ぐーたらおししょーは、槍術士に泣かされた愛弟子を慰める。

 

 どうやらこちらの声も、向こうに届いているようだった。


 レイザーは、緑の短髪をツンツンと立てた小柄な少年だ。

 身長よりも長い槍を持ち、遠目にもいたずら小僧のような笑みを浮かべているように見える。


 呻くティーチたちをよそに、彼は快活な声で、言い返したスートに答えた。


「雑魚スケだろー!? 『雑魚のスート』を縮めて雑魚スケじゃん! 間違ってねーじゃん!」

「雑魚じゃなあああああい! ケはどこから出てきたんですかー!! だからレイザーは嫌いなんですー!!」

「嫌ッ……おま、そういうこと言うなよー!! 傷つくだろー!!」

「傷ついてるのは私の方ですー!! うわーん、おししょー!!」


 ぴゃーっと泣きながら、こっちに駆け寄ってきたスートの頭を撫でながら、ティーチは反対の手でアゴを撫でる。


「仲良さそうだなー」

「仲良くないですー!! バカレイザーのくせに意地悪ばっかり言うから嫌いですー!!」


 ジタバタと訴えるスートの抗議を、はいはい、と流してなだめていると、カノンが緊張感のない様子で問い返す。


「レイザー、何でここにいるのかなー?♪」

「ウィズからこの街を守れって言われたからだ!」


 彼の返答に、ティーチはブレイヴと目を見交わした。


『……ウィズが?』

「どういうことだ?」


 彼女は、ブレイヴの言葉を信じるなら、操られてはいないはずである。

 それとも、戻ってから乗っ取られたのだろうか。


『その可能性もあるが、なんか狙いがある気もするな……カノンやレイザーと違って、アイツはバカじゃねーし、考えが読めねぇ』

「ブレイヴ?♪ 今、カノンのことバカって言った?♪」

『言ってねぇ』

「あれ? 聞き間違い?』


 キョトン、とした後、ならいっかー、と彼女はレイザーに目を戻す。


 ーーーなるほど、たしかにバカだ。


 ティーチは思ったが、口には出さない。


「ウィズはそれしか言ってなかったのー?♪」

「いんや! 他にもおししょー野郎をぶっ倒してこいって言われた! ブレイヴ陛下がそう言ってるって!!」

「いやマジかよ」


 何でそうなるのか。


『あー……操られてる可能性は半々ってとこか……』

「どういう意味だ?」

『動きが早ぇと思わねーか? もしテメェが魔王なら、どうする?』

「カノンが倒された時点で、逃げるな」

『テメェがどうするかは聞いてねーんだよ!! 魔王の立場と目的ならどうするかって聞いてんだろうがこのボケ!』

「ボケたからな」

『だからツッコんでんだろ!!』


 冗談が通じなかったわけではないらしい。


「あー……俺なら、固めてぶつける、かな?」


 アーサスの時はともかく、カノンまで倒されたとなれば、次はより戦力を増して行かないとやられる、と多分判断するだろう。


「だから半々か」

『俺の体を乗っ取った魔王に、直接言われたわけじゃねーような言い方だった。こっちの戦力を増すために、元パーティーの連中に正気を取り戻させようとしてるのかも知れねぇ』

「だけど、この状況だぞ?」


 街の外にいるゾンビどもは、街の連中もこっちも無差別に攻撃するだろうが、街から出なければこちらに害があるだけだ。

 その間、例えば虎に乗って駆け抜けたところで、その間に街の上から弓や魔法で狙撃される。


『だから、それがもう半分の可能性だろ』

「とりあえず、アイツ説得してみるか? お前が」

『カノンの件を考えると、望み薄だけどなぁ……おい、レイザー!』

「え? ブレイヴ?」


 毛玉勇者が声をかけると、レイザーはキョロキョロと周りを見回す。


「どこにいるんだ!?」

『ティーチの肩の上だよ!』

「おししょー野郎の?」

「……なんだおししょー野郎って」


 スートの呼び方といい、口が悪い。

 彼女との相性が悪いのも納得だ。


 逆にレイザーのせいで、口が悪いのが嫌いになったのかもしれないが。


「毛玉しか乗ってねーぞ!?」

『その毛玉がオレなんだよ! いいよそのやり取りはもう! あのな……』


 と、ブレイヴが説明すると、レイザーはふむふむとうなずく。


「なるほど! そーなのか!」

『そうだ。ってことで、そこから降りてこっち来い。オレらに協力しろ』

「それは出来ねーな! おししょー野郎をぶっ倒せってのが、ブレイヴ陛下の命令だし!」


 即答だった。


『やっぱ話通じねーな!』

「ブレイヴと、陛下とやらを別の人間として認識しているのか……?」


 事情を説明しても理解しない、というのは厄介なものだ。


「よーし、ウィズに言われた通り、魔物を焼き払うついでに、おししょー野郎をぶっ倒すぞー! 勝負だ!」


 あまりにもあっけらかんとした様子に、緊張感がねーなぁ、とティーチは思っていたが。


 レイザーがやる気を見せた瞬間ーーー。



 ーーー背筋が怖気立つような闘気が、吹きつけた。



「……!?」

『ヤベェ! 丘を降りろ!』


 肩に担ぎ上げた槍をレイザーが構えた瞬間、ブレイヴが焦った声を上げる。

 カノンが即応し、少し遅れてティーチはスートを攫いあげて後退した。


「え、ちょ……!」


 さらに遅れたアーサスが背を向けた瞬間、レイザーが槍をしごく仕草を見せる。


『跳べ、アーサス!!』

「ヒィイイイイーーーーッッ!!」


 言われた通りに草地を蹴り、アーサスがなだらかな坂道を転げ落ちた瞬間。


 ボッ! と地面に不可視の何かが突き刺さって、草地が一直線に抉り取られ。


 ほぼ同時に、爆発するかのような豪炎が、丘の頂上を包み込んだ。


「は!?」


 ティーチが目を見張ると、レイザーの声がこちらを追うように響く。


「雑魚スケ、見てろよー! そこのおししょー野郎よりおいらの方が強いって見せてやるぞー!」

 

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