第4話 懐かしむ想い
※蛇種族レンカ視点
ちょいちょいマーナと顔を見合わせては、おなかを抱えて笑っていた。
レンカの焦点はキクリに移りフッとつぶやく。
「あんな顔するんだ」
瞳に写るキクリを見て、ある日を想い浮かべていた。
◆ ◆
雨が降る蒸し暑い日だった。
「隊長! この先怪しげな馬車の一行が」
レンカが騎馬隊を組んで走らせていると前方から、先に偵察に向かわせていた部下から報告を受ける。
別の部下から報告が続く。
「盗賊です」
その言葉にすぐさま反応した。
「いくぞっ!」
レンカは後から続いて走ってくる部下に、左手を挙げ命令する。
レンカは不思議に思う。ここ龍国は盗賊、山賊など不貞な輩の存在を許さない。
それほどこの国は強力な軍が備わっており、国と国民を守るため統率と秩序が保たれていると確信を持っていた。そしてその国民であるとともに、軍の一員であることに誇りをもっていた。
盗賊など。ギリっと奥歯を噛みしめる音が聞こえそうなほど憤り、すぐに盗賊に追いつくと声を荒げた。
「止まれーっ!」
「クソっ! みつかっちまった!」
盗賊の後方を走っていた者が、仲間に呼びかける。
「おい。やるしかねーぞ。こちとら命がけだぁ」
「あれは半端無え額で取引できる」
「やかましいゴラッ お前らなんてつぶすだけなんだよ。邪魔させるか」
呼びかけに反応した輩からは、それぞれ怒号が響く。
何をいってるのかわからないが、世迷言に付き合う暇はない。
「こんなところでくたばるかぁーおおっ!? 」
逃げる一辺倒の盗賊の様子が変わる。
疾走しながら逃げる盗賊一向にレンカは追いつき並走する。その時、盗賊の
「ああっ。なんだお前、赤のキラキラ。女じゃねぇか。しかも隊長か!はははははっ笑っちまうぜ。そんで、ひい、ふう、みい、六か。ついてるぜ! おいっ野郎ども止まれ! 」
その
「返り討ちだ! 女隊長とあれしかいねえ。こりゃついてるぜ! 天は俺らに味方したってか! 」
盗賊の
レンカの隊は、盗賊らを囲むように距離をとる。
馬の歩みを一つ進めてレンカは剣を抜く。
彼女は全体的に深い赤色を基調とした兜と鎧に、炎の模様が浮かぶ装備に全身を包んでいた。この悪目立ちともいえるいで立ちは、レンカの絶対的な自信によるものだった。
レンカは盗賊らが臨戦態勢を整えるのを少しの間、静観している。
盗賊は様々な種族が混ざっていたが、
何より幌馬車の中が気になっていた。
命を懸けてまで運ぶ何かがあるのか。
十数人の盗賊に対し、レンカ率いる隊は、六人。
本来はこの十倍の人数の隊を率いているが、ここいる六人は、たまたま国境を見廻りに来ていただけだった。
が、数こそ負けてはいるが盗賊たちは知らない。
ザルバール龍王国、最強騎士団三強の一角『龍の咆哮』とその一番隊隊長『深紅のレンカ』を。
レンカが隊に指示を出す。
「副長、雨に合わせて限定しろ! 帆馬車には魔法を使うな! カヤクと、なにかある」
レンカは剣を一度隊員のほうへ向け、それから天の方へ突きあげ促すように叫ぶ。
「抜剣っ! 数多の龍王の加護を! 」
レンカは剣を高く突き上げ士気を鼓舞させ、隊員もそれに
「防御魔法ならびに硬殻始動」
レンカの合図に従い隊員が詠唱を唱える。
すると隊員一人一人の前に紫の魔方陣が現れる。それと同時に龍種人の、隊員の皮膚から硬化した鱗が浮き出す。
その鱗が鎧の下を、顔以外全身纏うように具現化する。
「女隊長集中してやれ! 隊長つぶせば終わりだあ」
槍を持った盗賊が、数人一気にレンカに襲いかかる。
レンカは難なく槍を受け流し切り伏せる。
「くそっ。おい、ビビってんな! 魔法でやれっ! 」
レンカが早九字のように合図を叫び、隊員はそれに反応し動く。
『
三人飛び出し剣に氷魔法を纏う。盗賊が火魔法を渦にしてそれを狙う。
『
後方二人が氷結魔法を放ち三人に向かう炎を相殺させる。
『
飛び出した隊員は魔方陣で盗賊の攻撃を受け流し斬りつけながら進み突入する。飛び散る血飛沫は瞬く間に氷の粒となり落ちていく。
『
後方の二人から棒手裏剣状の雹が放たれる。それは帆馬車にいた二人を除く、盗賊らに連鎖するように命中していく。
盗賊らは悲鳴をあげ、たちまちその場で倒れはじめた。
そのとき馬車の帆から地響きのような爆発音が響く。
人種から放たれた鉛だ。鳥の卵位の大きさの鉛はレンカの防御魔法を打ち抜き、盾によって弾かれる。
この鉛の威力は相当なもので、撃ち手も反動で体が崩れる為、連射に時がいる。
レンカにはわかっていた。
カヤクがあることと、注視していた帆から動きがあると。
音が鳴ると同時に、レンカはすでに帆馬車に向かって走っていた。
盾を前方に、剣を後方に構え次の鉛に備えた。 カヤクがあるから魔法は使えない。帆馬車ごと爆発の危険があるからだ。
またしても爆発音が響く。盾に
だが、鉛の怖さはその衝撃でもある。受けた盾もそうだが着弾時に於ける衝突がとてつもなく重いのだ。
体勢をくずすことなく、ブレずに標的へと到達したレンカに、日頃の鍛練の熟度が伺えた。
レンカは馬を飛び降り、人種族の懐に入り、その片腕を斬りはねた。
悲鳴とともにのたうち回る人種の戦意喪失を確認して、間髪入れず帆の中に入り、
「あとはお前だけだ。観念しろ。積み荷はなんだ?」
完全な敗北を悟った
レンカはそれを一瞥し、それが同族であるということに思わず、
「お前龍国人だろうが。誇りはないのか」
全てを諦めたかの表情だったが最期のあがきか叫んだ。
「この国は窮屈なんだよぉ」
レンカは沸き立つ怒りを覚えながら、何を言ってるんだ。この者は。平和というものがどれだけの犠牲の上に成り立つのか。食べることが出来るということがどうゆうことなのか。それを窮屈だと。『くっ』と突き放し、
「全員縛り上げろ! 」
隊員達は盗賊を全て制圧し拘束した。
「あれはなんだ」
レンカは、帆馬車の中央に一際厳重に保管されている箱をみて、副長に拘束された頭に詰問する。
不敵な笑みを浮かべながら
「カヤクだ。お前ら全員死ね。ふへへっ」
「……違うな。奴隷だな。この国で人身売買、奴隷など」
蛇種特有の力で、レンカの赤目は熱を感知できる。
深くため息をつき部下に命ずる。
「開けろっ」
「うっ 臭っ」
箱を開けた部下が口を塞ぎレンカに目配せする。
「うろたえるな! なんだ! 」
中身に目を向ける。
これは……
女の子であろう小さな子供。が、異常な姿におもわずたじろいだ。
「おい! なんだこれは? これを外せ」
みると女の子の頭に鉄兜のようなものが被せてあり鉛でできている。更によく見ると、それが両目も覆い、両耳をも塞いでいる。手足は鎖で繋がれていた。
この暑さと雨の湿気がさらに追いうちをかけ、蒸し風呂状態であった箱の中。全身汗だくで鉄兜からも汗が滴り落ちている。
食事は宛がわれていたのだろう、だが、この環境では食事をとっては嘔吐し、とっては嘔吐の繰り返しだったのだろうか。吐瀉物と、排泄物もそのままらしく、すさまじい悪臭と熱気が溢れている。
苦しいのか呼吸が荒い。
「おい。いつからこの状態だ! 」
レンカは思わず
「隊長っ! 」
と部下が制する
「くっ。あれを外せっ」
瞬間に沸き上がった殺意を落ち着せ、
完全にレンカの殺気に当てられたか
そこへ
「妙な真似した瞬間に
圧力を感じたのか
臭気の凄まじさが目をも刺激する。
少女は目を閉じていた。
レンカの、差し伸べようとした手を感じた少女が、体全身で拒否した。それが想像を超えた扱いであったことを、レンカに思わせた。
レンカは少女の瞑っていた瞼が開かれるまで待つ。
ゆっくり瞼が開くと同時に言葉を発した。
「だ……れ……」
その瞳を見てレンカは初めて理解した。
……エボー
レンカの目からは一筋の涙が流れる。臭気によるものではない。
気がついたらそのまま抱き寄せ。優しく囁く。
「大丈夫。がんばったね」
◇
「どうゆうことですか? 」
龍王国玉座の間
ノックもせず怒り心頭で勇んできたレンカに対し、
「無礼だぞ! 」
「控えろ! 」
「この者を取り押さえろ」
王の周りの重鎮たちがこぞって叫ぶ。
「よい! 」
張り詰めた空気を、王のひとことでその場を制した。
続けて
「皆も抑えろ。このものと少し話をする。近くに」
「はい」
レンカは王のそばまで歩み寄り、ひざまずく。
「陛下。あのコを人国に引き渡すと言うのはまことでございますか? 」
◇
王からキクリの処遇を聞かされたレンカは、進退をかけ即行動に移る。
エボルート人は人種族にとって国家財産。
それを匿っていることが知れれば、戦争の引き金になりかねないということ。
それにエボルート人の扱いを、誰も心得ていないをということ。
「扱いってあのコは物ではないのですよ。ただの幼い子供です」
発言した重鎮に激昂したレンカであったが、冷静になればやむを得ないこともわかっていた。
◇
再び玉座の間を訪れたレンカは、訊問される立場にあった。
「何をしたかわかっているのか? 」
「はい。あの者共は全て処分致しました。今回だけでなく、数多くの人身売買の斡旋を重ねていた奴隷商人であったことが判明しましたので」
力強く王の目をみて続ける。
「これであのコの存在を知るものはおりません。この国にも迷惑がかかることはありません。私が引き取ります」
そこは王とレンカ二人だけの接見だった。
「除隊致します」
「龍国騎士団『龍の咆哮』一番隊隊長レンカ。これまでの功績、名誉を全て棄てるか? 」
「はい」
「わかった」
暫しの沈黙の後、王が口を開く。
「近くにきなさい」
「はい……」
王はレンカを近くによび、抱き寄せる。
王は、幼い頃からレンカを知っていた。
娘と一緒に育ち成長し、我が子のように愛しく思っていたのだろう。
レンカは王に抱き締められ、沸き上がる気持ちを圧し殺した。
育ててきてもらったといっても過言ではない御方に。自分の感情での行動に失望させてしまったことへの、あらゆる気持ちが一瞬に駆け巡った。
「これは王としてではない。育ての親としての言葉じゃ」
続けて、ゆっくりと、一つ一つ思いを駆け巡らせるかのように
「本当に優しいコじゃ。誇りに思う。よい。達者でな」
かけてくださった言葉に体が震える。
王にはわかっていたのだろう。除隊して国を離れることを。
「今まで。ほんとうに。ありがとうございました。……失礼致します」
ありふれた言葉を、紡ぎだすよう、絞り出すよう、想いを込めてお伝えした。
一礼をして玉座の間をでると、溢れ出てきたものがこぼれぬよう上を向き、振り返らずその場を去った。
◇
「レンカ……どこいくの? 」
「楽しい旅だよ」
◆ ◆
あれからも、いろんなことがあったけれど、今、目の前ではしゃいでいるキクリを見て何ともいえない気持ちが沸き上がっていたレンカだった。
「あらっ、迅さんそろそろ限界かしら。助け船ださないと」
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