第2話  決意あらたに

 河原での歓談の後、汗も引いてきたことだし、とジンは皆のそばに歩み寄って訊いた。



「そろそろメシ時ですか? っていっても俺何も持ってないんだけど、魚でも釣ります? 」


「つるってなーに」


 浅瀬にいた獣人のミクルがケモミミを立て聞いてきた。


「釣りないのか モリとかで突くのか 魚はどうやって取るの? 」


 って、きいたそばから、ミクルの眼光が鋭くなり、同時に、水面を音を立て叩き、魚を二匹、迅の方へ弾き飛ばした。


「うおっ。熊かよっ! 」

「ミクル熊じゃないよ。猫だよ」


 ケモミミと口角を上げて、ぱっちり目でこちらを見る様は、正に猫だった。



 そうこうしている間に、皆で食事の支度を分担することになり、迅はチビッコ三人を連れて近くまで焚き木タキギを集めにいく。



 迅は三人が集めた焚き木を抱えていた。

 鬼人のラオがあたりかまわず枝を折っているのを、獣人のミクルが見かねて言う。


「ラオっち落ちてる木でいんだよ」

「へへっ、これじゃまっ」


 結構な生木で太めの枝も、鼻息を荒くして折っていく。


「だから ラオっち 生木は臭くなるんよ、キクちゃんもいってやって」

「ラオっち……ダメ」


 ジト目でエボーのキクリに訴えられ、


「うんうん。へへっ」


 ふふっ、ませた子供だな。と体力ありあまりのようなラオは、キクリに従う。


 焚き木集めをしながら迅は、先程エルフのマーナに聞いたことを思い出していた。

 この世界の魔獣とは、いわゆる昆虫やら虫が巨大に変異したもので、出会い頭に倒した怪物は、超巨大なムカデ変異種の魔獣だそうだ。

 しかもディストラ壊滅級で滅多に出現するものではないし、討伐には軍隊以上の戦力が必要だったとのこと。


 そんなすげぇの倒しちゃったのって思ったけど。あの能力も未だに原因不明だし……


 それに俺虫ダメなんだよなぁ。

 ガキのころは平気で、むしろ早起きして捕まえいってたもんなぁ。今、気持ち悪くて仕方がない。


 それに聞いたことがある。全生物が同じサイズであった場合、虫に勝るモノはいないと。


 あれもこれもと思いを巡らせていると、気が付いたら結構なとこまで来ちゃったかなと。迅が焦っていたらキクリが呟くように


「ミクル……そろそろ戻る」


 目の前の大きな森の入り口、藪の手前でキクリと目があったミクルは、ラオにも伝えた。


「ラオっち、戻るよ。 そろそろ危険だよ」

「うんうん、笛も遠いな」


 蛇種族のレンカから、定期的に鳴らされる指笛の音から、気がついたら引き返すところまで来たようだ。


 四人は踵を返し、マーナ、レンカのいるところに戻ろうとしたときキクリが


「止まって……」

「キクちゃん、いるの? 」


 その問いに応えるかわりに、キクリはラオに目配せをする。


 ラオはキクリが見つめる先の一点に、焦点を合わせる。


 二人の様子で感じ取ったのだろう、ミクルはその場で、手を交差させる仕草のあと身構え、臨戦態勢に入る。


 訳が分からない迅にも緊張が走る。


「うん、めっけた」


 いうや否やラオは走り出し、目の前の大木にとびかかって大木から何かを剥ぎ取ると


「ごちそうだっ、へへっ」

「なんだナナ坊じゃん びっくりさせるにゃー」

「んっ?……きゃあああ」 


 迅の悲鳴にミクル、キクリが目を丸くして驚く。


 みるとラオに無理やり剥ぎ取られたモノは、木に擬態していた大人大の巨大なナナフシだった。

 特に攻撃性の弱いこの魔獣は、木に擬態して小動物や小鳥を捕食している。


 それはラオに首を極められ、息絶えるまで手足を空でもがくさまをみせていた。


「いやいやいや、俺虫無理なんだって」


 とへっぴり腰の迅をみて、チョンの間の後三人はケラケラ笑いだす。


 迅も「ははっ」と力ない笑いをした。



 マーナ、レンカのところに戻る途中レンカが駆け寄ってくる。


「何かあった? 悲鳴みたいの聞こえたけど」


 こりゃいかん! チビッ子達に何言われるかわからんっと


「何でもな……」

「ナナ坊じゃん。ごちそうよ! 」 

 と即、迅が弁明しようとすると被せ気味に、目ざとくラオが引きずるナナフシの化け物を見つけて、レンカは喜ぶ。


 弁明よりもナナ坊、ごちそうって……なんだナナ坊って。 ウリ坊みたいにいうな。わからん。


と、なぜかニヤニヤしていたチビッコ達を尻目に、迅は気を落とす。



 みんなが合流したあと、ナナフシの解体はリンカに任せ、チビッ子達もそれぞれが、食事の準備を始める。


 マーナは採ってきた木の実類を、川で洗いながら選定していたので、迅は手伝いながらこれからのことを訊いてみる。


 「それでみんなはどこか宛てがあっての旅なんですか、行先とか目的とか? 」


 営業がしみついているのか、年下でもついつい敬語で話してしまう迅。


「迅さん、もう普通に話されて大丈夫ですよ。じゃないとみんなも畏まってしまうし、それに、私そんなに年上に見えますか」


 穏やかに微笑みながら話す。

 気を遣って話してくれるマーナに迅は、ここに来てからの緊張と不安が幾分やわらぐのを感じる。優しいヒトだなぁ。


 それに先程までマーナ自身にも感じたおびえ、恐怖心もなくなったようで、迅もほっと胸をなでおろし、


「あぁ、これ癖なんですよ。でもそうですね。追々タメ口使わせてもらいますよ。あんまり若いコに馴れ馴れしいとドン引きされちゃうってのもあったんで。ははっ」


 若いコと言ったとき一瞬、耳が動く反応したので、マーナをみたが表情は変わらず。気のせいだったのだろう。


 

 マーナによるとミクル、ラオのはぐれた親を探す旅をしているらしい。


 少し前、大規模な魔獣の行軍に町や村が巻き込まれ、その時の避難中にはぐれてしまったそうだ。


「魔獣の行軍? 」


「数百年に一度、大量の魔物、魔獣が行軍して世界を縦断するんです。それがいつなのか、どこからどこへ向かうのか、目的は毎回謎です」


「そうなんだ」


 と迅はミクルとラオを見ながら、かわいそうになぁ。と思っていると、その隣のキクリが視野に入る。


「あのコは違うんですか? 」


「キクリは人種族から逃げています」


「逃げてる? 」


「迅さん、この世界のこと知らないなんて『海果ての国』からきたみたいですね」


「海果て? 」


「大海原のむこう その果ての世界は誰も知りません。誰も知りませんが、こちらと同じような世界があるといわれています」


「俺が来た異世界っていうのはそこではないですが、違う世界っていうなら、その果ての国からきたっていうのとあまり変わらないかと思います」


 混乱しているマーナをみて更につづける。


「俺のこと、俺の居た世界のことは追々はなしていきます。ただ、信じてください。みんなに対し悪意は無いし、力になってあげたいと思ってます。旅のお供させてください」


 迅の本音ではあるが、ここがカッコつけ所と思ったのも本音である。


「みんなわかってますよ。それに私 エルフには精霊の加護力で、ある程度の、悪意善意を感知できるんです」

「そうなんですね」


 と平然と相槌を打つが、やべっ、下心もわかったりすんのかなぁ。と迅は早々気持ちを改める。


「話を戻しますけどキクリはエボルート人、エボーと呼ばれています。人種族から迫害を受けている種族です。エボーには特別な力があります。それを利用するため隔離しています。人種族は見た目もさほど変わらないエボーを同族だとして、ほかの種族の介入を拒みます。同族のことに口をだすな。というわけです。ですが、同族と主張していながら迫害しているわけです」


 マーナは意を決したように続ける。


「迅さん、はっきり申し上げますが、この世界では人種族はよくおもわれていません」


「嫌われてるってことか」


 さっきの河原での会話はどうりで……


「全ての人種族というわけではありませんが」


 迅にとって人種族が世界の嫌われ者っていうことが、何ともいえずテンションを下げたが、気を取り戻してメシにしよう!




 火の周りを石で囲い、その上に大きめの平たい板状の石をのせ、捌いた魚、ナナ坊を乗せ石焼バーベキューにした。


 香ばしい匂いと音に、皆一様に目を蘭々とさせ、口を一文字にし、今や今やと焼きあがるのを待っている。


 迅はステーキサイズにカットされたナナ坊は見ないようにし、魚が焼きあがるのをジッと待っていた。


 そろそろかなと思う頃、レンカが、常備しているのだろう調味料で味付けをして、みんなで食べ始める。


 迅は、それぞれ満面の笑みでメシを食っている姿を見てほっこりした。チビッコ達をみると、三人とも顔の半分まで口かってくらい大きく口を開け食べている。


 ラオは両手を使って口に掻き込んでて、わんぱく坊主って感じだ。


 その隣で一心不乱に、咀嚼もせず目の前のメシに夢中になっているのが猫獣人のミクル。時折動きを止め、耳やしっぽを真っすぐにたてる。何を基準に立てるのかはわからないが。


 そしてエボーのキクリ。おとなしく表情もかわらないイメージだが、メシ時は違うようで、ほっぺた限界まで頬張る様はリスのようだ。たまに目が合うがすぐ逸らされる。先程の話を聞いた後なので仕方ないかとも思った。


 キクリの隣にいるレンカはみかけによらず三人の子供たちの面倒見がいい。


 特にキクリは何かとレンカにべったり、気が付くといつもレンカの服の裾をつかんでいる。




 いやしかし異世界の魚も悪くないね。焼きあがった魚を頬張り迅もメシにありつきながら思う。


「うんまっ」


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