ぐーたらおししょーは、決意と共に変わる。
「あれ、かくれんぼは終わりなのかな?♪」
アーサスの力で先回りしたティーチは、木刀を握って待ち受けていた。
場所は、建物が密集していない、少し街の中心から外れた辺り。
家職人などが、乾かす木材などを集積している土地だった。
広い土地のほうが不利なのだが、人を巻き込むことを考えたら、こうした場所しかなかったのである。
「元々、スートを逃すために逃げただけだ。お前にビビった訳じゃねーよ」
ティーチはわざととぼけた顔で、挑発するように告げる。
「……へぇ?」
「自尊心に傷ついたかい? 元・勇者パーティーの英雄さん」
笑みは消さないまま目を細めたカノンは、続けた言葉に首を横に振った。
「ううん♪ ビビらずに立ち向かって来るヤツが、最近だと珍しいから嬉しいよ♪」
「そうかよ」
ティーチが軽く胸元を叩くと、ひょこ、と顔を出したブレイヴが声を上げる。
『カノン』
呼びかけた声音で、それが誰か気づいたのだろう。
彼女は目を丸くした。
「え? ブレイヴ?」
『そうだよ。テメェ、何やってんだ?』
とりあえず、殴り倒す前に試してみることにした方法。
それが、ブレイヴによる説得だった。
洗脳が解除される可能性は低いが、戦わずに済むのならそれに越したことはないからだ。
『テメェ、王の命令で動いてるんだろ? 俺はここにいる。命令した奴は偽モンだ』
カノンは、唇に指を当てて、んー、と悩みながら上を向いた。
「喋り方が確かに昔のブレイヴっぽいけど、君が偽物って可能性もあるんじゃない? なんか知らないけど毛玉だし♪」
『体を魔王に乗っ取られた。ていうかオレが本物かどうかも分かんねーのか? 仲間なのに悲しいぜ』
「え、乗っ取られたの? まぬけー♪」
『うっせぇ!!』
ーーーいや説得しろよ。
からかわれて罵倒してどうするのか。
しかし話は通じていそうな感じがするので、どうなるかは分からなかった。
『大体、オレがティーチやスートを殺せって命令すると思うのかよ。ちょっと考えたら分かるだろ!?』
「言われてみれば確かにそうかもねー♪」
うんうん、とうなずいたカノンは、続けてぺろりと唇を舐める。
「ーーーじゃ、殺すね♪」
『なんでそうなる!?』
「だって陛下の命令だし♪」
ーーーダメだな。
ティーチはそう判断した。
どんな洗脳か全く分からないが、彼女の中では『命令に逆らわない』ことが決定事項になっている気配がする。
ブレイヴの態度から、アーサスと違って性格までは変わっていなさそうだが、それは元々好戦的な人間だからなのだろう。
話すことは出来るが、話は通じない。
『クソッ、ダメか!』
同じことを感じたらしいブレイヴが吐き捨てると、カノンが右手をかざす。
「じゃ、行くよー♪ ーーー《
右手の紋が輝くと、バキバキバキ、と地面が捲れ上がり、宿を破壊したのと同様の地面から一直線に吹き上がる土石流が迫る。
それを、ティーチは振り下ろした黒い木刀で受けた。
衝突した瞬間、凄まじい地気が流れ込み、一瞬で黒い木刀に力が満ちるのを感じる。
そして、土石流が消滅した。
《
ありとあらゆる属性持ちの力を吸収するのが、この黒い木刀の能力なのである。
「あれ?」
「残念だったな」
不思議そうな顔をするカノンに、ティーチは木刀を脇構えにして、トン、と踏み込んだ。
荒れた地面を駆けて肉薄すると、彼女は左手をかざす。
「《
さらに地面が抉れて、こちらと彼女の間に土壁がそそり立つ。
しかしそれは、予測の範囲内だった。
紋術士の力は、その高速発動と威力、呪玉を必要としない特性の代わりに、即時の応用が効かない。
結界と紋術に特化しているため、魔力の焦点となる体の末端に
戦闘中に書き換えることは可能だが、今、彼女は一人。
そんな隙は与えない。
「せっ!」
ティーチは跳ね上がると、土壁を飛び越えた。
現在彼女の両腕に刻まれている紋は《
上からの攻撃に対処する術はない。
後は両足に印された紋が何か、なのだが……。
「《
こちらの動きを楽しんでいるような様子を見せた彼女は、とぷん、と地面に溶けるように姿を消した。
『地中歩行の紋術だ! あれは両足に紋を入れてないと発動しない!』
「分かった」
事前の話し合いでブレイヴが言った通りの組み合わせだった。
遠距離攻撃、防御、回避。
それが、もっともカノンが得意とする紋の組み合わせらしい。
「手の内を多少なりとも知れてるのは楽だな!」
『油断すんなよ!?』
「そこまでの余裕はねーよ」
着地した瞬間、ティーチは飛び退いた。
土壁が崩れ落ち、その向こうで、姿を見せたカノンが右手を構えている。
「《
再びの攻撃を、今度は体を横にずらして避ける。
《
一度に一つしか吸収出来ないのだ。
再び発動するには、吸収した武技を放ち、開放しなければならないのである。
一度に吸収出来るのは、一属性。
同じ属性なら幾つか同時に吸収可能だが、時間差があるとそれでも無理だし、【纏鎧】している間は使えない。
意外と制約が多いのである。
「驚いたなー。どうやって一回目の攻撃を消したの?♪」
「さーな」
カノンと自分の力量差は、互角か、もしくは彼女の方が上である。
アーサスの時と違い、手の内を無闇に明かして勝てるようには思えなかった。
「行くぜーーー《
ティーチにはもちろん、生身のまま対峙する選択肢はなかった。
ーーー正気に戻さねーと、ブレイヴの望みも叶わねぇからな。
そもそも、村を守る結界を張ってもらうために、彼女の住む辺境伯直下の街を目指したのだ。
今この瞬間にも、魔物大量発生の脅威は増している。
不測の事態ではあるが、同時に好機でもあった。
より近いこの街で、彼女を取り戻すことが出来れば……都に向かうのが、予定よりも早くなる。
ーーースートの居場所を守るためにも、ここで負けるわけにはいかねぇ。
弟子が健やかに育つことを……そして彼女や、そして自分が大切に思うものを守るのもまた、師匠の役目だ。
巣立つまでの間に、スートに不要な挫折を味合わせるわけにはいかない。
それに。
ーーー弟子に見せらんねーよな。頑張るべき時に、頑張れねぇおししょーの情けねぇ姿はよ……!
ティーチは【纏鎧】した。
木刀全体が先ほど吸収した土の輝きを放ち、解けるように形を崩して体を包み込む。
闇の時と同じく、全体的には金属とは違う、どこか有機的な、光沢のない昆虫の外殻のような黒い全身鎧。
しかし両肩と胸、そして両手足の外殻が分厚くなり、その色が黄色に染まる。
今までの経験からすれば、おそらくは頭部にも隈取のような黄色の筋が浮かんでいるはずだ。
ーーーこれが、ティーチの〝地〟の【纏鎧】である。
吸収する属性と吸収した武技の強さにより、特性や強度、鎧を維持する時間も変わるのだ。
「へぇ……なんか、普通とは雰囲気の違う【纏鎧】だね♪」
「俺は、ただの凡人だが……勇者の
敵が強ければ強いほど、こちらの力も増すのである。
「律に伏し、権に隠れ、悪意を受けて敵を制す鏡だ」
ティーチは口上を述べながら、両手の拳を鎧う手甲に生えた鍵爪を打ち鳴らし、這うように腰を落とし、上体を低くして構える。
「潜む悪鬼を喰らう【影】ーーーティーチ・ザコード。推して参る」
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