おししょーは、何かを思い付いたようです。


「ったく、スート。お前はなんでこう、俺と離れてる時に限って敵とばっかり遭遇するんだ?」

「お、おししょーが寝ぼすけさんなのが悪いんじゃないですかー!」

『ケンカしてる場合じゃねーだろ……』


 なんとか、カノンの無差別破壊から逃れたティーチたちは、街の隅にある物置きのような場所で、でコソコソとうずくまっていた。


 そこで、作戦を考えようとして……ふと、ティーチは気づく。


「あれ……アーサス忘れてた」


 捕虜にした元・王国兵士である彼は、カノンと面識があるのかどうか知らないが、宿の崩壊で安否を確認していない。


「まぁ、死んじゃいねーだろうから、いいか」


 別に逃げたところで、人数には数えていなかったし、街中なら飢え死ぬ心配もないだろう。


『裏切る、と思うか?』

「さーな。アイツの洗脳は、崖から落ちて衝撃を受けたら解けたみたいだが」


 素の性格はかなり臆病なようだし、カノンに擦り寄るよりは逃げるだろうと思われた。


「洗脳が甘かったのか、あるいは強い衝撃を与えれば正気に戻るのかは分からねーが……」

『流石にカノンの洗脳はそこまで甘くねーだろうな』

「てなると、どうにか聖気を木刀に吸い込ませる方法を考えねーとな……」


 『聖気の一撃なら、正気に戻せる可能性が高い』とブレイヴが言っていたので、この状況ではそれに賭けるしかないが。


「聖水……を、使うなrw、教会にどんだけ備蓄があるかだが」


 買う金はないので、盗むしかない。


 しかしそうなると、今度は見つからないように、こっそりと大量の聖水を木刀に振りかける必要がある。

 なんせ、聖水に含まれる聖気はティーチが【纏鎧】するには、あまりにも微量なのだ。


 そんな時間があるとも思えなかった。


「ブレイヴさんの付与魔法じゃダメなんですか?」

「山で見ただろ。聖気を増幅出来ねーコイツの力じゃ、手甲の現出が限界なんだよ。それに時間も短けーし」

『しかも、この体じゃイマイチ聖気の扱いが上手くいかねぇんだよな……』

「アーサスさんの攻撃では出来たのに、無理なんですねー」


「いやアイツ、そこそこ強かったんだぞ?」


 確かに一撃でぶっ飛ばしたが、それだけの威力が出せたというのは相対的に相手が強いという証明になる。


 ティーチの《武技吸収アビリティドレイン》は、そういう武技なのだ。

 

「ブレイヴの聖気を受けて、手甲だけでどうにかなるか……?」


 カノンの戦力は、自分にとって未知数だ。

 強大な《土》の力を持つ魔法を受けて【纏鎧】することそのものは可能だが、相手も同様に纏うだろうし、そもそも土属性の力では倒せても正気に戻すことは出来ない。


 ーーーとりあえず倒して、縛り上げてから聖気で殴って正気に戻す、のも、一つか。


 だが、殺さないようにそれが出来るか、は分からない。

 ブレイヴやスートの馴染みの相手なので、下手な博打は打ちづらかった。


「う〜ん……」


 ティーチは、アゴの無精ヒゲを撫でながら考えるが、いい案は出てこない。

 他二人も、悩ましそうな顔で押し黙ってしまった。


「自前で【纏鎧】って出来ないんすか?」

「出来たら、そもそも逃げてねーよ。俺、別の武具も使えないしな……」


 武具の適性、というものがあるらしく、ブレイヴもティーチも、見つけた聖剣と木刀しか扱う素質がなかった。

 そしてそのティーチの武具である黒い木刀はと言えば、いくら自分で気を練って吸い込ませても、発動しない代物だったのだ。


「多分、俺が属性持ちじゃないから、なんだろうけどな」


 普通の人間は、なんらかの属性に対して適性を持っている。

 アーサスなら闇、スートなら光、ブレイヴにしたって聖の属性を持っているのである。


「無属性っすか。初めて聞いたっすねー」

「俺も俺以外に会ったことねーな」

「えっと、じゃ、僕の武技を受けて闇のヤツを身につけてから、聖属性を重ねて手甲だけ変えるとか」

「そんな器用な真似が……」


 出来るか、と続けようとして。


「「『って、アーサス!?」」』

「うっす。ていうかひどいっすよー。何で置いていくんすかー?」


 いつの間にか横に来て、会話に参加していた彼に、一斉に驚きの声を上げた。


「お前、どうやってここが!?」

「あ、闇の武技っす。《追跡ダートレ》ってのが使えるんで。知ってる気配なら、結構広い範囲を追えるんすよ」

「全然気配感じなかったぞ!?」

「あ、それも武技なんすよ。《潜伏ダーハイ》ってゆー。……前に、ティーチさん達の村に入った時もそれ、使ったっす」


 昔、暗殺団にいた時に身につけたんすよー、と決まり悪そうに言う彼に、ティーチはむしろ感心した。


「お前、器用だな」

「それほどでもないっすけど。あ、あの襲ってきた奴は、まだ全然遠いんで安心して下さいっす」

「それはいいが……」


 と言いかけたところで、ティーチはふと気づいた。


「……もしかしたら、コレなら行けるんじゃね?」

「え?」


 ティーチは、自分の思いつきを三人に対して話した。


※※※



 カノンは、鼻歌を歌いながらティーチたちを探していた。


「かくれんぼ♪ かくれんぼ♪ 鬼が来たら見つかっちゃうぞー♪」


 上手く逃げられてしまい姿が見えないこの状況すらも、結構楽しい、と思っていた。


 なんせ領主のオシゴトは報告を受けて指示したり、援助だのなんだののお願いに来る人たちを相手にしたり、と何も面白くないのだ。


 ブレイヴにおだてられて、辺境伯になんかならなきゃ良かったと後悔していたのである。


 カノンは、楽しいことが好きだ。

 一番最後に楽しかった記憶は、ブレイヴの結婚前にティーチたちの村を訪れた時だった。


 ーーーあの時は、良かったなー♪


 スートも喜んでくれたし、表情もすごく明るかったし、ティーチに任せて良かったと感謝したものだ。

 



 ーーーだから見つけたら、二人一緒に殺してあげないとねー♪




 それがブレイヴ陛下の命令である。


 ウィズが失敗したので、この街にいる二人を殺してこい、というのがその内容だった。


 ほんのちょっと戦り合っただけだが、ティーチからは底知れない何かの気配を感じた。

 強い奴と対峙すると感じるそれは、カノンを高揚させる。


 ーーーああ、早く戦りあいたいなー♪


 街の住人に命じて探させたり、片っ端から建物を壊して誘き寄せるのは簡単だが、それでは面白くない。


 戦いは、面白いことに意味があるのだ。


「さ、せっかくおししょーを殺すんだし、勝ったらスートに自慢しよー♪」


 その後に、彼女も殺すのだ。


 カノンは色々と自分の楽しさを満たし妄想を膨らませながら、大通りをブラブラと歩く。

 

 しかし彼女は『命令を受けて大切な者を殺すこと、に、疑問を抱かない自分』という違和感に、全く気付いていなかった。

 

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