ぐーたらおししょーは、派手に目を覚ましたようです。
「おししょー!! 寝ぼすけおししょー!!」
アーサスの風邪も無事完治し、明けて翌日。
無事に隣街にたどり着いたので、ティーチは宿に入って食事を終えるなりベッドで眠りこけていたのだが。
「朝ごはんの! 時間ですよー!!」
ガンガンとフライパンを打ち鳴らす代わりに、すごい勢いで体を揺さぶられる。
「お前は、旅先の朝くらいゆっくりしようって気はねーのか……?」
「ないですー!! 同じ時間に起きた方が健康にもいいんですー!!」
「いや、寝る方が健康的だ……」
「ダ・メ・で・す・よー!」
「耳がおかしくなるからやめろ……」
呻いたティーチは、仕方なくのそのそと起き上がる。
ぐらぐらする頭に手を添えながら見ると、相変わらずニコニコと、寝癖もないスートがそこに立っていた。
安宿ではあるものの、一応スートがいるので少し高めだが個室を二つ取っている。
うら若い女性に、雑魚寝をさせるのは忍びないからだ。
「お前ってさ、寝ぼけることとかねーの?」
「寝覚めはいい方です!」
「知ってるけど」
これが若さだろうか。
いや、自分は若い頃から寝坊癖があるので、彼女本人の資質だろうとは思うが。
「下で、ご飯貰って待ってますからねー! 早くしないとなくなっちゃいますよー!?」
「おー」
バタン、とドアが閉じると、枕元の水差し置きの上で、今目を覚ましたらしいブレイヴがくぁあ、とあくびをした。
『オレの飯はあるのかな?』
「いやねーよ。毛玉が宿の中で飯食ってたら騒ぎになるだろが」
『だよなー。後でなんか食わせろよ』
「そこら辺の雑草食っとけ」
というか、毛玉スライムは寝るのだろうか。
ブレイヴの魂が人間だからかも知れないが、奇怪な話ではある。
ティーチはブレイヴの毛玉の体を掴んで、胸元に放り込んだ。
「大人しくしとけよ、ブレイヴ。……てゆーか、お前も起きろ」
「ぐぇ」
ベッドから起きたティーチは、床で眠っているアーサスを踏みつける。
「病み上がりに酷いっす!」
「お前も飯食うんだろうが。てゆーか何で俺しか起こさねーんだ!?」
頭がしゃっきりしてくると、スートの不可解な行動に疑問がむくむくと湧いてくるが。
『そんなモン、スートは〝おししょー〟のお世話にしか興味がねーからだろ。あー羨ましいわー!』
「……いやお前、嫁いるだろ」
ジロリと睨んだところで、ふと気づく。
「そういや、嫁はどうした?」
『……聞くなよ』
「ああ……悪い」
『死んじゃいねぇ。他の連中と同じだよ』
ボソッと、珍しく言葉に力がないが、それも当然だろうと思えた。
今のはティーチにデリカシーがない話だったのだ。
魔王に、精神を乗っ取られているのだろう。
それが心配でないはずがないのに、ブレイヴは助けてくれと言ってからこっち、ティーチが行動を始めてから態度や行軍に対する文句は言わなかった。
そういう奴だと知ってはいたが、察することが出来ない自分の鈍さには相変わらず嫌気が差す。
ーーー嫌だとか、言ってる場合じゃねーんだよな、俺も。
ブレイヴに押し付けられたことも多いが、昔から助けられたこともまた、数多くある。
その恩を返す意味でも、さっさと紋術師を取り戻して、都に向かわなければ……と、ティーチが考えたところで。
ーーー轟音と共に、安宿が地震の如く揺れて、床が崩れ落ちた。
「なん……だぁ!?」
とっさに枕元の黒い木刀を掴んでいたティーチは、どうにか落下の最中に体勢を立て直すと、一緒に落ちていく瓦礫を蹴って、勢いを殺した。
2階の部屋に居たので、多少勢いを殺しても着地の際にかなりの衝撃が体に走る。
勢いをさらに転がって殺したティーチは、通りに出て身を起こした。
「何が起こった!?」
『魔法だ!』
胸元から顔を覗かせたブレイヴが言うのに、周りの様子を見ると、目の前で、泊まっていた安宿が真っ二つになって崩壊していた。
その目の前の通りの土も一直線に、抉れたように捲れ上がっている。
馬車の馬が怯え、いなないて暴走を始め、通りを歩く人々が混乱に陥っていた。
「スートと、アーサスは!?」
『オレに分かるかよ、そんなこと! 魔法の方向は裏手からだ!』
「なら、裏に行くぞ!」
何が起こったかは全く分からないが、魔法の攻撃ということは、放った奴がいるはずだ。
そちらに向かって、ティーチが駆け出そうとしたところで、腰の【感知の呪玉】がリィン! と鳴る。
「……スート!?」
『急げティーチ! 裏手にいるぞ、アイツ!!』
下に降りて食事を受け取る準備していたはずの、スート。
何で店の裏にいるのかは分からないが、魔法で襲撃して来た相手の近くにいて【纏鎧】したのなら、完全にマズいことが起こっている。
「ったく、こちとら起き抜けだぞ!」
悪態をつきながら、今度こそティーチは走り出した。
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