ぐーたらおししょーは、不意打ちする。


 スートは、おししょーが上空に吹き飛ばされた瞬間に、思わず飛び出そうとした。


 しかし、アーサスにガシッと腕を押さえつけられる。


 まだっす! とブンブンと首を横に振る彼は《潜伏ダーハイ》によって自分とスートを隠れさせてこっそりと戦場に近づいていたのだ。


 ーーーでも、おししょーが!


 カノンを殺さないように立ち回る必要がある、という時点で、圧倒的に不利なのに。


 『と、飛び出すのは、僕らの役目じゃないっす!』と、声を出さないままパクパクと言い、アーサスは青い顔をしながらも腕を離してくれなかった。


 すぐに戦場に目を戻して、ジッと機会をうかがう様子を見せる。

 その様子に、スートは昔、おししょーに言われたことを思い返した。


『いいか。連携を取る時は、自分の役割を心得ろ。戦士が倒されたからって、回復役が前に出るのは役目の放棄だ。役割を果たすってのは、その戦士をどう回復するかを考えることだ』


 冷静さを失うな、という話だった気がする。

 今の、自分の役割は……聖魔法を放つ準備をして、待つこと。


 おししょーを狙ってカノンが跳ね、彼女の体を包み込むように彼が武技を発動する。


「《黒の重圧プレッシャー・ブレイク》!! ……スート!!」


 そこで、カノンを岩で覆う代わりに【纏鎧】が解けたおししょーが飛び降りてきて、声を上げた。


「今っす!!」


 パッとアーサスが腕を離して潜伏を解いたので、スートはおししょーに向かって両掌を向ける。


「ブレイヴさん!!」

『おおよ、行くぞスート! ……せぇのぉ!』


 ティーチにしがみついていたブレイヴの掛け声に合わせて、スートは回復魔法を発動した。


「《癒せ》!!」

「《聖気付与セントプチ》!!』


 そうして、ほぼ同時に発動した聖魔法と聖属性の武技を。


「ーーー《武技吸収アビリティ・ドレイン》!!」


 おししょーの黒い木刀が、吸収して白い輝きを放った。


※※※


 これが、ティーチの狙いだった。

 

 ブレイヴとスート。

 どちらか片方の聖属性魔力だけでは、【纏鎧】を形成するほどの力は得られない。


 しかし、二人から同時に聖の力を受けて、それを吸い込めば。

 時間は短いながらも、最大威力で聖の武技を放てるだけの力を得られる。


 問題は、それをカノン相手に作れるかどうかだったのだ。


「オォオオオォ!! 《鏡纏身ヴェイルドアップ》!!」


 岩が地面に叩きつけられると同時に、ティーチは再度【纏鎧】を身に纏う。

 白地に黒い縁取りの手甲と脚甲、体は黒地に白い縁取りの聖の外殻。


 ティーチが準備を終えて振り向いた瞬間、ズルリ、と大岩からカノンが飛び出してくる。


「ふふん、こんなので、閉じ込められると思った?♪」


 ーーー思っちゃいねーよ!


地歩グラーロ》の応用で、岩の檻を抜け出すことまで、ティーチは織り込み済みだった。


 ーーーこれで、王手だ! 悪いが、全力でぶん殴らせてもらうぜ!


 ティーチは、視界に捉えたカノンに向かって跳ねる。

 心の中で謝りながら、腰だめに右手を構える。


「!? 速……」



「ーーー〝黒の聖掌ペネトレイト・ブレイク〟!!」



 構えを取らせる暇も与えずに肉薄したティーチは、最速の掌底を、その額に撃ち込んだ。

 パァン! と浸透頸によって聖気が彼女の内側に響き、白い輝きとともにカノンの頭を揺さぶる。


「……!?」


 そのまま、シン、と少しの間止まり……ストン、と真下に落ちるように彼女が膝をついた。


 警戒を解かないまま、ティーチは即座に【纏鎧】が解けて手の中に戻った黒い木刀を構える。

 ゆら、と一度揺れたカノンは、倒れ込むかと思ったが、意識を保っていたらしい。


「あれ……?」

 

 と呟きながら、軽く頭に手を当てると、鎧が元のローブに戻る。


「いやぁ、ティーチは強いねぇ……でも、まだやれるよ?♪」

「……戦うのか? 何のために?」


 洗脳が解けなかったのだろうか、とティーチが一抹の不安を覚えていると、カノンはパチクリとまばたきをして、首をかしげる。


「え? だってブレイヴが……」

『オレはここにいるし、そもそも命令してねーぞ、そんなこと』

「あ、そっか。ーーーえ?」


 そこで、表情を曇らせたカノンは、んー、と眉根を寄せてこめかみの辺りを指先でこする。


「カノン、なんでティーチを殺そうとしたんだっけ……? 何がどーなってるの?」


 どうやら正気に戻ったらしい。

 が、ティーチは一応チラリとブレイヴに目を向ける。


 演技かどうかを、視線で問いかけたのだ。


『多分元に戻ったと思うけどな。さっきの一撃で、瘴気が吹き飛ぶのが見えたし』

「そうか」


 構えを解いて、大きく、ふー、と息を吐いたティーチは、黒い木刀を下ろした。


「どうにか成功したぜ、スート」

「良かったですー! カノンさーん!!」


 息を詰めて様子を見守っていたスートは、ティーチが振り向いて笑みを見せると。

 カノンに駆け寄って、その首に思い切り抱きつく。


「わっぷ、え、ちょっと何!? どうしたの!? ていうか、ちょ、苦し……!」

「元に戻ってよかったですー!!」


 押し倒されて声を上げる彼女に向かって。

 愛弟子は泣きそうな声で言いながら、ますます腕に力を込めた。

 

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