愛弟子は、敵と対面してしまう。
衝撃が宿を襲った時。
スートは、その原因となったモノの軌道上から外れた位置にいた。
ーーー!?
轟音を聞いて振り向いた先にあったのは、下から吹き上がって宿を真っ二つに引き裂く、土石流の壁だった。
その石に微かに浮かんでいた紋を見て、それが魔法……それも紋術士によるものであるのを察する。
ーーーも、紋術!?
紋術士は、魔導士の上位職である。
単一属性の魔法しか扱えず、紋を必要とする代わりに、武技に近い速度で強力な魔法を発動できるのだ。
そして紋術士の使う魔法には、そうした印が浮かぶのを、スートは知っていた。
勇者パーティーにいたカノンの術を、間近に見ていたからだ。
紋術士は数が少ない、と、前に聞いたことがある。
そもそも魔導士の中で上位職に上がるほどの才覚を持つ者自体が少ない、という話だった。
ーーーでも何で、この宿屋が襲撃されてるの!?
そんな疑問が頭をよぎるが、考える前にメキメキと宿が不吉な軋みを立てる。
「く、崩れるぞー!!」
食堂にいた者たちが、声を上げて入り口側に殺到する。
それを見て、スートは同じように出口に向かおうとしたが……ふと、おししょーの言葉を思い出した。
『人が密集すると動けなくなる。祭りの時とか、歩きにくいだろ? だから、何か起こった時は人のいない方に逃げろ』
スートは、周りを見回すと、直ぐ近くに換気のために開かれた出窓を見つける。
大人では通れないが、小柄な自分なら通れそうなギリギリの幅だ。
急いで窓に飛びついたスートが、肩を押し出して宿を抜け出した途端、内側に向かって宿が崩れ落ちていった。
「た、助かった……!」
冷や汗を拭ったスートは、建物の間に樽の置かれた表通り側ではなく、裏路地の方に抜け出す。
するとそこの、一人の女性が立っていた。
「え……?」
茶色の髪をポニーテールに結え、大きな吊り目気味の目を持った美人だ。
細身の体に茶色のローブを纏っており、その上から薄緑のケープを身につけている。
両手の甲に紋を刻んだ彼女は。
「カノン、さん?」
紛れもなく、現辺境伯であり、おししょーと共に今まさに旅をしている目的でもある、元勇者パーティーの一人だった。
「あら、スート♪」
こちらに気づいた彼女が、にっこりと笑みを浮かべる。
「貴女がいるって事は、やっぱりブレイヴ陛下のお言葉通り、ここにティーチがいるのね。攻撃する場所を間違えなくて良かったわ♪」
まるで屈託のない、記憶にあるのと全く変わらない陽気さでそう言われて、スートは一瞬、戸惑った。
彼女は、自分たちが泊まっているのを知っていて、あの攻撃を仕掛けたという。
ならつまり、おししょーを殺そうとしていたはずなのに、何でそんな顔が……と、思ったところで、気付いた。
ブレイヴは言っていた。
カノンが洗脳されていると。
「じゃ、死んでね♪」
軽く言いながら手のひらを向けられて、ゾクリ、と背筋が震える。
「《
防御魔法では防ぎ切れない、と判断したスートは、とっさに体を鎧い。
「ーーー《
目の前の地面が捲れ上がって発生した凄まじい圧の土石流に巻き込まれ、吹き飛ばされた。
※※※
「……スート!!」
裏手の状況を見て、ティーチは厳しく眉根を寄せた。
道が抉れており、裏路地の左右にある建物の壁が石などにぶつかってへしゃげたり剥がれたりしていたのだ。
その終点に、壊れた壁と、土に埋もれたスートの姿が見えた。
「お前、俺の弟子に何してやがんだ!?」
抉れた道の起点、宿の裏手辺りにいた、こちらに背を向けているローブ姿の女性に、ティーチは木刀で斬り掛かる。
「《
しかしその一撃は、彼女の展開した防壁……地面からせり立った土壁によって防がれた。
ーーー紋術士!
厄介な相手だった。
「ッ!」
ティーチは舌打ちしながら、そのまま敵を飛び越えてスートの元へ向かう。
「大丈夫か!?」
「へ、平気ですー……!」
起き上がったスートは、少しふらついているようだったが、怪我をした様子はない。
彼女の【纏鎧】は、かなり強固なのである。
さらにティーチは彼女を鍛える時に、攻撃方法よりも、身を守る方法を中心に教えていた。
防御魔法をどうやって鍛えればいいのか、はよく分からなかったが、【纏鎧】に関して言えば、本人が熟達した適性によって、その性質が強化されることを知っていたからだ。
全く怪我をした様子が見えないのは、
彼女の腕輪は、姿を変える時に、強力な防御結界が展開するのである。
攻撃特化のティーチと違い、スート自身の適性が防御主体であることと、相手が紋術士で魔法の発動速度が速かったこと。
様々な要素が重なったことは、運が良かった。
「【纏鎧】したのは、いい判断だったな!」
ティーチがスートを褒めると、胸元のブレイヴが
『カノンじゃねぇか……! なんでここに居やがる!?』
ーーーカノン?
目を向けると、確かにその顔には見覚えがあった。
「ティーチも来たね。ウィズが失敗したのも本当みたいだね♪」
ニッコリと笑った彼女は、指先を唇に当てながら片目を閉じる。
ーーーマズいな。
何の準備もなく、スートを庇いながら元勇者パーティーの一人を相手にするのは、さすがに厳しい。
そう判断したティーチは、立ち上がって横に来た弟子の体をさらい上げて、横にある屋根の上に跳躍する。
「お、おししょー!?」
「あれ、逃げるんだ♪ じゃ、今から追いかけっこだね♪」
どちらの言葉にも答えずに屋根を駆け出したティーチは、胸元のブレイヴに問いかける。
「あの女の弱点は!?」
『……調子に乗りやすいところ、かな?』
「ふざけてる場合か!」
『めちゃくちゃ真面目だっつーの! 戦闘面での弱点なんか、調子に乗らせてミスを誘うくらいしかねーんだよ!!』
別の建物に飛び移った瞬間、今まで足場にしていた建物が魔法で吹き飛ばされる。
「しかも、容赦ねぇな!? 自分の領地だろ!?」
『洗脳されてっからなぁ……』
「な、何で逃げるんですかー!? カノンさんに会いに来たんでしょー!?」
「あの女を、倒すのが目的じゃねーからだよ!!」
洗脳を解いて、王都に向かう前に村に防御結界を張ってもらわないといけないのである。
魔王を倒す力量を持つ相手を、殺さずに洗脳を解く。
口で言うのは容易いが、実際に魔法を放っている状況を見ると尋常じゃなく難易度が高い。
倒すだけなら、簡単とは言わないが……黒い木刀の力があればやってやれないことはないのだが。
『多分、聖気で殴り倒せば正気にゃ戻ると思うが……オレの力じゃ、全然足りねーしなぁ……』
ブレイヴも、この状況は想定していなかったのだろう、難しそうにブツブツと呟いている。
とりあえず方法を考えるためにも。
今は、相手がこちらの姿を見失うまで、逃げて潜伏しなければならなかった。
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