ぐーたらおししょーは、紋術士を封じ込める。

  

「じゃ、こっちも変わろうかな♪」


 カノンは後ろに飛びのきながら、服の胸元を握りしめる。


「《纏身(トランス)》♪」


 おそらくは、外套そのものが呪玉を備えた武具だったのだろう。

 胸元が黄色に輝いた瞬間に、それがブワッと広がってから彼女の体に巻き付き、軽装鎧に変化する。


 黄色地に黒い筋の入った、ティーチの地の鎧とは逆の配色。


 虎に似た模様のそれのフードが変化し、虎の顔を模した鉄仮面が張り付いた。

 しなやかな肢体を持つ俊敏そうな姿に変わった彼女は、トントン、と爪先で地面を叩く。


『使う紋術が増えるぞ。気をつけろよ』

「分かってるよ」


 事前にブレイヴに受けた説明だと、あの状態では高速移動の紋術が常に発動しているらしい。

 それに、硬度や威力の増す斬撃の紋が両手の爪に十個施されており、地面から刃を生やす紋も備えているという話だった。


 ただでさえ相性が悪い相手が、元の遠距離主体の状況に加えて、さらに近接にも隙がなくなったということだ。


「めちゃくちゃ強くなって……めんどくせぇ話だ!」


 言いながら、ティーチは彼女に向かって跳んだ。

 すると、右肩の上に移動してベッタリと張り付いているブレイヴが、ツッコミを入れてくる。


『変化する間、黙って見てたのはテメェだろ!?』

「【纏鎧】してる最中に不用意に突っ込めるかよ!」


 スートの鎧が展開中に防御結界を張るように、ティーチの鎧が周囲に衝撃波を放つように。

 カノンの鎧にも、そうした防御能力が備わっていておかしくない。


 地の鎧は、突進力や防御力などの身体能力を強化してくれるが、攻撃手段がカギ爪しかないのである。


「せっ!」


 ティーチが突き込むように振るったカギ爪は、横に体を開いたカノンにあっさり避けられた。


「あはは、速いけど、こっちの方がもっと速いよー♪」


 トン、と彼女がつま先で地面を叩くと、紋術の法陣が展開する。


『跳べ!』


 ブレイヴの助言に、ティーチは止まらずに足を前に踏み出した。

 振り向くと、背後に地面からジャキン! と数本の土の刃が天に向かって突き立ったのが見える。


「怖ぇな!!」


 着地、反転。 


 今度は向こうからこちらに突っ込んで来たカノンに対し、ティーチは逆に胸元に潜り込むように踏み込む。


 カノンの爪が右肩を狙う。


『うぉ!?』


 ズルリ、と反応してブレイヴが後ろに下がると、肩の外殻に彼女の爪がわずかに食い込むが、浅い。

 ティーチは、腰の辺りに構えた両掌を、叩きつけるように繰り出した。


 ドン! と胸元に命中するが、手応えがない。

 わざと後ろに跳んで、威力を殺したのだ。


「へぇ、硬いね♪」

「そっちも身軽だな!」


 言いながら、ティーチは重心を前に保ったまま、後ろに引いた左足を前に蹴り出して、さらに追撃した。


 相手の足が地面につく前に肩口から体当たりし、背中から地面に叩きつける。

 離れれば、また土石流の攻撃が飛んでくるからだ。


 近距離戦闘なら、こちらに多少分がある。


「っらぁ!!」


 打ち倒した相手に、振り上げたカギ爪を振り下ろすが。


「動きが大振りだよ♪」


 トプン、と地面に沈んで、カノンは逃げた。


「ッ、クソ、本気で厄介だな、あの紋術!」

『確かに、敵になるとメチャクチャめんどくせぇわ』


 ティーチは、即座に彼女の出現位置を思考する。

 遠距離で土石流、もしくは背後からの不意打ちの二択、と読んだが。


『真下ぁ!』

「何だと!?」


 足元に、紋術の紋が浮かび。

 地面に潜ったままカノンが放った《地流(グラフロ)》の一撃に、ティーチは跳ね上げられた。


「ぐ、ぉ、お……!!」


 とっさに地面に向けて両腕を交差させて受けたが、【纏鎧】する前よりも遥かに威力の高い一撃。


 土石流が腕の交差点を中心に、左右に裂けていく。


「耐えるんだ。本当に硬いねー♪」


 体を襲う衝撃に耐え切り、同時に天高く打ち上げられたティーチが、空中で眼下を見下ろすと。

 地面から浮かび上がったカノンが、爪の先に黄色い魔力の燐光を宿して、パキリと指を鳴らしていた。


「いっくよー♪ ーーー《地撃(グラファイ)》!!」


 膝を曲げて跳躍した彼女が、指先を揃えて矢のような速度で迫る。

 おそらくは、魔力を一点に集中することで貫通力を高めた一撃なのだろう。


 受ければ貫かれるが、空中で躱(かわ)す方法はない。


 しかし。


 ーーーこういう瞬間を、狙ってたんだよ!!


 相手も宙にあり、とっさの身動きが取れなくなっている。

 その状況で、ティーチは大きく両手を前に突き出すと、必殺の一撃を発動した。



「ーーー《|黒の圧殺(プレッシャー・ブレイク)》!!」


 

 手から放出された地の気が、大きく球形に空中に広がっていく。


 そこに、カノンが飛び込んだ瞬間。



 周りで一緒に落下していた土石流の残骸が、一斉に中心点に向かって収束した。

 


「……!?」


 驚く気配を見せた彼女が、声を上げるよりも先に岩と土が寄り集まって巨大な球体が出現した。


 岩の檻。

 中のカノンを押し潰さないように、加減して作り出したそれに着地したティーチは、一緒に落下しながら地上に向かって叫んだ。


「スート!」


 すると、岩の落下と同時に飛びのいたティーチの直ぐ近くに……ゆらりと、アーサスの横で呪玉を輝かせたスートが、姿を見せた。

 

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