレックスを持っている。ヒロトはユカリのコンプレックスに釘を刺すことを言ったのだ。

(お、お嬢ちゃんって! 少しは大人っぽく見えてるかなって思ってたのにー。この人って、まるでデリカシーないじゃないの!)

理想と現実のギャップに、ユカリは珍しくむっとする。そして再び、彼から声がかかった。

「お、お嬢ちゃん、どうしたのかな?」


カッチーン!

(また、お嬢ちゃんって……)

一目ぼれと焦りと自分勝手な思い込みが原因による、失望の感情が同時に起きた。

(この人、運命の赤い糸の人でもナイトでも王子でもない!)

一目ぼれした相手に、いきなり全面否定された気分になって感情が交錯し、ユカリは本当に切れてしまった。

「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんって、あたし、小学生じゃないもん! これでも中学一年なんだから!」

いきなり、ユカリが切れてしまったので、さすがに彼は動揺したようだ。ユカリは、はっとした。

(あ、あたしって何てこと、言ってしまったんだろ。親切に風船取ってくれたのに……)

すると彼は、何と謝ってきたのだ。

「ごめん、ごめん、俺が悪かったから……」


ユカリはびっくりした。その彼をよく見ると身長は百八十センチ近くあり、低身長のユカリからみれば、かなりの長身に見えた。スラっとして細身だが、よく見ると筋肉質だ。何かスポーツをやっている感じだ。

(けっこうかっこいいかも。悪い人じゃなさそう。こんな私に謝るなんて優しい感じ……)

彼はじーっと私を見ている。ユカリは再び、ぽっーとした。内心は複雑だが、ユカリは、けっこう恋っぽい性格。

(どうしよう、完全に嫌われたかな。今ので変な女って思われたかも。謝ったほうがいいかな? もっとお話したいし。よし、こっちも謝ろう!)

ユカリはそう思い、彼の表情をそーっとのぞいて見た。しかし彼の顔は、さっき謝ったのとは裏腹に、いかにも「面どくせーガキだな」という表情がはっきり顔に出ていたのだ。


 ムカー

(もー、やっぱりこの人、あたしを子どもだと思ってバカにしていた! 適当に謝ればやり過ごせるだろって顔している!)

ユカリはムカっとして、さらに切れてしまった。

「今、あたしのことガキみたいだって思ってたでしょ!」

「お、お嬢ちゃん、俺ね、別にそんなふうに見ていないよ」

「ほら! また、お嬢ちゃんって言った! やっぱりガキだと思っていたー!」

「あ、本当にごめん、このとおり謝るから……」


彼は何度も謝って、頭を下げてきた。

(一体、この人、何回謝るの?)

彼は焦った表情をしている。まるで子どもが困っているような表情だ。

(へえー、このお兄ちゃん。けっこうかわいいところあるんだ……)

そんな彼を見て、ユカリにいじわる心が出てきた。そして彼に、もっといじわるをしたくなったのだ。

「君、なんでそんなに謝る必要あるの? やはりガキだから適当に謝れば収まりつくんじゃないかって思ってるのね! もう、絶対許さないから!」


——ユカリは、何も言い返せず、おじおじする彼がかわいく見えてきた。

(ナイトでも王子でもなかったけど、おもしろくなってきたかな……)

ユカリはそう思った。そして思わず吹き出してしまった。

「ぷ、あはは」


ユカリは何度も謝る彼の姿がおかしく見え、思わず笑ってしまう。おかげでさっきまでの緊張がすっかり解けてしまったようだ。ユカリは、緊張と安心と一目ぼれと怒りの感情がなくなり、ただ、大笑いした。そしたら彼も笑い出す。

「あはは」

「あはは」


——二人は、その場でしばし笑っていた。

「まいったな、俺、すっかりだまされたよ」

「お兄ちゃんって、馬鹿正直ね。でもおもしろかったわ」

「おもしかったって……大人をからかうもんじゃないよ」

「何よ、お兄ちゃんだって高校生くらいじゃないの」

「俺、高校一年。君、小さいけど中一でしょ。三つも違うよ。三つも違えばもう大人と子ども!」

「あー、また小さいって言ったー」

彼は、ギクッとした表情をした。その彼の表情を見て、ユカリは、ほほ笑みを浮かべた。

「ま、いいかー。風船を取ってくれたしね。よし、じゃあ、これで、ゆ・る・し・て・あ・げ・る」

彼は、ふうーって息をした。そんな彼を見て、ユカリは再び、くすっと笑う。

「そうだ、お礼にこの赤い風船、おにいちゃんにあげるよ!」

ユカリは、彼に風船を差し出した。

「いや、俺、風船なんてもらっても困るから」

「はい、あげる!」

ユカリは彼の話を無視するかのように、強引に彼の手をつかみ、風船を握らせた。

「あたし、これで帰るからね! それじゃあ、バイバイねー」


ユカリは走って階段を下りていく……。

彼は、ユカリが理想の彼として思っていたナイトや星の王子様とは程遠かった。しかしユカリにとって、ここまでずけずけものを言え、自然に話ができた男子は生まれてはじめてだ。ユカリは彼に興味を持ちはじめていた。



彼と別れ、ユカリはおばあちゃんの家に着いた。ユカリは部屋の机に座って、永森神社での彼との出会いを思い返す。

「ナイトでも王子でもなかったけど……」

ユカリは今になって、彼を思い出したらドキドキしてきた。

「やっぱり、あたし、彼に恋してる……」

それは、ユカリにとっての初恋だった。

「赤い風船をあげたので、赤い糸で繋がったかな? また会えてお話ができたらいいな……」

ユカリは、その夜、胸が苦しくなって一睡もできなかったのだ。

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