第19話  慟哭


『ピィーーーッ! 』


 迅の斜め後方から、甲高い音とともに赤い煙を放ちながら矢が空高く上がる。音と同時に、迅、レンカが飛び出しその場に走り出す。


 続けざまにもう一本の矢が同じように、音と煙を放ちながら空に上がる。


「おいおい。なんだ? 」


 その場の全員が色を放って音を立て上がる矢に視線を向けていた束の間に、迅とレンカは到着する。


 剣を振りかぶった監督が気配に気づいた時には、迅は剣を抜き、振りかぶった腕の下から斬り上げ、両腕の腱を断ち、体を向き直し振り上げた剣を両腕を叩き落とすように振り抜く。


「ぐおおおっ! 」


 その監督が迅に腕を斬り落とされ、地面で転げ回ると合わせて、レンカは高速に移動する蛇の如く、上体を揺らしつつ音も立てず、三人の人族に絡みつくように急所を外しながらも斬り伏せる。


 一人の人族が銃を構えるが、レンカの投げ放つ剣が胴体を貫く。迅も相手が戦闘態勢に入る前に手、足を主に斬りつけ突き刺す。


 一瞬の出来事に残る人族らもあわてつつ、叫び声とともに、迅、レンカに剣を抜きかかるが、突然現れた敵に冷静に対抗出来るはずもなく、その場にいた人族を難なく制圧することが出来た。


 正座させられていた三人のうち二人の亜人は、どうゆう拷問をされたのかわからないが一人は片腕が千切れかけ、出血が止まらない状態で、もう一人は内臓をやられているのか血を吐き出している。


「くっ」


 レンカがその腕の止血に取り掛かりつつ、指笛を鳴らす。



 そこから少し離れた詰め所らしきところから、残りの人族が何事かと五人の人族が出てくる。内三人は銃を抱えていた。  

 出てきた直後に銃を持った一人に、矢が三本容赦なく突き刺さる。それをみて残る四人が悲鳴と怒号を上げながら散らばった。



 打ち合わせ通り、指笛合図で隠れていたチビッコ達が走ってきて、レンカから奴隷達の鎖の鍵を受け取る。彼らから残る人族らの情報を訊いたレンカから


「迅さん、あとはあの詰め所の奴らだけだよ。マー姉向かってるね」


 レンカは二人の亜人の出血を止めるのに動けないでいた。確かマーナさんは……


「わかりました。俺いきます」

「カヤク持ってるよ」

「了解です」



 迅が詰め所に向かい走り出す直前、ふとブロック塀の陰に目をやり立ち止まる。



「なんだこれは……」



 簡易的に造られた焼却場のような、建物とはいえない吹きさらしたブロック塀の片隅に、亜人らしき者達の骨とむくろが、正に山積みにされていた。中には生々しい状態のものまである。おぞましい程の異様な光景に


 この場所は処刑場だったのか……


 迅は先程腕を斬り落とした監督を掴み、頭を地面に押し付け、その場所を指し訊く


「おいっ! いつから……どれだけの……くそっ」


 監督は叫び声と呻き声を交互に発するのみ。迅はその場をあとに詰め所に向かって走り出す。


 殺すまでは……とつい先ほどまで考え、腕を斬り落とすに踏みとどまった自分を悔やみ、怒りで我を忘れそうになる……




「迅さん……」


 レンカから声は届いていたが、迅は構わず無防備に詰め所側まで辿り着こうとしていた。



『ドゴーッ』『キュイン』


 突然爆発音とともに、金属を断ち切る音がほぼ同時にする。


 迅には、鮮明に見えた。

 回転しながら向かってくる拳大の鉛が衝突直前、チカラの刃によって十文字に切り別れ、弾き飛ばされいくのが。


「ううわあ、何だあいつ……」

「続けろっ! くそがっ! 」


 銃が連射に時間を要することをレンカに聞いていた迅は、構わず突進し、マーナに向けて叫ぶ。


「マーナさん、ここ俺やります。レンカさん所行ってください! 出血ヤバイんです! 」


 先程から矢を射っていたマーナが、迅に返事をする代わりに援護するように矢を放ちながらレンカの元へ向かう。マーナの矢は一人の人族の太ももとわき腹に突き刺さる。


 迅は初めに撃ってきた男に近づき、次の装填しているところに剣を斬りつけようとした時、もう一人の銃から爆発音と鉛が迅に向かっていた。


 同じくチカラによって弾かれた跳弾がバラバラになり、眼前の男に着弾し、うめき声を発しながらその男は倒れる。

 なんだ? ……とりあえずあと二人と負傷者一人か。


 迅は今発砲した男のもとに向かう。


「おおおい。なんだお前、来るんじゃねぇ! 」


 後ずさりながら鉛の装填をする男に対し、踏み込み勢いのまま迅の剣は、容赦なく鳩尾から体を貫き、すぐにその場を離れる。あと一人が確認できない。


 気がつくと最後の一人に背後を取られた迅は、背中に固い物を押し付けられていた。


「ふう。ふう。いったい何なんだよ。てめーら。動きやがったら撃つ。ここからなら避けれねーだろが。どーやったか知らねーがよ。剣捨てろ」


 鼻息を荒くし、やっと優位に立てた状況に早くも余裕が出てきたのだろうか。迅がいわれるまま剣を落とすと勢いを取り戻したかのように話す


「おい。こんなことしてわかってんのか、てめーコラ? 」

「それは俺のセリフだ糞ヤローが」


「ああん? 状況見てものいえよ」

「だからお前こそバカなのか。お前以外制圧してんだぞ」


「はあ。はあ。気にいらねぇ。てめーはもう死ね」

「お前がな」


 時間が止まったかのような感覚に、チカラの発動を感じるとともに背中から全身に圧縮した空気が突き抜け、鈍い破裂音が響く。


 終わったか……迅は両断されたであろう男を確認すべく後ろを振り向く。男は銃の引き金に指を添えたまま息絶えていた。発砲直前に発動したのだろう。


 魔人のときとは違い、頭の部分が破裂して無くなっているのに違和感あったが……

 迅は即座に生きている人族を拘束し、レンカの元へ駈け寄る。


 マーナが先の出血している亜人二人を治癒しているところで、レンカに詰め所の方は抑えたと告げる。

 チビッコ達とレンカによって、繋ぎ止めていた鎖を全て外し終えていた亜人達。


 彼らが今にも拘束した人族らに、恨みつらみをぶつけそうな所を、レンカが抑え終えた時だった。



「「おおおおお」」


 解放された亜人達の中の五人が、山積みとなった骨のあるブロック塀の前でうずくまり、体を震わせ慟哭している。

 その後ろに亜人全員が立ち並び、あるものは泣き崩れ、あるものは泣き喚いていた。


 解放された喜びよりも、その何倍もの悲しみが周りを包む。ミクル、ラオ、キクリもその山積みの骨の前で、ただ立ち竦んでいた。


 この骨とむくろの中に家族がいたのか。仲間が。大切な人が……

 迅もやるせない気持ちに、ただ拳を強く握り締める。



 ラオが迅ら大人たちに訊く


「ここに。父ちゃん母ちゃんいるの? ……」


 その隣でミクルも『どーなの? 』といわんばかりに迅、マーナ、レンカの顔を覗き込むように見ている。


 わからない……迅ら三人は何も言えないでいた……




 一人の亜人が迅に詰めより胸倉を掴み叫ぶ


「お前ら人族が……俺たちが何したっていうんだよお……」



 レンカが何か言おうとしていたが迅は首を振り、そのままの状態を受け入れる。



 悔しかった……こんな理不尽……迅は溢れ出そうな涙を堪える。俺が流すべきじゃない。堪え、我慢したが、顔をくしゃくしゃにして目の前で震えている男を、強く抱きしめ共に泣いた。



  ◇



 しばらくしてマーナが取り合えず応急的な治癒を済ませ、二人の命が繋がるところまで回復させると、とりあえず全員場所を亜人達が寝泊まりしていた小屋に移動することにした。うなだれる先ほどの五人を引き連れて。


 ミクルとラオが頑なにその場を離れようとせず、一旦その場に残す。


 ◇


 レンカとマーナは必死になって、亜人達にミクルとラオの親に心当たりはないか訊いて回る。猫獣人も鬼人もいたのは覚えているらしいが、ほとんど交流が赦されていなかったため、特徴まで詳しくはわからずだった。

 その他、様々な確認作業を二人に任せ、迅はラオとミクルの元に戻る。


 キクリの手をとり、迎えに行く途中、不意にキクリの足が止まり、手を強く握ってきた。迅がキクリの顔を見ると瞳が何かを追うのがわかった。

 その視線の先を見る迅だったが何も見えない。もう一度キクリを見るとまだ瞳が動いていたが、手を握る力が弱まると同時に瞳も動きを止めた。


 何だったんだ……気になるが、まずミクルとラオが先だ……




 ブロック塀の側でミクルとラオは並んで体育座りをしている。

 ただ、ぼーっと、途方に暮れたように骨の山積みを見ていた。

 初めて見る二人の表情に胸が締め付けられる。


 迅とキクリが近寄ると気づいたようで、こちらに視線を一度向けるが、すぐもとの視線に戻った。


 ミクルとラオの肩に手を乗せ、声を掛けようとしたところ、二人同時、強めに手をはじかれ睨め付けられる。ハッキリ答えを出さない大人たちへ向けてか、迅が人族だからなのかはわからない。



 迅は跪き頭を垂れ話す



「ごめんなぁ……わかんねぇんだよお……」


 どうしていいのかわからない迅からは、涙がとめどなく流れ、暫し静寂のあと、キクリがミクルとラオの間に座り二人の手を取る。



 迅にはただ二人を慰めているように見えたキクリが、一時の後、二人の手を離すとミクルに抱き着き何かを囁き、ラオにも同じようにした。

 最後に迅にも抱き着き耳元でこう囁く。



「大丈夫……ここにはいない」

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