ぐーたらおししょーは、姿を見せる。


『雑魚スケを置いていく!? 何で!?』


 レイザーは、魔王を倒す前……ブレイヴの故郷の村に寄った時に、そう告げられて彼に噛み付いた。


『仲間だろ!?』

『仲間だからだ。テメェがそう言うと思ったから、わざわざこうして話してんだろーがよ』


 人目があるところでは見せない、素の口調で言い返してきながら、ブレイヴは銀の短髪を指先で掻く。


『スートを、この先に連れていくのは危険なんだよ。魔王城の周りには強ぇ魔物がうじゃうじゃいる。あの子が自分の身を自分で守れねぇことは、テメェも知ってるだろ』

『だったらおいらが守る! それでいいだろ!?』


 レイザーは、ブレイヴの決定が理解出来なかった。


 弱くたって、仲間は仲間だ。

 それにレイザーは、理由は自分でも分からないが、スートと離れるのが嫌だった。


 普段はケンカばっかりしてるし、からかいたくなるし、行儀が悪いだのと口うるさいが、とにかく嫌だったのだ。


 だが、ブレイヴは折れなかった。


『だったらもし、テメェが離れた時に、予期しない方向から魔物が現れたら? お前は遊撃で、敵を倒すのが仕事だ。他の奴と連携を取らないと倒せない魔物が現れた時に、誰が守る?』

『おいらなら出来る!』

『そんなわけねーことくらい、自分で分かってんだろ?』

『……!!』

『スートは、ティーチに預ける。他の連中も納得してる話だ』

『おいらよりアイツのが頼りになるってのか!?』

『誰もそんなこと言ってねーだろ』


 レイザーは、今までほとんど、誰にも負けたことがなかった。


 誰かに遅れを取ったのは、槍を練習し始めた頃や、出会ったばかりのブレイヴに挑んだ時くらいで、それだって、持ち前の負けん気で引き分け以上に持ち込めるようになったのだ。


 だから、分かっていた。

 ブレイヴの言っていることの方が、正しいことくらい。


『受け入れろ、レイザー。別に一生離れとけって言ってるわけじゃねーんだ。魔王を倒した後は、好きにすりゃいい』


 スートを守るためだ、と言われれば、それ以上食い下がることは出来なかった。


『……分かった』

『よし、いい子だ』

『子ども扱いすんじゃねぇ!』


 頭を撫でてくるブレイヴの手を払うと、彼は快活に笑った。


『生き抜く理由が出来たな。もっと強くなれよ。オレと一緒に、魔王を楽勝でぶっ倒せるくらいにな』

『魔法なしなら、おいらのが強ぇだろ!』

『魔法込みでオレの実力だ。悔しけりゃ、それでもオレに勝てるようになれよ』


 ブレイヴは、レイザーの師匠だった。

 決して口には出さないが、彼の指導や戦う姿勢に、色んなことを学んだことで、実力が身についたことも、ちゃんと分かっている。


『魔王を倒したら、その内ブレイヴもぶっ倒してやるからな!』

『楽しみにしとくよ』


 そうして受け入れ、魔王を倒して凱旋したのに。



 ーーースートは、戻って来なかった。



『おししょーは、私が面倒を見てあげないといけませんから!』


 そう言って……自分たちといる時よりも幸せそうな様子で、笑顔を浮かべるスートに、レイザーはショックを受けた。


 そして、ティーチに嫉妬した。


 ーーーおししょー野郎!!


 何が違うんだ、と思った。

 でも、スートに嫌われるのが嫌で、それを見せるのは嫌だった。


 村を離れた後、ブレイヴに見抜かれて、聞いた。


『何で、スートは、おししょー野郎みたいな腰抜けのとこに残ったんだ……?』


 魔王を倒すのに誘った時、断ったと、ブレイヴから聞いたことがあった。

 レイザーには逃げたようにしか思えなかったのに、彼は別の意見があるみたいだった。


『ティーチは、腰抜けじゃねぇからだ。アイツは強ぇ。強ぇが、アイツは自分を信じてねぇ。……優しすぎるんだよな。だから、オレに迷惑をかけるとでも思ったんだろ』

『魔王退治から逃げたことに変わりねーだろ!?』

『本当に必要だと思ったら、ついて来ただろうよ。アイツは人をよく見てる。多分アイツの読み通りに、オレには、テメェや、他の連中みたいに他の頼りになる仲間が出来た』

『何の答えにもなってねぇ!!』


 レイザーが吼えると、ブレイヴは少しだけ苦味を含んだ笑みを見せる。


『スートの気持ちはな、オレたちにゃ、本当の意味では理解出来ねーんだよ。ティーチは理解出来る。だからあの子は残ったんだ』

『……どういうことだよ?』

『オレたちは強すぎる。スートをテメェは、ちゃんと見てたか? 練習しても練習しても、ちっとも上手くならねぇ魔法を、それでも必死こいて練習する……そんな状況になったことが、あるかよ?』

『ねーけど、だから教えてたじゃねーか! ウィズもカノンも! 体術だって、おいらやブレイヴが……!』


 誰も、スートをバカにしようなんて思ってなかった。

 覚えが悪いのは事実かも知れないが、それだって、誰もそれを責めたりはしなかったのだ。


『そうだな、責めなかった。だが、出来るヤツが、出来ねーことを教える……そいつは、必要なことかも知れねぇが、出来てねぇと責めるのと何が違うのか、オレはいつだって悩んでた。それがスートの幸せに繋がるとは思えなくてな』


 出来ないことを責めはしない。

 しかし、いつか出来るようになるのを待っている時間はなかった、とブレイヴは言った。


 レイザーの頭に、かつてのスートの姿がよぎる。


 助けられるたびに申し訳なさそうな顔をして、自分の体力のなさで道程が遅れた時は落ち込んで、魔法の練習の時は泣きそうな顔で歯を食いしばっていた。


 ーーーイジメてるのと、変わらなかったのか?


 作る飯は美味いし、旅の間は誰よりも雑務を率先してこなしていた。

 そうして、その時だけは快活に笑っていたし、辛そうな時でも謝りはするけど、泣き言なんて一個も言わなかったから。


 ーーースートはスートで、頑張ってるって、思ってたのに。


『だから、ティーチに預けた。アイツは、弱ぇヤツの気持ちが分かる。その気持ちに寄り添えるだけの賢さと優しさを持ってる。……強ぇのに、人が弱いことも、誰よりも知ってるんだ』


 そういうヤツだからこそ出来ることがある、とブレイヴは言葉を重ねた。


『スートの気持ちに寄り添った。そんなアイツだから、スートの才能を見出せたんだ。アイツが持ってる素質が白魔道士じゃなくて聖騎士の素質だなんて、オレらの誰が気付けたんだ?』


 同じ速さで、同じ目線で、歩けるから、と。


『スートに振り向いて欲しかったら、強くなるだけじゃなくて、アイツみてーに他人の気持ちに寄り添えるようになれよ。劣等感を捨てろなんてのは、才能があるヤツだけが口にする戯言だ』


 それは言うだけではなく、それに付き合って洗い流してやるもので、スートのように成長が緩やかな相手に対しては必要なのだと。


 頭では理解出来ても、納得するのはレイザーには無理だった。


 

『分かんねーよ。ブレイヴの言ってること、おいらには、ちっとも分かんねー』

『分かんなくてもいいよ。でも、覚えとけ。いずれ、もしかしたら分かるようになるかもしんねーからよ』


 そうして、王になったブレイヴに付き合って、国のあれこれを手伝う内に、スートみたいなヤツは珍しくないことを知った。


 自分の周りだけが、特別に突き抜けていたのだと、理解した。

 でも、どうしたってそういう相手は、頑張っていないだけに見えてしまっていた。


 だから、レイザーは、ウィズから『ティーチを倒せ』と言われた時に、これは好機だと思ったのだ。


 ーーーおししょー野郎と戦えば、ちょっとくらい分かるかも知れねー。


 レイザーは、自分に才能があることは自覚していた。

 人に教えるのは下手くそでも、こと戦う技術に対しては、なんとなく自分に出来そうなことが分かって、それをモノにすることが出来た。


 おししょー野郎の『優しさ』とかいうのが、スートの気持ちを知るに必要なら。


 ーーーなんか、分かるかも知れねー。


 そう思ったのに、相変わらず腰抜けのおししょー野郎は、丘の陰から出てこない。

 スートごと吹き飛ばしてしまうかも知れないので、無闇に間近を攻撃することも出来ない。


 ゾンビどもを吹き飛ばしながら、レイザーは何回でも声を張り上げる。


「雑魚雑魚おししょー野郎! 逃げてねーで出てこいよ!!」


 すると。


 ようやくやる気になったのか、ふらりと丘の陰からおししょー野郎は姿を見せた。


 黒い木刀に『ジンベー』姿。

 長い黒髪を後ろでくくり、アゴに無精ヒゲを生やしたブレイヴと同い年の男。


 遠いが、その顔には小さく笑みが浮かんでいるように見える。


「待たせたな。サシで戦る気はあるか?」


 低く、どこかとぼけたような調子の掴み所のない口調に、レイザーは笑みを浮かべる。


「全力でぶちのめしてやるよ!」

「おっかねーな。少しは手加減してくれよ」


 言いながら、ゆっくりと黒い木刀を半身で構えたおししょー野郎に。


「行くぞ!!」

 

 レイザーは、不可視の槍撃ーーー《風炎爆槍ウィンフレイト》を放った。

 

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