第3話  味わえなかった日常

 食事も終わり一段落し、暫しの休息の後、この河原のそばで野宿の準備する。ここは年中暖かい気候で、野宿は比較的旅人は行っているらしい。


 魔獣とかその他の危険はないのか聞いたが、日中出くわしたディストラ級魔獣はまず滅多にでないし、山賊、盗賊は存在はするが、このあたりにはいないそうだ。


 というのもこのあたりは龍国のテリトリーのため。龍国は龍を守護神として強力な騎士、兵士が国を守っている。世界で一番秩序も治安も守られている国だそうだ。



 時間をみてジンは、魔獣を倒した何かについて、いろいろ試してみた。

 言葉を発したりポーズを決めたり、念じてみたり、そのほか思い付くことをしてみた。かなり恥ずかしい思いだったが、埒が明かず、エルフのマーナと蛇種族のレンカに相談してみる。


「正直、俺にはわからないんだけどわかります ? 魔法の一種ですかね」


 レンカが応える。


「ジーンさん、魔法じゃないよ。人種族は魔法使えないから」

「えっ」

「うん。マナないから。人種族以外はあるけどね。だからキクリの能力に近いんじゃないかしら」


 と、エボルート人であるか確認するかのように、深紅の瞳でジッと迅の目を凝視する。


「違うかっ」


 とウインク。心臓が高鳴り、たまらず目を逸らす。惚れやすいんだからやめてくれ!


 マナと呼ばれる魔力の元が人種族にはないらしい。


「魔法が使えない代わりに、エボーを利用してるってことですか? 」


 次にマーナが応えてくれた。


「それもあるのかもしれませんが、人族には『カヤク』と『ナマリ』があります。その『カヤク』は人族以外にはつかえません。私たちが使おうものなら爆発します」


 迅は頷きながら思う。なるほど。恐らく火薬、鉛はそのままの意味だろう。マナを電気みたいなものと仮定するなら触るなり近づくなりで静電気で引火する。そんな感じだろうか。


「そして『ナマリ』はエボーの力を封じます」

「エボーの力って何です? 」

「よく知られていません。見えないチカラとしか」


 マーナに続いてレンカが呟く


「その人種族の武器がやっかいなんだよねぇ。ウチらも苦労したわ」

「えっ何です? 」

「んっまぁいいや、今度ね」


 と、またウインクをし、レンカは野宿の準備に向かう。

 チビッコ達はすでに眠りについていた。レンカもそれを確認するなり寝床に着く。


「おやすみ~ 」


 迅もマーナに、ブランケットのような物を借り、寝ることにした。


「何してんですか」


 見るとマーナの手のひらから、小さな光がいくつも舞い上がって迅たちの寝床の上を見守るように飛んでいく。


「精霊です。何かあったら知らせてくれます。ゆっくり休んで大丈夫ですよ。おやすみなさい」


 蛍のように舞う精霊が神秘的で、異世界に来たんだと実感して迅は眠りについた。



 ◇



「うっ」


 迅は突然襲う痛みに、おもわず体をくの字にする。


 明け方であろう目を開けると、獣人ミクルがうさぎのように目の前を跳ねていく。


 あの猫、腹踏んでいきやがった。

 迅が苦悶に満ちた顔でみていると


「んっ」


 と振り向き目が合うなり手を前で交差させ


「シャーっ」


 と毛を逆立て威嚇してきた。

 なんだそれ。なにごともなかったように向こうへ駆けていく。

 なんだったんだ、と腹を押さえながら起き上がると今度はいつの間にか目の前に鬼人ラオがいた。


「トーウっ」


 迅の腹めがけ正拳突きを放つ。

 みぞおちっ。と思うがいなやそれは見事に腹部にヒットした。

 恨めしそうな表情でつぶやく


「くっこのガキども」


 ラオはやるべきことを果たした満足感を醸し出しながら、『ウっス』と両手を小さなガッツポーズのようにして、そのまま大股で去っていく。

 昨日までよそよそしかった距離を一気に縮めてきやがった。

 恐るべし子供のコミュ力。


「ふぅーっ」


 と深呼吸して背伸びしていた。その時。小走りする音がしたと思ったら、それはまたしても起こった。いや起こるべくして起こった。


 すでに目の前にいるそれは、軽くジャンプし迅の腹に頭突きをかましてきた。

 先程からのやりとりをみて、それは自分も参加したい衝動に駆られていたのだろう。

 それは微動だにしていなかった。それは微動だにしていなかったのように見えた。

 実際は上半身を固定し、手も首も振らず足先だけで近寄る高等な歩法。無表情も加えて完全なる距離把握能力を麻痺させられ、認識出来た時には時すでに遅し、不可避の攻撃。ただそれを無情にも受け入れるしかなかった。


 油断だ。完全なる油断。まさかキクリまでとは思わなんだ。


 おもわず爺いがいいそうなことばが頭に浮かぶ迅だったが、そのまま後方にもんどりうって尻もちをつく。


「キクリっなにやってんの」


 その声の方へ振り向いたキクリは、逃げるよう足早に軽快に走り出しレンカの太もも辺りに抱きついていき、そのあとクルっとレンカの後ろに回りこみ、そこから顔だけ出しジト目で俺をみていた。


「ジーンさん、おはよっ。大丈夫? 」


 レンカが、どこか薄ら笑いしたいのを我慢しているのが伺える感じで、声をかけてくれた。


「ははっ 大丈夫っす」


 苦笑いをしつつ 土を払いながら起き上がり、コントのような幕開けで朝が始まる。



 ◇



 ひんやりとした風が暖かくかわるころ。


 朝の支度も終わり皆でまったりの時間。


 河原の横が、拓けた草原になっていて青々と広がっていく。その草原と、その奥に並ぶ山々を迅はぼんやり眺めている。


 前の世界の、あの殺伐とした毎日は何だったのだろう。あくせく仕事していたのが嘘のようだ。



 ふとマーナ、レンカを見ると、木陰で手頃な岩と木で作った即席カフェテラスのようなものを作って、お茶でも準備しているようだった。


 さすが、あの二人にはオシャレな感じがよく似合う。そう思っていると、ミクルが『あそぼ』と寄ってくる。草原で遊んでいると、ラオもまざりプロレスごっこが始まる。


「うおーっ! 」


 迅はミクルの脚を両脇で抱え、体を回転させる。


「ジャイアントスイングだーっ」

「きゃはははっ」


 笑い声がこだまする。

 それに気を良くし、更に回転の勢いを増すと両脇からミクルの脚がすっぽ抜ける。


「あっ やばっ」


 体重の軽いミクルは、びっくりするくらい飛んで転がっていく。ある起点で忍者が着地するかのような姿勢で踏ん張ると、こちらに向かって手を交差させ『シャーっ』と威嚇するさまを見せていた。と同時に


「とりゃっ」


 との掛け声とともに、迅の死角からとび蹴りを向けてきたラオだったが


「あまいわっ」


 と片手で軽くいなす。

 いなしてもいなしても、これでもかってくらい二人は飛び掛かってくるので、かまわず振り回してぶん投げる。


「キクリもいっておいで」


 レンカがキクリを突っつく。側でジッと見ていたキクリもウズウズしていたのか、迅に向かって走り出した。やりとりを横目で見ていた迅が、


「うん。きたな縮地使い。前のようにはいきませんっ」


 とばかりにキクリの背後に回り込むと


「ほりゃ」


 とキクリを持ち上げ


「合体っ! 」


 と叫び肩車にする。


「きゃっ」


 と小さく反応したキクリだが、目の前がいつもより高く広がった視界に高揚したのだろう。


「わあぁっ」


 と声を漏らし、ミクル、ラオを指差し


「ジン……やっつけて」


 迅も負けじと


「おうっ! はっはっはっ。もうお前たちに勝ち目はない」


 と、ミクル、ラオに向かって叫んでいた。

 なにいってんだ俺。と自らに突っ込みを入れつつ追いかけまわす。


 笑い声のこだまは輪をかけ大きくなっていった。




「もうだめだ。限界! 休憩! 」


 しばらくすると地面にへたり込む迅。

 まだまだいける雰囲気の、無尽蔵な子供達の体力に白旗をあげる。


「はーい。おやつだよー」


 レンカから声がかかる。


 助かったおもいで、ぐったり地面に仰向けになった。


 おやつの声に反応したチビッコ達は、一目散にレンカのもとへ駆け寄っていく。


「はあ、平和だ」


「はい迅さんお疲れ様ね」


 見るとマーナが果物をもってきてくれた。相変わらずの微笑みに『綺麗過ぎる』と、すぐに惚れてしまう性分を押し殺し


「ふっ。ありがとうございます」


 と平然とやってのけた。

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